第25話 詐欺サイトと肉じゃが

25話 詐欺サイトと肉じゃが



 それから数十分後。


「太一さん、太一さーん!」


「はいはい、どうしましたかー?」


 台所で肉じゃがを完成させ、そろそろ味見をしようかという頃。幽霊が走ってきて、腕を引いた。


「太一さんが買い物をしたお金がまだ払われてないみたいですよー? 十何万円とか……」


「はぁっ!?」


 幽霊の手を振り払い、我先にと部屋は全力疾走する。そして目の前に開かれたパソコンには、幽霊の言った通りの請求画面が映されていた。


「ゆ、ゆゆゆゆゆ幽霊さん!? この画面、どうなって開きましたか!?」


「え? えっと……たしかサイトの下の方にあるバーをクリックしたらそうなって」


「ひ、開いてから何も触ってませんよね!?」


「触ってませんよ。すぐに太一さんを呼びましたから……。何か、あったんですか?」


 詐欺サイト。幽霊が意図せず開いたそれはいきなりありもしない請求を突きつけ、見た者を不安に陥れたのちにお金を騙し取ろうとする害悪なサイトである。


 今の時代その数が増えすぎて騙される人は激減し、大抵の人はその画面に行きついてもすぐにページを閉じて履歴を消して終わりだろう。


 だが、この幽霊の場合は違う。


「幽霊さん。実はこれは……」


 それから、太一はその節を伝えた。


 ネット初心者であることに加えて、綺麗で澄み切った純粋な心の持ち主である彼女は、騙されていることに全く気づいてはいなかった。話を聞いてからは謝るばかりだ。


「す、すみません! 私、知らなくて……!!」


「いえ、大丈夫です。このサイトはお金を振り込ませるか電話させて個人情報を盗むかですから。何も触らず言ってくれて、よかったです。本当に」


 彼女がさっきまでの講座で知ったのは、ネットの楽しい部分。こういった詐欺などの危ない部分のことも、太一はすぐに教えるべきだったのだ。


 それを理解しているからこそ、怒ったりはしない。ただ今はすぐこの事を伝えてくれた幽霊に、感謝と激励を浴びせるばかりだ。


「こういった触ってはいけないサイトの話も、あとでゆっくりと教えますね」


「うぅ……はい……」


 額を伝った冷や汗を拭いながら、太一は幽霊を励ますように、台所へと誘う。


「まあそう気を落とさないでください。俺も昔、父親の携帯で開いちゃったことありますから」


「え、太一さんも……?」


「はい。しかも俺の場合は慌てふためいて、詐欺師相手に電話までかけそうになったんですよ? まあ結局その前に見つかって、こっぴどく叱られたわけですが」


 しかもその時見ていたサイトがアダルトなもので、という真実は伏せながら、太一はその当時のことを語る。


 するとみるみる幽霊の顔色は明るくなっていき、その過去話にたまにクスクスと笑うほどであった。


「さて、まあ俺の昔話はこれくらいにして。ちょうどさっき肉じゃがが完成したんですよ。幽霊さん、味見しますか?」


「肉じゃがっ! ぜひ! ぜひ食べたいです……っ!!」


 小さなお椀に汁と少量のじゃがいも、お肉とにんじんを入れて、太一は満面の笑みの幽霊にそれを手渡す。


「いただきます!」


 スプーンを使い、ふぅふぅとじゃがいもを冷ましてから、パクリ。それでも熱かったようではふはふと口元に手を当てて一瞬焦った様子を見せたが、すぐにその表情は蕩け、頰は緩んでいく。


「おぃひいれふっ。これ……」


 続けてお肉とにんじんもすぐにたいらげ、汁を啜って綺麗にお椀の中身を無くすと、幽霊はもじもじとしながら、それをそっと前に出す。


────おかわりを所望である。


「た、太一さん。その……もう少しだけ……」


「はいはい、分かりましたよ。もう少しだけですからね」


 ぱぁぁ、と太一の言葉に目を光らせる幽霊を見て笑みを漏らしながら、次はじゃがいもをサービスで二個入れて、汁の量を少し増やす。


 目の前で自分の料理に舌鼓を打ち、挙句におかわりをこんなに楽しみにしてくれているのだ。甘くなってしまうのも、仕方がないだろう。


「どうぞ。次はゆっくり食べてくださいね。残りはまた、夜ご飯の時です」


「えへへへへ、肉じゃがぁ……♡」


 太一の忠告を聞かず、幽霊は再びパクパクと素早く肉じゃがを食す。ゆっくり食べるように言おうかとも悩んだものの、ついその姿が可愛くて。頬を緩めながら、そっと写真を撮ってその様子を眺めていた。



 数時間後、自分の分も含めて彼女に肉じゃがのほとんどを食べられてしまうということは、この時はまだ知る由もない。

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