第4話 デフォルト幽霊、卒業
4話 デフォルト幽霊、卒業
家に帰り、服を脱ぎ、シャワーを浴びて。これまでよりも念入りに身体を清めてから寝巻きに着替え、ベッドに寝転がる。
一応、とベッドの下を覗いてみたが、そこには幽霊さんの姿はなかった。
ふぅ、と一息つき、プレゼントの入った小さな箱を枕元に置いて寝転がる。
昨日……いや、日付で言えば今日だが、幽霊が出たのは丑三つ時。部屋の電気を付けてもすぐに姿が消えることはなかったことから光を浴びれないわけではないだろうが、かといって日中に出てくるとは思えない。
ならば、今とるべき行動は一つだろう。
(丑三つ時は午前二時から四時。その時間ずっと起きていられるよう、仮眠をとっておかないとな)
スマホのアラームを夜の八時に設定し、目を閉じる。今の時刻は二時。六時間と長い時間だが、朝の四時まで起きていられるかという不安を考えれば自然な時間だろう。
(昨日はあまり寝られなかったし、結構眠い。あ、これすぐに……)
柔らかな布団に包まれ、目を閉じること数分。寝不足であった太一の意識は簡単に落ち、闇の中へと消えていった。
◇◆◇◆
「あ゛あ゛っ! お゛き゛ろ゛ぉ!!」
「ん、むぅ……?」
ぼんやりとした視界を、黒い何かが包む。こしょばくて、鼻がムズムズする。
それに加えて、何やら身体が重い。思ったように動かない。これはまさか、金縛りというやつだろうか。
なんて思ったのも束の間、太一は手先が普通に動くことに気づいた。布団の中に入れていた両手を出し、スマホを見る。
「うぁ、もう夜の十時かよ。寝過ぎた……」
スマホをぽいっ、と捨て、次は上を向く。まだ目がぼやぼやしていて、何が乗っているのかよく見えない。
と、目の前の黒い物体に手を伸ばそうとしたその時。肩が強く押さえつけられ、布団が浮き上がった。
「む゛し゛、す゛る゛な゛ぁ!!!」
「おわっ、うぇっ!?」
身体を揺さぶられ、意識がハッキリと覚醒して。身体の上に乗っているものが何なのか、すぐに理解した。
「幽霊さん! 来てくれたのか!!」
意外にそこまで強くなかった非力な細い腕を払い除け、目の前に垂らされた長い前髪をかき分ける。すると中からは、さっきまで低い声を出していたとは思えない可愛げな童顔が。
不意をつかれ驚いた様子で一瞬固まるもすぐに反撃に出ようとする幽霊だが、その力はやはり弱い。次は逆に太一に両肩を掴まれると、ベッドから飛び退いて距離を取った。
「な、なんで……寝起きで目の前に幽霊がいて、なんで驚かないんですか!!」
「え、いや寝起きだと視界ぼやけてますし……なんかこう、目の前暗いなぁ、くすぐったいなぁくらいにしか思ってなかったですよ?」
「なっ!? そんな、嘘……」
太一は知らない。寝起きで脅かすこの作戦が、仮眠している間およそ二時間にわたって幽霊により考えられた、秘策であったことを。太一に与えられた雪辱を果たすためにコッソリと布団の中に忍び込んで、起きるまで待機して。長い時間をかけてようやく実行された、苦労の結晶であったことを。
「おかしい、あなたはビビりのはずなのに! いつもちょっと私が物音立てちゃっただけでビクビクッてしてたのに!!」
「だ、誰がビビりですか誰が!! というかたまにこの部屋で何かの物音がするの全部幽霊さんのせいだったんですか!?」
「ええそうですよ! まずは物音で驚かせて、最後には私が登場すればあなたは飛び上がるほど驚く様を見せてくれると、そう思っていたのに……!!」
幽霊は知らない。自らが姿を見せることこそが、太一が怖がってくれない一番の理由だと。太一が自分に向けているのは恐怖心でもなんでもなく、ただの恋心でしかないと。
「あの、幽霊さんはなんでそんなことを? 俺を驚かせて、一体何が……」
「ふん! そんなの楽しいからな決まってるじゃないですか! 超絶ビビりなあなたの反応は、最高に面白く────」
「もしかして、構ってほしかったん……ですか?」
「んなっ!?」
図星である。この幽霊、最初は太一の反応を影から物音を立てることで引き出して面白がってはいたものの、段々と寂しくなって最終的にはこうして自らの姿を出してしまったのだ。
だが、そのことを認めるわけにはいかない。それを認めることは、彼女にとって万死に値するほどに恥ずかしいことなのである。
「そんなわけないでしょう! 人間ごときが調子に乗らないでください!!」
「人間ごときって……幽霊さんもその長い前髪を無くしたらもはや、白装束を着た普通の女の子ですよ?」
「へ、減らず口を!! どう見たって立派な地縛霊でしょう!!」
「どう見たって、世界一可愛い女の子ですよ?」
「っうぅぅぅっっっ!!!!」
幽霊は、地団駄を踏んでしまいそうなほどに悔しかった。
だが、それ以上に……
(身体、熱い! なんで!?)
