第6話 ムカつくムカつくムカつくムカつく【青森】

「あーっはっはっは……」


 私は今、教室を出てミドカと共に大笑いしている。私らを怒らせた便所バエこと、赤波江の話をして。


「ってかさぁ、アオさんも鬼だよねぇ~。あれだけ謝らせても、まだ誠意が伝わってこないなんて言っちゃってぇ~!」

「何、言ってんだよ。誰が青鬼だ」

「またウマイこと言ってー」

「そりゃどーも。まあ許さないのが楽しいって教えてくれたのは、ミドカだったじゃん? そっちこそ悪いぞー?」

「えぇ~、でも分かるっしょ? 許す側になるのが、最高に気持ちいーっての」

「んー確かに、そうだけどさ」

「えへへ。素直でよろし~! はあーっ! 許さないの、マジ最高っ!」


 ミドカと私が便所バエを許す権利を持ってから、一ヶ月が経った。一ヶ月前、突然あの便所バエは私らにキレた。いつものようにイジリを大人しく笑って流していれば良いものを、急に「もうやめて!」なんて言いやがった。そんな奴に腹が立った私は「短気ブス」って、便所バエに教えてやった。あぁ親切だよなぁ私は……とか自分に酔ってみる。

 というか私は、自分に酔う痛々しい部分があることを自覚してはいる。この毒が効いた(うん、そんな風に自分で思っている時点で、私は自分に酔っている)ネーミングセンスとか。ミドカが「赤ちゃん」だなんてベタなニックネームを考えるから、私は赤波江を「バエちゃん」と呼ぶことにした。それは「映え」を意味しているようで、実は便所バエとかのバエが由来している。そういう私の考えに、あの便所バエが気付いているかどうか。それは便所バエ本人しか分からない。まあ、もし便所バエに指摘されたら「そんなわけねーだろうが。被害妄想やめろよ」とか返すけど。

 あーあ。

 私って、そういう部分……キモいよなぁ。

 でも直していない時点で、そんな自分が私は嫌いじゃないんだろうなぁ。

 そこも気持ち悪い。

 自覚していて直さないなんて、タチが悪い。

 やれやれ、キモいキモい。


「おーいっ♪︎」


 うわ。


「ミドカぁ~! アオさーんっ!」

「あっ、黄瀬ちゃん来たよ!」

「ああ……」


 おいおい、来んじゃねーよ。

 私よりも、キモい奴。

 

「ねえねえ! 大ニュース、大ニュース!」

「えーっ? 何? どうしたのー?」


 出た、情報通気取り。

 便所バエのスパイでもしているつもりかよ。

 うっとおしい。

 もうフレネミーを気取るんじゃなくて、ずっと便所バエの側にいてやれば?


「あのねー♪︎」


 あーあ、すっげーノリノリ……。

 お前が楽しそうにバカなふりをしているのは、お見通しなんだよ。

 何だ、そのグループの末っ子……妹ポジションを確立したみたいな感じがマジでムカつく。

 自分が中立派、みんなの妹分、情報通の三拍子揃ったスペシャルな存在……選ばれた人間とでも思ってんのか?

 酔ってんじゃねーよ、クソぶりっこ。

 こいつ……今の自分の在り方が心地良いから、あんなに肌もツルツルなんだろうな。

 あーあ、腹立つわ~。


「カバちゃんがね」


 その「カバちゃん」という呼び方もムカつく。

 かわいく思わせることも悪口にすることもできる、便利なニックネーム。

 あと「ベイビー」も、すっげームカつく。

 あの「自分たちがステキな愛称を付けるからねっ!」みたいなノリで生まれたニックネーム。

 「赤ちゃんならベイビーで良くない?」とか、ふざけんなよ。

 便所バエを「赤ちゃん」と呼ぶことにしたミドカが悪いみたいな流れ、やんわりと作ってんじゃねーよクソ。

 あー、ムカつくムカつくムカつくムカつく!


「チャチャやコムちゃんと、一緒にいるの見ちゃったんだよ~♪︎」


 ……ふーん。

 こいつを手放すのは、まだ早いか。

 ムカつきはするけど、決して嫌いではない。

 あーあ、やっぱりキモいな私って。

 それでも、黄瀬よりはマシだろうけど。

 あーでも、そんなこと思っている時点で黄瀬よりも私は……。

 うーん、もう考えるのやめとこ。

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