再生(六)
「いくさ人の中のいくさ人」と呼ばれていた、ゾオジ・ゴレアーナどのは、とにかく顔の大きい方だった。
サレが見上げるほどに背が高く、体のどの部分も大きかったが、それにしても、とにかく、顔が異様にでかかった。
前の国主[ダイアネ・デウアルト五十五世]の葬儀における名代に、東州公[エレーニ・ゴレアーナ]が指名したのは、庶兄のゾオジどので、家宰のモイカン・ウアネセはその付き添いにすぎなかった。
しかし、都に着くと、目立つことの嫌いなゾオジどのは、むりやり、ウアネセへ名代を押しつけてしまった、とのことだった。
「州に帰ったら、公に怒鳴られるのは分かっているのですが、嫌なものは嫌なのです」
サレの屋敷の一室にて、茶を点てている彼に向かって、ゾオジどのが穏やかな声で言った。
椅子に腰かけているゾオジどのの前に、茶の載った小盆を置いたのち、円卓を挟んで、彼の正面にサレは坐った。
そして、いけないと思いつつも、ついつい、その大きな顔を凝視してしまった。
それに気がついたゾオジどのは、自分の頬を叩きながら、「幼主[ダイアネ・デウアルト五十六世]に拝謁したとき、この顔をいたく気に入られましてな。ばしばしと、幾度もお叩きになられました。顔など大きくとも良いことなどは何もないと思っておりましたが、いやはや、
午前中に茶を振る舞った、宝石商の飲み方もわるくなかったが、ゾオジどのの所作は、それ以上であった。無駄がないのに、どこか余裕が感じられた。
「いくさ人として高名なゴレアーナどのに、わざわざ、墓参りへ出向いていただき、もし、兄の魂がまだ、この大地をさまよっているのならば、ずいぶんと喜んでいることでしょう。また、サレ家としても誉れ高いことです。義姉のタレセに代わり、弟として、お礼申し上げます」
オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]が失礼なことをしないように、サレを迎えに行くという名目で、彼を屋敷から追い出す機転を見せたオーグ[・ラーゾ]が、ゾオジどのの来訪の目的を聞き出し、サレに伝えていた。
頭を下げるサレに対して、ゾオジどのは静かに茶碗を置き、右手を振った。
「いやいや、名の知られた百騎長にそのように言っていただくほどの者ではありませんよ、わたくしは」
静かに笑いながら、ゾオジどのがそう言うと、サレも含み笑いを返した。
「どうやら、東部州にまで、わたしくの悪名が届いているようですね?」
「たしかに悪名ですが、いくさ人として生きる以上、無名よりはましでしょう」
「そうでしょうか。わたくしのことをいくさ人として認めない
「それらの者は、いくさ人というものがわかっていないのでしょう。いくさ人というのは、自分が決めたことをやりぬこうとする者のことを言うのです。ですから、百騎長の兄上は立派ないくさ人であったし、形はちがいますが、あなたさまも後世に名の残るいくさ人だと、すくなくともわたくしは思います。……わたしくに、ズヤイリという出来のわるい息子がいるのですが、百騎長のようないくさ人になりたいと申しております。これは、まあ、父親としては少し困った話ですが」
再度、ゾオジどのが上品に笑ったので、「それはお勧めできませんね」とサレも声を合わせて笑った。
「百騎長にも、だいぶ、かわいがわれている御子息がいらっしゃられましたな?」
「はい。いま、近北州におります」
「いくさ人にするおつもりで?」
「いや。名をオイルタンというのですが、彼には、わたしくのように、泥水を
サレの言を聞くと、ゾオジどのは茶碗を手に取りながら、「それはすこし、もったいない話ですな」とだけ応じた。
「ほかにお話がなければ、そろそろ、兄の墓へご案内いたします……。ご存じのとおり、形だけの墓ですが」
飲み物を茶から酒に変えてしばらく経った後、サレがゾオジどのに問いかけると、彼は言いにくそうな表情を浮かべ、言葉を濁しながら、サレにたずねた。
「実はですな、東州公から、百騎長の実入りを調べて来いと言われておりましてな。もちろん、きょう、お伺いした目的は、アイリウンどのの墓参りなのですが、あなたさまに教えていただけると、こちらとしては、あれこれと聞いて回る手間が省けるという話でして……」
思わぬ話に、サレは内心の驚きを隠そうとせず、「何のためにですか?」と逆に問うた。
「東州公は百騎長を気に入っているようで、できれば、
「それはまた……、考えもせぬ話ですな」
「お聞かせ願えませんか」と真顔で言うゾオジどのに、「ゾオジどのにも東州公にもかないませんな」と、サレは破顔したのち、昨年の実入りを口にした。
その額を小声で復唱したのち、「失礼だが、あれだけ、お働きになって、それだけですか……。働きに見合った報酬。報酬に見合った働きを
真面目に諭して来たゾオジどのに、サレは困惑を憶えつつも、「公女[ハランシスク・スラザーラ]と近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]に聞かせたいお言葉ですが、まともに取り合ってはくれませんでしょうな」と応じた。
すると、ゾオジどのもすこし困惑気味に疑問を口にした。
「近北公と言えば、七州一の物持ちと聞いておりますが?」
「けちだから、そう呼ばれるようになったのでしょう。まあ、見返りよりも、えぐい仕事ばかり回されるほうをどうにかしてほしいところです……。心から、近北州が東部州と争うようなことがないことを祈っております」
サレが話の方向をずらすと、ゾオジどのも大きくうなづいた。
「その通りです。東州公自身には、領土的な野心はないのですが、婿どのがどうも、時代遅れと言うか、大公[ムゲリ・スラザーラ]さまのご存命の時と状況が変わってきていることを理解していない」
「オアンデルスン[・ゴレアーナ]どのは、まだ、前の大公さまと同じ夢を見ておられるのですか?」
「どこまでかはわかりませんが、義理の叔父上に対する憧れが強いようです」
話にきな臭さをおぼえて、サレが口を固く結ぶと、ゾオジどのが話をつづけた。
「わたくしは、大公さまに多大な御恩のある身です。ですから、その名を汚すような者を、大公さまの出身であるゴレアーナ家から出したくはないのです。義弟にしても、妹にしても……」
言い終わると、ゾオジどのは目を落として、酒杯に口をつけはじめた。
「東州公が、なにかお考えなのですか?」
相手の酒杯を満たしながら、サレがたずねると、ゾオジどのは首肯し、彼には似つかわしくない小声で答えた。
「ボルーヌ・スラザーラと、何か企んでいるようなのです」
「スラザーラ家の家督問題を蒸し返す気ですか?」
サレが即応すると、ゾオジどのは杯を逆さにして、盆の上へ置いた。それから、サレを真正面に見据えながら、「それしかないでしょうな。どこまで本気なのかはわかりませんが」と言った。
「なぜ、わたくしにそれを?」
「大公さまの一家臣として、ボルーヌの娘などに、臣下の礼はとれません。それだけの話です」
サレはすこし頭が混乱していたので、「いくさ人らしい、お答えですな」とだけ答えた。
しばらく無言の時間がつづいたのち、「それでは、兄の墓へ、ご案内いたします」と、サレの方から話を切り上げた。
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