霊体になってから過去一番と言って差し支えないほどに、身体が芯から熱くなっていた。
何故かは彼女自身にも分からない。いや、分かろうとしていなかったのだ。よって必然的にその感情は怒りであると自分に言い聞かせることとなり、身体は自然と威嚇耐性に入る。
「馬鹿にして! 許さない……ッ!」
「まあそう怒らないでくださいよっ。今日は幽霊さんにプレゼントを買ってきましたから!」
「……え?」
「はい、どうぞ!」
ずっと、気になってはいた。太一が大事そうに枕元に置いていた、あの小さな箱はなんなのだろうと。
それがまさか自分へのプレゼントだとは思ってもおらず、幽霊はあまりに突然の出来事に激しく動揺する。……前髪の下で、真っ赤に顔を染めて。
「プ、ププププレゼント!? 聞いてませんよそんなこと!!」
「だって言ってませんもん! 今日、学校の帰り道に思いついて買ってきましたから!」
ささ、早く受け取ってくださいと箱を差し出す太一から、半ば無理やりにそれを受け取らされて。幽霊はどこか不思議な気分になりながら、箱の包装をペリペリと音を立てて丁寧に剥がしていく。
「こ、これは……」
「ヘアピンと髪留めです! 幽霊さんにぜひ、付けてもらいたくて!」
中から出てきたのは、赤色のヘアピンが三本とひまわりをモチーフにした髪留め。どちらも太一が女性向けのお店に一人で勇気を出して入ったことにより手に入れた、勇気の一品である。
「……私にこの髪を、切れということですか?」
「そんなこと言いませんよ。そりゃ確かに切った方が絶対可愛いと思いますけど、幽霊さんがその髪型にこだわりを持っているなら強制なんてしません!」
「なら、なんで……」
「もし、切った時。幽霊さんが付けたらもっと可愛くなるだろうなぁって物を選びました。機会があれば付けてください!」
太一の、ただ喜んで欲しいという無垢な気持ちと、一番可愛いあなたを見たいという純粋な想いに当てられて。幽霊は言い返す気力を失った。
ただ、ただ嬉しい。不覚にも自分がそう思ってしまっていることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
「分かり、ましたよ」
「え?」
「切って、あげます……。言っておきますが、あなたのためじゃないですからね」
そう、これはただの気分転換だ。ちょうどよくヘアピンと髪留めがあるうえにそろそろ鬱陶しくなってきた前髪を無くしたいからする、自分のための散髪。
……決して、決して切った方が可愛いと言われたからとか切ってこれらを付けたらどんな反応をしてくれるのか気になったからとか、そんなのではない。
「ありがとうございます幽霊さん! めちゃくちゃ楽しみです!!」
「…………ふんっ」
その日の夜中。太一の部屋のお風呂からは、チョキチョキとハサミで何かを切り続ける音と、小さな鼻歌が聞こえ続けたという。
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