砂紡ぎの商人
詩一
第一章【二人の商人】
第零幕 過去の戦争
第000話 砂を紡ぐ少年
砂の主導権を奪われてしまった。
少年はやや混乱していた。操っていた砂を敵にぶつけようとしたところ、その砂の塊が跳ね返ってきて顔面に当たった。頭を揺さぶられた彼は軽い脳震盪を起こしてそのまま地面に倒れた。なにが起きたかという事象そのものはわかっていたが、しかしいったいどうしてそうなったのかはわからなかった。自分がコントロールを誤ったのか、或いはそれが敵の攻撃によるものなのか。考えるまでもなく後者なのだが、自身が砂の主導権を奪われるという経験は今までになかった。
だがずっと混乱しているわけにもいかない。
少年は砂を握り締めて立ち上がった。
(失ったのなら、新しい砂に干渉すればいいだけだ)
手からサラサラと流れ落ちた砂が溶けて行く。彼の
「そうだよ! そうじゃなきゃあいけない! キミの化け物染みた力をもっとボクに見せつけてくれ! “
少年を”砂上の戦神”と呼んだ男は、ゆったりとした駱駝色のローブに身を包み、腕を広げて興奮と喜びの声を上げていた。恍惚のまなざしを少年に向け、丸眼鏡のブリッジをくっと押す。レンズは月光を照り返し、怪しげに光る。
少年は片手をスッと上げる。つられるように周りの砂も持ち上がる。彼の中心に在った砂も同じく隆起し、砂の塊の上に立つ。それはどんどん高く、広くなって山のように膨らんでいく。その上に立ったまま、遥か下の丸眼鏡の男を見下ろした。巨大な砂の塔の上に居る少年を、その男はやはり恍惚とした表情で見ていた。
(このまま突っ込めば男を殺せるか)
先の主導権を奪った能力の正体を掴めていないが、少年はそれ以上考えなかった。もとより力押しの戦法しかない。それで何度も勝ってきた。数えきれないほどの兵士を飲み込んできた。今さらそれ以外の戦い方など、できようはずもない。
少年は砂を走らせた。上空から男に向かって。滑空するさなかに男の眼鏡越しのトロンと蕩けたような瞳と目が合い、背中に寒気が走るのを感じた。乗っていた砂がいきなり崩れたかと思うと、足を絡め取られる。
「ギャ! ク! カ! ン! ショ! ウ!!」
男は目を剥いて高らかに吠えた。少年に向けられたそれは、勝利を確信した者の声色であった。
少年は空中で砂に弄ばれながら、意識が遠退いていくのを感じた。しかしそんな命の危機に直面した状況でありながらも、彼はとても長閑なことを考えていた。
(今日は久しぶりによく眠れそうだ)
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