第8話 あのとき、気付いちゃったの【茶園】
うわぁ……。
何なの、あの顔……。
せっかく私たち、幸せな気持ちになっていたのに……台無しじゃないの。
あの嫌な表情の数々は、この先ずっと忘れないと思う。
いや、あれは忘れてはならないのかもしれない。
本当に醜くて、見ていられなかったけど……。
「コムちゃん……あのとき私、見ちゃったのよね」
「えっ! 何? 何を見たの? チャチャ!」
ベイビーと仲良くなった日の帰り道、私はコムちゃんに話すことにした。あのとき見てしまった、見たくなかったものについて……。ギリギリまで言うか言わないか悩んだけれど、それを隠し事にする方が苦しい気がした。
「ベイビーからニックネームの許可をもらえたときに……」
「うんうん。あの、めちゃめちゃハッピーだったときか。 で?」
幸せな場面を思い出しているのか、パッと表情が明るくなったコムちゃん。でも、ごめんなさい。今それ、ぶち壊すかもしれないのよね私。
「あの三人の、すっごく嫌そうな顔……」
「うわぁ~……」
ごめんね、コムちゃん。でも私、知ってもらいたかったの……。あの表情の数々は、コムちゃんに向けられたものでもあったと思うからね……。知らぬが仏ってのも、あるんでしょうけど……。でもコムちゃん、きっと知りたいタイプだったわよね?
「でも、それ想像できるわ~あたし。だって、あいつらだもんね!」
「うん。私あんな怖いものを見た瞬間……鬼の形相って、ああいう顔のことだなぁって思ったの。もうねぇ、すごかったわ本当に。見せたくないけど見せたいような複雑な気分ね」
「それって怖いもの見たさならぬ、怖いもの見せたさ? チャチャ……案外ワルなところ、あるんだねぇ~」
「はいはい。でも……それ、コムちゃんにも分からないかしら? ああいうのを共有したくなる気持ち。分かって欲しいっていうことよ」
「うん、分かるよ。特に、意地悪な人間のそういうのはね。自分が知りたかったり、相手に教えたくなったりするもんね。知っておけば助かるし、役に立つじゃん。要注意人物の情報って」
「そうねぇ」
「あと、さっきワルって言っちゃったけど……気にしないで」
「うん。分かったわ、ありがとう」
「あいつらには負けると思うよ……さすがに」
「……あの三人が怖い顔をしたのは……きっと自分たちが悪者みたいになって、気分が悪くなったからじゃないかしら? ほら、あの人たちのベイビーの呼び方って変でしょ? ベイビー本人はもちろんだけど……聞いている私たちも、決して気持ちが良くないもの」
「悪者みたいって……あいつら、もう悪者になっているんじゃないの? だって悪者だから、聞いているとモヤモヤする呼び方するんだろ。ベイビーに対してさ」
「そうそう。だからコムちゃんが新しいニックネームを提案して、ベイビーが喜んでくれているのを見たとき……おもしろくなかったのよね」
「それで嫌な気分になるならさぁ……あんなに不愉快なニックネーム、考えるなっつーの!」
「まあ考えずには、いられないのかもね。あの人たちのことだもの」
「はーあ。それでもベイビーってば、あんなこと言うんだもんなぁ……」
「そうね……」
私たちはベイビーに言われたことを思い出した。
「あの三人、コムちゃんのこともチャチャのことも嫌っていないと思うんだよね。ただ……やっぱり人見知りとかしちゃったんじゃないかな? あの子たち……。それでグループを決めるとき、ああいう風になっちゃったのかもしれない。でも気を悪くしちゃったなら、ごめんなさい! あの子たちの分も、わたしが謝るね……。わたしが早く行動すれば、きちんと三人に注意できれば良かったんだよ」
それは、ベイビーからニックネームの許可された後のこと。ベイビーが三人の仲間について話した。グループを決めるときの三人の態度を、わざわざベイビーが代表して謝罪するなんて……。ベイビーは何も悪くないのにと、コムちゃんも私も驚いた。とりあえず「分かったよ」とか「わざわざ、ありがとう」とか言って、その話は終わらせたのだけれど……。
「あんなことベイビーに言われたらさ……あたし下手なこと、できないよ」
「そうよね。もしかしたらベイビーは、あの人たちの良いところ……いっぱい知っているのかもしれないし」
「あたしたちはベイビーの気持ちを、踏みにじりたくはないよねぇ……」
「うん……もう少し、様子を見てみようか?」
「そうだな。別に毎日あたしらと行動していなくても、ベイビーとは友達なんだし」
「でも……もしベイビーが、あの人たちと何かあったら……そのときは絶対に助けなきゃね」
「もちろん。あいつら、あたしたち二人にとっては……嫌な奴らだもんね!」
あのときの会話は、そういう結論が出て終わった。それからグループ学習を経て、より私たち二人はベイビーと仲良くなった。違う仲良しグループだったけれど、いつも挨拶したり話したりしていた。一緒にいて楽しいから「あの三人から離れて、私たちといましょう」と、ベイビーに言いたかったコムちゃんと私。それでもベイビーたち四人の友情を壊したくなくて、私たち二人は我慢していた。
しばらくしてコムちゃんと私は、ベイビーの様子がおかしいことに気付いた。元気のないベイビーと、そんなベイビーに構わず楽しそうにしている、あの三人。これは何かあったよね……と。
「ベイビー、あたしらといよう」
「えっ……!」
つらそうなベイビーを見ていられなくなった私たちは、ベイビーを自分たちのグループへ移るように誘ってみた。私の隣に立っているコムちゃんの言葉を聞いて、ベイビーは驚いていた。
「私たち、もうベイビーに何かあったか気付いているのよ。つらいなら、こっちにおいで?」
「いーいベイビー? ベイビーは変なこと、考えないでよね? あたしらはねぇ……ずーっとベイビーと、一緒にいたいって思っていたんだからねっ!」
そのときはコムちゃんも私も、とりあえずベイビーに「あの人たちと何かあったの?」などと詳しいことを聞くのは控えた。もしもベイビーが言いたくないことだとしたら、それは申し訳ない。それでもベイビーを助けたかった私たちは、まずベイビーを嫌なことから解放させようと考えた。その結果、ベイビーの返事は……。
「ありがとう。私がケンカしちゃったの気付いてくれたんだね。嬉しいけど……仲直りできるように、もう少し頑張ってみるよ」
笑顔で答えるベイビーに、コムちゃんは「そっか、それなら頑張れ」と返していた。私は何も言えずに、ただ笑顔で手を振ることしかできなかった。去っていくベイビーの背中を見て、私は涙が出そうになった。でも、どうにか耐えた。これは後から分かったことだけれど、あのときはコムちゃんも私と同じ状態だったらしい。
しかし、あれからベイビーの様子が良い方へと変わることは、全然なかった。そんな状況が長く続いたので、また私たちはベイビーに、あの三人から離れることを提案した。今回はベイビーから、きちんと事情を詳しく聞くことを決意。
するとベイビーは泣いてしまったけれど、どうにか説得させることはできた。大好きなベイビーが私たちの元に来てくれるのは、すごく嬉しいけれど……。どうかこれがベイビーにとっても、良い結果となりますように。
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