再生(五)

 二月十一日の朝。

 公女[ハランシスク・スラザーラ]の婚儀に備えて、装飾品を新調しておいたほうがよかろうという話になり、サレは鹿しゅうかんに宝石商を呼びつけた。

 ラウザドからやって来た宝石商は、大小さまざまな紅玉と赤珊瑚を、持参した敷物のうえに並べたてたが、その物の良し悪しがサレにはわからなかったので、選別はタレセ・サレにゆだねた。

 購入する宝石を身につけるはずの女性は、生来、その手のものに興味がなかったので、いちおう、場には呼んだのだが、姿を見せなかった。


 きわめてめずらしいことであったが、その日、公女は日の出と共に庭に出て、朝から空ばかりをながめていた。目の下のくまがひどかったので、眠らぬまま、朝を迎えたように見えた。

 デウアルト太陰暦で、二月九日に推算されていた部分日食が生じなかったのに対して、公女の計算では、その日に日食が起きる予定だったので、気が気でなかったのだろう。


 タレセが宝石を選び終えたので、彼女を公女のもとへ返し、サレが値段の交渉を請け負った。宝石商よりタレセは、「わい」として首飾りを受け取っていたので、交渉役としてふさわしくないとサレは判断したのだった。

 やりとりをはじめると、さすがは、オルベルタ[・ローレイル]が寄越して来た商人だけあって、持って来た品も良いものばかりであったが、値段の交渉相手としてもなかなかにごわかった。


 サレの点てた茶を飲みながら、ふたりの間で厳しい攻防が続いていた最中、オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]が、ずかずかと茶室に入って来て、サレの屋敷に客が来ていることを、興奮気味に伝えてきた。

 サレが忌々し気に、だれが来たのかをたずねると、思いもよらぬ名が耳元でささやかれたので、彼は思わず椅子から立ち上がり、オントニアを凝視してしまった。

 数瞬後、交渉の途中であったことを思い出したサレが、慌てて、老獪ろうかいな宝石商を見下ろすと、彼は小憎らしい笑みを浮かべながら、「大事なお客様がお待ちのようですので、それでは、このご予算で」と、サレの顔も見ずに、契約書へ金額を記しはじめていた。

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