ウルマ・マーラ(十二)

 のちのけいをみれば、モウリシア[・カスト]が老執政[スザレ・マウロ]に訴えていたように、サレが公女[ハランシスク・スラザーラ]に近づいた際、機先を制して彼を討つべきであったし、サレも緑衣党の数が整うまで、その動きにおびえていた。

 しかし、何事もなく、体制を整えることができた時、その理由を、老執政の判断の甘さと、刑部監殿[トオドジエ・コルネイア]がモウリシアの動きに反対してくれていたおかげだと思っていたが、そうではなかった。


 鹿しゅうかんの改築を終えたサレが、ようやく一息つけたので、館の警固に当たっていたラシウ[・ホランク]を自宅に呼び出し、きつく叱りつけたときのことだった。

 ラシウは、大公[ムゲリ・スラザーラ]の御定法に逆らって決闘をし、倒した相手から巻き上げた金で剣聖[オジセン・ホランク]の酒代を稼いでいた。そのためにラシウには兄弟子と同じく「人斬り」の異名がつく始末であった。

 決闘のうわさを聞くたびに、サレはラシウをたしなめていたが、鹿集館の改築への対応に忙殺されて、彼の目が行き届かなくなると、妹弟子はすぐに決闘へ手を染めていた。


 コステラ=デイラの行政全般にかかわるなんえい府尉ふいについた以上、身内からそのような醜聞が出ては仕事に差しさわりがあったので、絶対に辞めるようにサレはラシウに告げた。

 もちろん、口で言うだけでは意味がないことはわかっていたので、鹿集館の警固の役務に対して俸給を出すことを約束し、剣聖の世話は兄弟子のサレに任せることを誓わせた。

 ラシウが無言で頷いたので、書斎からの退出を許したサレは、決闘の禁止を含めて、大公の御定法を再度、みやこびとたちに知らしめる必要を感じ、その文案を練っていた。


 そのさなかに、家宰のポドレ・ハラグが血相を変えて部屋に入って来るや、刑部監殿の書状をサレに差し出した。

 その書状を読み進める中で、「老執政から、再度の西征の可否についてご下問あり」の一文が目に入ったとき、サレは全身の血の気が引いたのちに、はげしい怒りに襲われるまま、こぶしで文机を思い切り叩いたため、右の小指が折れた。


 老執政がサレの動きに目を瞑ったのは、手が出せなかったのではなく、ただ単に些末なこととして、その視界になかっただけであった。

「老執政は西征を成功させるため、執政官の権威をもって、東南公[タリストン・グブリエラ]と州内の旧勢力に和議を結ばせたうえで、公に上洛を促すご算段」

 ハラグに向かって、刑部監殿の書状を読み上げたサレは、書状を握りしめて、歯を苦縛った。

 グブリエラが老執政と手を組み、都に来るとわかっていれば、公女の下になどつかなかったのにと、サレは自分の判断の甘さを恨んだ。

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