第10話 嫌悪+感謝=中途半端?【赤波江】

「カ~バちゃんっ♪︎」

「黄瀬ちゃん……」


 わたしが次の授業の準備をしていると、黄瀬ちゃんが楽しそうに、こっちへやって来た。一時間目の授業が終わり、二時間目は移動教室。


「次って移動じゃーん! 一緒に、行こっ♪︎」

「……」


 黄瀬ちゃんに言われてから、ふと視点をずらしてみると……案の定。あの二人が、わたしたちの方をギリ睨んでいないような目で見ていた。ギリ睨んでいない……それって本当に睨んでいないのか? やっぱり睨んでいるのかな、あれは。


「ねーえっ、カバちゃあ~ん……」

「……」


 黄瀬ちゃんの相変わらずの、その甘ったるい喋り方……。わたしは、もう分かっている。黄瀬ちゃんは胡散臭いのだ、と。さっきまでは自分の中でボヤァッ……としていたものが、本当の友人たちによって、はっきりするようになった。そして自分に正直になると、すっきりするというのを実感した。だから、わたしは決めたのだ。


「黄瀬ちゃん……いつも、わたしの側にいてくれてありがとう」

「ふぇっ?」


 わたしに改めて感謝されると、黄瀬ちゃんは個性的な声と表情を見せてくれた。このリアクションが作られたものか自然なものなのかは、わたしには分からない。どっちみち、わたしは黄瀬ちゃんを笑わなかった(いや、これは笑えなかったのだろうか……)のだけれど。他の人は笑うかもしれないなぁ……なんて思いながら、わたしは黄瀬ちゃんを見つめている。


「どうしたの、カバちゃん? なーんか……妙にシリアスだねぇっ?」

「うん、これから大事な話をしたいの」

「やっだぁー! カバちゃんってば! さりげなく、うんこって言っちゃってるぅー!」

「……」


 わたしのことを全く気にかけず、黄瀬ちゃんはキャハハ……と爆笑している。わたしは爆発しそうになった。今まで我慢していたものが、怒りとなって大爆発……。


「ごめんね。わたしは今それ、笑えないかな?」

「……!」


 それでも、わたしは頑張って何も爆発させなかった。ここでキレてしまったらアウトだ、と耐えた。そして黄瀬ちゃんに自分の意見を言うと、さすがの黄瀬ちゃんもピタッと止まった。


 うわぁ……嘘でしょ?

 あの黄瀬ちゃんが止まった!

 いつも、どれだけわたしが苦しんでいても笑ったり茶化したりしていた黄瀬ちゃんが……?

 仲良しグループ内では妹的ポジションで、どんなに空気の読めない言動を披露しても許されていた(わたしは毎回「ん?」と思っていたけど)黄瀬ちゃんが?

 ……よし。

 今の黄瀬ちゃんなら、きっと大丈夫。

 ちゃんと会話できるはず!


「でも、もう良いよ。わたし、これからは黄瀬ちゃんたちと別々に行動することにしたよ。黄瀬ちゃんにも悪いもん。本当は黄瀬ちゃん……ずっとミドカとアオさんと、一緒にいたいのにね。それなのに、わたしに構ってくれて……。いつも気を遣わせちゃって、ごめんなさい。わたしを気にせず遠慮なく、二人の元に行って大丈夫だよ。わたしは違う子たちといるからね」

「……はい……」


 黄瀬ちゃんの静かな返事を確認した後「ありがとうね」と言って、わたしはコムちゃんとチャチャがいる場所に向かった。ちょっと進んでから振り返ってみると、まだ黄瀬ちゃんはその場に立っていた。


「ほらほら! 行くよ、ベイビー!」

「あっ……」


 わたしも黄瀬ちゃんのように立っていると、見かねたコムちゃんが腕を取って、こっちに引っ張ってくれた。また、わたしをコムちゃんに任せたのであろうチャチャは、真剣な顔で何かを見ているようだった。




「緑川さんと青森さん、やっぱり怖いわね……。ベイビーが黄瀬さんから離れるとき、おっかない顔をしていたわ……」


 三人で教室を出た後、チャチャが自分の見ていた何かを明らかにした。すると呆れ顔で、すぐにコムちゃんが言葉を返す。


「おもしろくなかったんだろーよ! ベイビーが自分たちの思ったようにならなくって! あいつらアホか!」

「それはそれは、もんのすごぉーく恐ろしかったわよ……。私が見ているのに気付いていないっていうのも、ちょっと怖いわ。あれだけ私に見られているのにね……。もう怒ることに集中しちゃって分からないのよ、あの人たち。他人から自分たちが、どんな目で……どんな気持ちで見られているかなんて! 人の気持ちに愚鈍なのにも、程があるわ……」


 よく見ているチャチャの勇気や鋭さを、わたしは素晴らしいと思った。そして、あの二人の怖い顔を想像してゾッとした。


「……わたし本当に、これで良いのかな……」


 ボソッと呟くと、すぐに「良いに決まってんじゃん!」「ベイビー、気にしちゃダメよ」と返ってきた。こんな小さな声にも反応してくれる友達がいて、わたしは幸せ者だと思う。でも……。


