第2話 幽霊さん、大失敗2

2話 幽霊さん、大失敗2



「う、うぅ……がるるっ……」


 数分後。太一は猛烈に警戒されていた。あまりに嫌がるので手を離し、解放してあげたはいいものの。幽霊は遠く離れた部屋の隅っこで元の姿に戻りながら、犬のようなうめき声をあげる。


「あ、あの。なんかすみませんでした……」


 まさかこんな美少女が我が家に居たとは知らず、つい取り乱してしまった。確かについさっきまでエッチなビデオを見ていた男にいきなり手を掴まれれば、女の子なら怖くて当然だ。


 だが、向こうにも多少の責任はあるのではないだろうか。まさかこんなに間の悪いタイミングで出てくるなんて、予想出来るはずもない。夜中という時間帯自体は間違ってはいなかったが、せめてたまたま目が覚めてトイレに行こうとベッドから降りた瞬間、とかから脅かし始めて欲しかった。


 まあでもそんな事ばかり考えていても仕方ない。さっきこの人は自分のことを地縛霊と言っていたし、きっとこの部屋に取り憑いているって事だろう。ならこの先、一緒に住む同居人としてある程度のコミュニケーションは取っておかねば。実際前髪を下ろしている今の姿でタイミングを図って出てこられたら失禁しかねない。


「とりあえず、電気つけてもいいですか?」


「う゛ぅっ」


「……つけますね」


 うめきはしたものの反論はしなかったので、ひとまずは部屋の電気をつけた。


「あうっ、まぶしぃ……」


 小さな小言が聞こえた気がするが、一旦気には止めずに話しかける。


「あの、お名前は?」


「あ、あなたに名乗る名など……ありません」


 さっきまでは暗闇の中にいたからあれだったが、明るくなった今部屋の隅っこにいる彼女はなんだか縮こまってる可愛い子に見えた。前髪以外、もう全部可愛い。


 やはり出来れば仲良くなりたいのだが、まだ警戒されている様子。ならまずは、自分が怖い人じゃないってことをハッキリ分かってもらわないといけないか。


「俺の名前は矢野太一です。大学生なんですけど、今一人暮らししてて。趣味はゲームと漫画ですかね。幽霊さんは好きなこととかってあります? あ、食べ物とかでもいいですよ。用意しますから」


 そう言いながら少し近づく太一だが、幽霊はというと敵意をむき出しにしながら威嚇の体勢を取る。しかしもはや素顔を知っている太一には、その姿はチワワが吠えているようにしか映ってはいなかった。


「来ないでください! それ以上近づいたら……殺しますよ!」


 ギンッ、と目力を効かせ(その目は前髪のせいで太一には見えてはいないが)、凄みを出しながら幽霊はそう告げる。いくら顔を見られたとはいえ、ここまですれば太一はもう自分には近づいては来ないだろうという、絶対的な自信がそこにはあった。


「幽霊さんに殺してもらえたら、二人でこの部屋の中で地縛霊同棲ライフ堪能できますかね? それなら、中々悪くないかも……」


 だがこの男、怯まない。彼女いない歴=年齢かつ童貞の太一の心は既に、「あなたになら殺されてもいい」のステージに到達していた。


 つまるところ……一目惚れである。相手が幽霊だろうが関係ない。太一は今確かに、人生最大の恋をしている。


「あ、あなた私が怖くないんですか!? 幽霊ですよ!? 地縛霊ですよ!?」


「関係ありませんねそんなこと。俺はもう、その前髪の下のあなたの素顔を知ってしまいましたから。……俺が今まで見てきた中で、一番可愛い顔をしてました!!」


「な、なぁっ!?」


 動揺する幽霊を壁際に追い詰め、ジリジリと太一は距離を詰めていく。物や人をすり抜けられる幽霊であっても、この部屋に取り憑いている地縛霊である限りその壁は行き止まりと同義。幽霊の顔に、焦燥の色が浮かび上がっていく。


「もう一度、その顔を見せてください。隠してちゃ勿体ないですよ?」


「やめ、やめっ……!!」


 何を言っても聞かず、ただ純粋無垢な目を向けて自分に近づいてくる太一に対して、幽霊の心の許容量は限界に達した。


 恐怖心、警戒心、そして……心の内を熱くする謎の胸騒ぎ。その全てに当てられ、太一の手が再び前髪に触れようとした瞬間。彼女は────


「ぎにゃぁぁあぁぁっっっ!!!!!」


「うわっ!?」




 太一の身体に突進し、すり抜けて。次に太一が振り向いた時にはもう、その姿を消していたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る