第6話 幽霊さんの画策

6話 幽霊さんの画策



 誰かが引っ越して来た。私のいる、この部屋に。


「では、これで荷物は全部ですね。ご利用、ありがとうございましたー!」


「はーい。お疲れ様でした」


 声を聞く感じ、男の人。地縛霊になってからだと大家さん以外のと男の人は見た事なかったから、少しだけ緊張する。


(……って、緊張しても仕方ないのに)


 どうせ、私とあの人が関わることはない。私に、関わるほどの勇気は無い。


……だって自分の顔がどうなっているのかすら、知らないのだから。


 幽霊になった私の身体に起きた変化はいくつかある。壁なんかを透けて通れるようになったり、格好が何故か白装束になっていたり。他にも人間だった頃とは変わった点がいくつもあるが、その中でも一番大きかったのは……鏡やガラスに、その姿が映らなくなってしまったことだ。


 つまり、私は今自分の顔がどうなっているのか知る術がない。人間だった頃の記憶が残っていればよかったんだけど、覚えているのは自分の名前だけ。


 私は、怖い。自分の目で自分の身体を見ることはできるからちゃんと女の子の身体であることは分かっているけど、顔まで普通の女の子だという保証はどこにもないから。


 幽霊なのだから、怖がられるのは別にいい。でももし……気持ち悪い、気味が悪いと顔を見て言われてしまったら。私は多分その場で泣き出してしまう。そして泣いている姿を見られて、また気持ち悪いと思われてしまう。


 そうなってしまうのが、どうしようもなく怖いのだ。


(せめて、この部屋を出られたらな……)


 きっと私が幽霊になったってことは、この世界には私以外にも色んな幽霊さんがいる。この部屋を出て自由に外を歩き回れたら、会いに行きたいけど……私はこの部屋からは出られない。窓を開けてから出ようとしたりしても見えない何かに邪魔されてダメだった。


「また、住んでる人に気づかれないようにひっそりと隠れて暮らさなきゃいけないんだ。……寂しい、な」


 なんとかしてあの男の人と話したりしてみたいけど、やっぱり怖さが頭から離れない。せめて、顔を隠せたら……


「……そうだ! 顔を隠せばいいんだ!」


 幽霊になってから変わった体質。私は何故かめちゃくちゃ髪の伸びが早かった。すぐに目が隠れてしまうほどに前髪が伸びて来て鬱陶しかったけど……そうだ。そのまま伸ばし続ければ、顔を全部隠せる。きっと怖がられるだろうし驚かれるけど、それでも堂々と、人の前に立てる。


「よしっ!」


 それから、この部屋に住み始めた矢野太一という男の人から隠れ続け、髪を伸ばし続ける生活が始まった。


 タンスの隙間から、ベッドの下から、押し入れの中から。その人の様子を伺いながら暮らす。そんな日々の中で私は、少しずつ太一さんに興味が湧いていった。


「あ、また怖いCMから目逸らしてる……ふふっ」


 たまに物音を立ててやったりなんかすると小動物のようにビクビクして、その姿に面白さと……少し、可愛いという感情を持つようになって。揶揄うような気分で暇つぶしに何度も、小さな脅かしを繰り返してやった。


 そして、前髪の長さがついに膝下くらいになった頃。私は初登場をどうするかと考えた時に、どうせなら盛大に脅かしてやろうと思ったのだ。


 どうせこの姿じゃいきなり友好的にとはいかない。この人が私を恐れて出て行ったら次の人とまた関係を築くのを頑張ればいいのだから、初めてのこの人は思いっきり脅かそう。小さな音ですらあんなにビクビクしてるのにいきなり私が目の前に出て来たら、どんなに面白い反応をしてくれるだろうか。


「ふふっ、ふふふっ。楽しみぃ」


 普段は夜普通に寝てしまうけれどその日だけは眠い目を擦り、頑張って深夜まで耐えて。トイレに行った隙にベッドの下に忍び込み、絶好の瞬間を待つ。


「さあ、腰が抜けるまで脅かしてやるんだからっ!!」


 だけど結局、その目論見は大失敗に終わるわけで。間が悪いタイミングで出て行ってしまったせいで驚いてもらえないわ、変なものを見さされるわ、最終的には……二ヶ月間育て続けた前髪の下に隠した素顔まで見られて。


「うわ!? めっちゃ美人!?」



 気づけば向こうの方から、言い寄られていたのである。

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