そして、沈黙(4)

 ばんちょう[ルウラ・ハアルクン]どのの遺体が屋敷に戻った翌朝、奥方は長子らを絞殺したのち、自らも命を絶った。

 その報を聞いた近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]はポウラ一派の将らに対して、苛烈な処置を指示した後、「これで、領地も含めて、近北州の問題は解決した」と述べた(※1)。

 こう兎死とししてそう狗烹くにらる。万騎長どのの死に、みなきょうした。

 いくさびとを、自分の決めた生き方、死に方にこだわる者とするのならば、近北州のいくさびとに安住の地はなくなった。


 北州公[ロナーテ・ハアリウ]が乱の終息を祝って、近北公に茶を振るまうことになり、サレも陪席を求められた。

 常あらざる状況は去り、平時に戻った。北州公がポウラ一派の助命の話を口にした場合、彼が政治に関わることを嫌う近北公がどう出るのか、サレにはわからなかった。


 三人による茶会は、無言ではじまった。しばらくして口火を切ったのは、北州公であった。

「万騎長は、あなたをよく支えてくれていたと、私には見えていましたが?」

「おかみのおっしゃるとおりでした。よく仕えてくれていました」

「先に起きた争乱は、残念なことでした。今回の乱で亡くなった者たちの魂が、すみやかに太陽へ昇っていくことを、私は、心から祈っております」

「……遠北えんほくしゅう遠西えんせいしゅうは混乱が続いておりますが、これは、大きないくさもなく終わるでしょう」

「あなたがそれを望まないからですか……。あなたのおかげでいくさの日々が終わろうとしている。民草もあなたに感謝している。前の大公[ムゲリ・スラザーラ]は英雄であった。それに対してあなたは英雄ではない」

 北州公の言に、場がせいじゃくに包まれたのち、再度、彼が話しはじめた。

「民草からすれば、英雄などは必要ない。いつの時代も……。とにかくこれで、すべてが一段落しそうですね。あなたのおかげです。七州の民草に代わって、お礼申し上げます」

 北州公が深々と頭を下げたので、近北公は戸惑った。


 北州公との茶会のおかげかどうかはわからなかったが、近北公は、ポウラ一派への処罰をゆるめた。

 そのような中、密告により、ポウラ[・サウゾ]が潜伏先せんぷくさきばくされた。

 ポウラは西せいどの[ザケ・ラミ]暗殺の首謀者であることを最後まで否定したが、牛を用いた八つ裂きの刑へ処されることが決まりかけた。

 しかしながら、りょうさいどの[ウベラ・ガスムン]、[モルシア・]サネおう、サレらの諫言かんげんによって、州法に基づき(※2)、平民として、鉱山に送られることになった(※3)。

 いくさびととしての死を与えられなかったポウラは、鉱山に送られる途中に、自分の首を自らの手で絞めて死んだ。

 その他の将たちは、平民に落とされるだけですんだが、いくさびととしての矜持や万騎長への後ろめたさから、自死する者もいた。

 万騎長に従った兵たちはおとがめなしですんだが、内心、近北公はこころよく思わず、そのために、東管区の民たちは後々、いろいろとつらい目にあった(※4)



※1 「これで、領地も含めて、近北州の問題は解決した」と述べた

 ハアルクン(ポウラ)の乱の終息をもって、ハエルヌンの祖父と父が金山を巡って争った父子戦争の余波は完全に収まり、近北州においては、ハエルヌンによる強固な独裁体制が完成した。

 セカヴァンの戦いからバラガンスの戦いの間に、近北州の強兵は数を減らし、七州に対して軍事的な優位性を失った。しかし、そのことこそが、ハエルヌンの権威権力を近北州がより必要とする事態になった。

 しかしながら皮肉なことに、それにもかかわらず、以後、ハエルヌンは政治へ無関心となり、近北州は政治的に見て、混乱の時代を迎えることになる。


※2 州法に基づき

 近北州では、平民の処刑を禁じており、金山送りが最高刑であった。

 金山での労働は苛酷で死ぬ者が多く、実質的な死刑宣告であったが、八つ裂きの刑は街中で行われるならわしで、それを平民に見せてもよいことはないと、ガスムンら考えたようだ。

 一説には、サレがガスムンに勧めて、刑の内容が変更されたとのこと。


※3 州法に基づき、平民として、鉱山に送られることになった

 この諫言をした者たちは、バラガンスの戦いの功で、ハエルヌンの信任を得たオリーニェ・ウブレイヤの恨みを買い、後の政治的対立へつながった。


※4 いろいろとつらい目にあった

 このことから、東管区ではサウゾ主義が忌避きひされ、ウストリレ進攻問題において、反対派であるサレにくみする者が多数出る要因となった。

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