雲行き(五)
モウリシア[・カスト]を筆頭に老執政[スザレ・マウロ]の若き側近たちは、サレの行為を政道批判として受け止め、懲罰を与えるために、サレを薔薇園[執政府]に呼び出した。
サレが出頭すると、詮議は老執政とバージェ候[ガーグ・オンデルサン]の前で行われた。
サレにとって都合がよいのかわるいのか、都の政治にも割り込んでいたバージェ候が詮議への参加を求め、老執政がそれを許した。
詮議がはじまると、サレはモウリシアを痛烈に面罵した。
老執政の前で恥をかかされ、白い顔をさらに蒼白にさせたモウリシアが、「おまえはいま、自分が無刀であることをわかっているのか」と声をあらげた。
たしかに、サレは「鏡の間」と呼ばれる部屋に入る前に、佩刀を衛兵に渡していた。
しかし、サレからしてみれば、たとえ佩刀がなくとも、物の数でもない者たちが何人いようと同じであった。
サレは、モウリシアの言に直接答えず、となりで自分を監視していた衛兵に微笑みかけ、「怖い怖い」と言いながら、逆手で衛兵が腰にさしていた脇差をすらりと抜き、そのままモウリシアの方へ投げた。
脇差は、思いもかけぬ行為に身動きが取れずにいたモウリシアの頭を越え、後ろの壁に刺さった。
場の一同が騒然とする中、サレは、「剣聖のいちばん弟子をなめないでいただきたい」と静かに告げた。
「百騎長[ノルセン・サレ]の曲芸のすごさはわかった。まあ、坐れ」
そのように、衛兵たちに取り囲まれているサレへ声をかけたのは、バージェ候であった。
バージェ候は腰を抜かしているモウリシアに
「いまのは兵部監(※1)[モウリシア・カスト]もわるいとおもうが、どうですかな?」
老執政が黙って頷いたので、サレの蛮行はいちおう不問とされ、腰を抜かしたモウリシアが部屋を離れたのちに、詮議は再開されることになった(※2)。
老執政に願い出て、刑部監殿(※3)[トオドジエ・コルネイア(※4)]が発言を求めると、他の側近たちが明らかに嫌な顔をしたが、バージェ候が話を促した。
その時、老執政と折り合いがわるいといううわさの流れていた刑部監殿と、西南州で序列二位に躍り出ていたバージェ候がつながっていることを直感的に、サレは理解した。また、なぜ、この場にバージェ候が出ているのかという疑問に対して、自分に恩を売ろうとしているのだということも悟った。
「百騎長の言動は目に余るものがあります。長はご政道というものがわかっていない。兵部監の言い分にも、言い方、接し方はともかく、もっともなところがありました」
と、刑部監殿はモウリシアの顔を立てた後、サレを擁護した。
「しかしながら、塩賊に退潮のきざしがあれといえども、まだ私軍は必要であるというのがわたくしの考えです。そして、いくさ場で役に立つ荒くれ者の多い兵たちを取りまとめられる者は少ないのですから、百騎長の要求については、再考する必要があるのではないでしょうか。その代わり、今後、政道を傷つけるような言動を控えることを百騎長は念書に書いていただきたい。それでどうでしょうか、執政官?」
刑部監殿の言に、モウリシア派の者どもが騒ぐ中、老執政は「兵部監はどう思うかな。まあ、いい。再考ということならば、それでもよい」と答えた。
それで話は終わりそうだったが、やけになっていたサレは、バージェ候のやんわりとした静止を振り切って、再度口を開いた。
「再考は、まあ、ありがたいとして、その代わりにご政道を正そうとする発言をふさぐというのはいかがなものかと愚考いたします。法務を司る刑部監殿にお尋ねするが、そもそも、そのような決まりが、七州の法にありましたかな?」
うなづきながら聞いていた刑部監殿はサレが話し終わると、「ありません」と即答した。
「そのような決まりはありませんが、ここは皆のために、折れていただきたい。私からのお願いです」
モウリシア派の者たちがかまびすしい中、刑部監殿がまっすぐにサレを見つめた。
「なるほど。刑部監殿のお願いですか。・・・・・・わかりました。ならば、ご政道への言及は慎みましょう」
とサレは応じた。
サレが書かされた念書の裏に、バージェ候が裏書の
※1 兵部監
兵部監は、執政府にて軍務を統括する役職。
※2 詮議は再開されることになった
マウロ、オンデルサンともに歴戦のいくさ人であり、この程度のことは気にしなかったのだろう。現在では考えられないが、当時の荒々しい世相をよく表している。
※3 刑部監殿
刑部監は、執政府にて法務を統括する役職。
※4 トオドジエ・コルネイア
下級貴族の出身。才活発で性は温厚であったが、人の好き嫌いが激しい一面があった。マウロとは馬があわなかったが、サレとは盟友の間柄になった。
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