第006話 サボモと地下

 二人は先程見た緑色の物体、サボモの元まで来た。

 サボモがある。それは地下洞窟の目印であった。

 サボモはサボテンと同種の植物である。多肉植物で、内側に大量の水分を溜めこんでおり、外周は針に包まれる。その針は水分を求めてやってきた動物を追い払う。サボテンと類似点が多いサボモだが、見紛う人はいない。なぜならサボテンとは違う、円錐型をしているからだ。この形状のおかげで風が強くても折れ曲がらず、平地では光を浴びやすい。


 イクサはサイフォと共にサボモから50m弱距離を取った。そこにサイフォがすっぽり収まるだけの穴を空け、サイフォを入れて砂の蓋をした。意識が途切れるか、紡流が切れるかしない限り、蓋が崩れ落ちてサイフォが生き埋めになることはない。

 そこからサボモの側へ歩いて行き、サイフォが居る方とは真逆の方にリェリィを引き連れて行く。


「なにするの?」


 イクサはリェリィを抱きかかえた。

 つま先で砂をトンッと叩くと、周りの砂がさらさらと移動し始めた。自身を中心に円を描く様に外へ外へと向かっていく。次第にイクサの立っている場所が下がって行く。

 肩が地面の高さを下回る頃、周りの砂も外へかき出されているため、イクサを中心にり鉢ができ上がっていた。


「サボモがあった位置、覚えているな?」


 その方向を見るリェリィ。


「そこから注意を外すな」

「どうして?」

「十分距離を取っているが、サボモが生えている辺りの砂をかき出してしまったら落ちてくるからな」

「あんなトゲトゲ落ちてきたら大変だもんね。ん? でも落ちてきたらどうすればいいの?」

「落ちてきた、と言え。そしたらそのタイミングで飛ぶ。お前が言うタイミングを間違えたら二人とも大怪我するから気を付けろ」

「プレッシャー与えないでよ!」


 言いながらもリェリィの視線はまったく切れない。文句を言いながらも与えられた仕事はやり果せる気でいるようだ。


「サボモが存在しているということは地下に水源となる地下洞窟があるはずだ。あれはそこまで根を伸ばして水を吸い上げているからな」

「周りで紡術を使える人は居たけど、こんなことをやっている人はいなかったよ」

「今のお前なら紡術を使えるはずだ。教えるのは面倒だから、見て試して覚えろ」


 イクサはなにやら堅い物の感触を靴底に感じた。洞窟の天辺に着いたようである。

 深さにして10m。イクサを中心に直径20mの谷が形成されていた。

 ふと疑念がよぎり、イクサはサボモの方を見やる。円錐型のそれが傾いていて、今にも落ちてきそうである。


「おい。なぜ、傾いていると教えない」

「僕のタイミングで飛ぶんでしょ? 下手なこと言って変なタイミングで飛ばせたら危険だと思って、落ちてくる瞬間まで言わないようにしていたんだ」


 そう言う間もリェリィの視線は切れていない。


「妙なところで肝が据わっているな」


 イクサはリェリィを降ろした。


「着いたの?」


 イクサは答える代わりにコートのボタンを外し、“砂喰すなくむし”を取り出した。


「洞窟の天井を斬る。離れていろ」


 言われて砂の谷をやや上るリェリィ。

 鞘から抜かれた刀身の輝きはやや曇っているように見えた。しかもその先端には刃こぼれが見られる。


「それで斬れるの?」


 イクサは刀を砂中に埋め、引き抜いた。

 すると刀の刃こぼれは直り、研磨し直したかのような輝きを取り戻していた。


「なにが起きたの!?」

「この刀の……“砂喰い虫”の特性だ」

「凄い」


 イクサは刀の鞘の方で足場になっている洞窟を軽く叩いた。返ってくる音を聞いて、中が本当に空洞になっているかを確かめているのだ。さらに耳を近づけ、内部の音を探る。


「なにをしているの?」

「この洞窟がどこかに繋がっていて、先客が居ないとも限らない」


 リェリィは納得して頷いた。


「どうやらほらの民はいないようだ。雷晶いかずちしょうからは遠ざかったが、俺の手伝いはできるぞ」


 イクサは両の手で刀を握りしめ、真下の天井に目をやる。刀は、峰が自分の背中にピタリと来て止まっている。

 一呼吸を置き、斬撃を浴びせる。返す刃でさらに斬り、計4回の斬撃音が発生した。

 リェリィは異臭に鼻を覆った。摩擦により岩が焦げたのだ。

 イクサは刀を鞘にしまい。ついでと言った所作でそのまま鞘で岩を突いた。

 岩はすべり洞窟内部へと落下。

 近い位置から落下音が聞こえた。恐らくそれほど深くはない。おおよそ2m弱と言ったところ。内部を確かめようとイクサが身を屈めたそのとき。


「落ちてきた!」


 イクサは瞬時にリェリィを抱え、洞窟の中に入った。

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