蜃気楼(十三)

 八月二十五日。

「初めてお目にかかります。ヘイリプ・サレの次男ノルセンにございます。このたびの西征には、ホアビウ・オンデルサンさまの与力として参陣することを許されております。どうかよろしくお願いいたします」

 馬ぞろえが始まる前、片膝をつき、頭を下げて挨拶をしたサレに対して、白皙はくせきの[タリストン・]グブリエラは名乗っただけで、余計なことは言わず、何の態度も示さなかった。


「何事もなく挨拶がすみ、よろしゅうございましたな」

 馬ぞろえの最中、ゼヨジ・ボエヌが馬に揺られているサレに声をかけた。

「我が身一人の安泰を願い、金で地位を買う下種げす。声をかける必要もない男だと思ったのだろう。できるだけ油断してもらわないとな、あの若様には。……いまのところは、すべて計画通りだ」

 サレはオーグ[・ラーゾ]が掲げている、サレ家の家紋である花麦の軍旗を注視した。

「三年前の馬ぞろえに参加していた者は、どれだけ残っているのだろうな。前のいくさでは多くのいくさ人の肉体が土に還った。今回はどうなるのだろうか」

「さあ、私にはわかりかねます」

とだけゼヨジは応じた。


 新暦八九五年盛夏八月二十五日の馬ぞろえは表面上、つつがなく終わった。

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