「まだ黄瀬に悪いと思ってんだろ?」

「ベイビー、それは優しさが過ぎているわ」


 コムちゃんもチャチャも、わたしには優しい。それでも、あの場に残されてしまった黄瀬ちゃんには……。

 わたしの「黄瀬ちゃんに、いつも気を遣わせていて悪かった」というのは本当の気持ちだ。黄瀬ちゃんから離れるための、建前とか誤魔化しているのだとか、そんなことでは絶対にない。わたしは黄瀬ちゃんがいてくれて、安心していたことはあったのだ。わたしは黄瀬ちゃんに不満はあっても、いつも「ありがとう」とは感じていた。そんな黄瀬ちゃんを、わたしは……。


「ねぇ、ひょっとしてベイビー……。あたしらが黄瀬に対して冷たい、なーんて思っているんじゃないでしょーねぇ?」

「ちょっと、コムちゃんたら……!」


 怪しむコムちゃんの質問に、わたしの答えはイエスともノーとも答えられない。コムちゃんを宥めるチャチャの本音は、知りたいようで知りたくない。これはミドカやアオさんの怖い顔よりも、想像したくないかもしれない。


「黄瀬の奴には、自分に似たバカ二人がいるからオッケーなんだよ! 仲間外れにしたり、嫌がらせしたりする三人で、一生くだらないことして楽しんでいろっ!」

「そんなこと、ずーっと楽しまれても困るんだけどね……。たくさんの人たちに迷惑よ。一刻も早く、あの人たちに改心して欲しいと私は思うわ」


 興奮しているコムちゃん。冷静なチャチャ。対照的な二人だけれど、わたしのことを思ってくれているのが伝わる。


 それに比べて黄瀬ちゃんは……。

 でも、やっぱり……。

 これは……。


「わたし、やっぱり黄瀬ちゃんへの感謝を、きれいさっぱり消すことはできないかも」


 意外なコメントが耳に入ってきたことと、しばらく黙ってしまった者が口を開いたことに驚いたのだろうか。わたしを見てコムちゃんもチャチャも、より目をパッと開いていた。


「わたしたちのケンカを黄瀬ちゃんが楽しんでいたのは分かる。でも本当に、わたしを嫌がっていたなら……わたしの側に黄瀬ちゃんはいてくれたかな? わたし……黄瀬ちゃんに優しさは全然なかった、とは思えないかも。何だかんだでさ……黄瀬ちゃんに救われている部分はあったんだよね、わたし」


 こんな風に思ってしまうなんて、わたしは中途半端かもしれない。いや、これは中途半端だ。黄瀬ちゃんへの不満はあるけれど、完全に嫌いにはなれない。それに黄瀬ちゃんに感謝はしていても、そこまで好きとは思えない。それでも、もし「黄瀬ちゃんのことは好き? 嫌い?」と誰かに質問されたら「普通」と、間を取ったような答え方はできない。きっと「嫌いじゃない」とか「好きとは言い切れない」とか、どこかムズムズする答えしか出せないと思う。

 ああ、わたしのこういうところだろう。ずっと、あの三人と仲良くできなかったのは。

 それに、こんなにも親切にしてくれているコムちゃんとチャチャに対して、わたしは失礼なことをしているような気がする。一緒にいて苦しかった黄瀬ちゃんたちと離れられたのは、わたしを好きになってくれた二人のおかげなのに。ここまで中途半端で恩知らずな人間……さすがのコムちゃんとチャチャだって、お手上げだろう。万歳三唱。

 もう少し器用ならば、はっきりしている性格だったら、わたしは……。でも……。うーん……。


「ベイビー、この話は『やっぱりベイビーは優しかった』という結論で良いかしら?」

「えっ!」


 わたしが色々とゴチャゴチャと考えていたとき、またチャチャが優しい言葉をくれた。もう呆れられたかと思ったのに。あ、それこそチャチャに失礼かもしれない……いや失礼だ。これはチャチャを信じていない、という証拠だ。


「うん。もうさ、それが良いかな。あたしもベイビーの優しいところ、大好きだし!」


 あんなに怒っていて、わたしに困らされていたコムちゃんが、もう笑ってくれている。


「……わたし、こんな中途半端だけど、二人は許してくれるの?」

「えっ!」


 わたしが恐る恐る二人に聞いてみると、コムちゃんは発声して、チャチャは両手に口を当てながら驚いた。でも、


「許すも何も、あたしベイビーのことは怒ってないよ! ベイビーのことは、ね! でも、あたしが黄瀬とかを嫌いなのは……変えられないっ! それは悪いけど、無理っぽい! あと、さっきから話していて嫌な思いさせちゃったら……ごめんね!」

「そうよ。もし考え方の違いはあっても、私たちがベイビーを嫌いになることはないわ。コムちゃんも私も、優しいベイビーが好きよ」


 すぐに二人は答えてくれたので、わたしはホッとした。


「……ありがとう……」

「よーしっ! この話、とりあえず終わりっ!」

「さあ早く行きましょ」


 わたしは本当に、良い友達を持った。

 ……そういえば黄瀬ちゃんたち、まだ教室なのかな……?


「ベイビー、どうしたの? もしかして……忘れ物でも、しちゃった?」

「あっ、えっと……そのー……」

「もういーから、黄瀬たち三人組のことは……。授業をサボろうが何だろうが、あいつらの勝手じゃん。気にしたらさ、青森あたりが『うっせーな、ほっとけよ!』って言うよマジで!」


 わたしは後ろを向いていると、ちょっとだけコムちゃんに心を読まれた。そしてチャチャに「大丈夫よ」と肩にポンと手を置かれ、わたしは「うん」と前を向いて、足を進めた。

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