Act.04 みんなの人生の物語

第23話「許す、ゆるゆると緩く、赦す」

 激震に揺れる中で、僕たちは地下倉庫街から逃げ出した。

 そして、地表に出たところで軍に拘束されてしまった。

 今は囚われの身で、基地内の収容施設に放り込まれている。

 鉄格子の素敵な部屋で、どうやら今晩は一泊のおもてなしらしい。


「……ジェザド、さっきから黙っているね。少しくらい、なにか言いたまえよ」


 僕は、見えない壁の向こうへと語りかける。

 隣の独房には、ジェザドが入れられているはずだ。

 深夜で見張りこそいないが、最新鋭の電子ロックでおりは完璧だ。僕がナナの肉体を無理させた程度じゃ、びくともしないみたい。

 それより、僕は隣の気配が気になった。

 さっきからジェザドは、無言を貫いている。


「寝たのか? なあ、ジェザド。寝たなら寝た、そうでないなら寝てないと言ってくれ」

「寝たヨー?」

「……起きてるじゃないか」

「そういうネタなの。ここ、笑うとこよん?」

「ええと、こういう時に人間は……あ、ああ、うん、クールだな!」

「なにそれ。お寒いっての? だよねえ、トホホ」


 ようやくジェザドが重い口を開いた。

 かと思ったら、今度はこの軽口だ。

 本当に、とらえどころがない人間である。

 不思議と僕は、少し安堵した。

 同時に、疑念を思い出してぶつけてみる。


「ジェザド、重粒子砲フォトン・カノンは条約で禁じられた禁忌兵装きんきへいそうだ。それをどうして」

「どうしてって……それじゃなきゃ倒せない相手、いるでしょ」

「……ネフェリム。じゃあ、僕を……ネフェリム770号機を狙撃したのは」


 ジェザドは答えなかった。

 だが、その沈黙がなによりの答だった。

 なんてことだ!

 僕は自分を殺した相手によって、このナナの肉体に入れられたのだ。先程ヨシュアのことを人でなしのように思ったが、ジェザドだって変わらないじゃないか。

 理由くらいは聞きたいものだけど、


「理由くらいは聞きたいものだけど? それと、言い訳とか、謝罪とか」

「いやあ、弁明なんて男らしくないからネ。遠慮しとくよん?」

「お前が男らしさにこだわったことが今まであったか?」

「……うん、私は今日から男らしく生きることにするサ」

「男らしさは求めていない。お前らしさを欲しているんだ」


 意外な言葉が出て、先程とは違う静けさを連れてくる。

 僕はここ数日で、急激に詩人としての才能を開花させていたようだ。もしくは、詐欺師さぎしか弁護士の職能だな。


「僕はまだまだ人間には不勉強だが、相手を許すには情報の開示と謝罪、そして賠償が不可欠だ。違うかい?」

「私を、許すって? どうやって」

「罪は、罰を受けてつぐなえばいいらしいぞ。僕も最近知った、これは最新情報だ」


 苦笑する気配が、ようやくジェザドの空気を弛緩させた。

 そして、彼は語り出す。

 その大半は僕の知ってた話で、ナナに関わることだ。ナナの人格と記憶をデータ化し、デミウルゴスなる装置に退避させた。そのうえで仮死状態にして難病の手術を行い……肉体の管理者として、僕がインストールされた訳だ。


「……どうしても、ネフェリムの持つ超高性能AIのデータが必要だった」

何故など? 一般的なアンドロイドのものでは駄目かい?」

「ああ、駄目だね。カイン君を見ただろう? ごく限られた範囲での、限定的な人間性しか再現できない」

「破壊と殺戮のためのAIに、人間性を求められても困るよ……僕は」

「けど、君はここ数日で驚くべき人間らしさを獲得した。それが、世界最高峰のAIとしてネフェリムに搭載されたものなのさ」


 ネフェリムは基本、司令部の命令で動く。

 しかし、戦場は常に千差万別で、状況は刻一刻と変化してゆくものだ。そのため、ネフェリムは全領域対応の万能兵器として高度な制御システムが搭載されている。

 自己判断、完全自律稼働を実現させた、世界一のAIだ。

 僕たちの躯体は高価なものだが、その予算の半分は頭脳に費やされていた。


「君は、ネフェリム770号機は、暴徒と化した市民を前に風前のともしびだった」

「だから、確実に破壊した上でAIを吸い出した、と?」

「私にとっては、またとない幸運だったよ。最高の軍事機密を、こうも簡単に手に入れられた……大破させても、市民の持つ道具でどうこうできる躯体くたいじゃないしね」

「逆に、僕が市民との交戦を避けて撤退するのは、見逃せなかった」

「そゆこと。……でも、本当に幸運だった。君という人にナナを任せられて」


 人間の本質は、エゴと欲だ。

 そういう感嘆な言葉で、書物や過去の文献は後ろ向きに記述している。

 でも、娘を救いたいというエゴ、できる限り娘を助け続けたいという欲……これは、悪徳とされるものだろうか? 法に背いていたとしても、完全に悪だと断言できるだろうか。

 ジェザドはおおよそ、男らしくない人間だ。

 けど、親としての父性、そしてその責任感だけは認めてもいい気がした。


「……ジェザド、僕はお前を許す。と、思う」

「そりゃどーも」

「許したいんだと思うんだ。その、お前が父親として奔走ほんそうする姿や言動、そうしたものは許す根拠として正当性がある。そういう気がする感じた」

「ありゃ、これまた随分ファジーだねえ。天下無敵のネフェリム様ともあろうAIがさあ」

「今は、ナナオだ。お前の……ジェザドの、なんだろう。娘の管理者、かな?」


 むむ、そういえば僕はどういうポジションなのだろう。

 ジェザドから愛娘の肉体を預かっている身で、この身体の健康を保つ義務を全うしようとしている。でも、最近はちょっと危ないことも沢山してしまったな。

 でも、ジェザドがフォローしてくれていた。

 二人の共同作業で、どうにかナナの肉体を生かしているんだ。

 そして、中身を取り戻して生き返らせたい。

 それはもう、僕にとっても旅の目的になりつつあった。

 だ、だって、そうだろ? 僕も、もっと頑丈で強い躯体に早く移りたいからね。


「んー、ナナオちゃんはねえ……パートナー?」

「相棒か、うん、悪くない」

「そそ、バディだ。そういう訳でホイ、仲直り」


 隣の鉄格子から廊下側へと、ヒョイと手が差し出された。

 シェイクハンド、握手を求められてるようだ。

 僕は戸惑ったが、その手を握る。

 大きくて固くて、そして温かい手だった。


「ナナオちゃんさあ、無理に許さなくてもいいんだよん? 私は、それだけの価値がある人間とは思えないしネ」

「さっきも言ってた、あやまち……デミウルゴスのことかい?」

「そそ。ナナの人格と記憶を確保した上で、デミウルゴスは破壊する。あの重粒子砲もそのための機材だったんだよん。まあ、でもまさかヨシュアがあんな凶行に出るとはねえ」

「ジェザドは、ヨシュアを許せるかい?」

「さーてねぇ。私が許さなくても、彼は彼の道を突き進むだろう。その先になるがあるにせよ……デミウルゴス、あれを野放しにはしておけないとわかったヨ」


 そうか、と呟くと、自然と笑みが溢れた。

 ヨッとしたんだな、きっと。

 じゃな、ムッとした? これは不機嫌な時だな、ええと……モッとした、そう、これだ。酷くモッとした。僕はまた、ジェザドと旅を続けられそうだと思ったからだ。

 手に手を重ねて、両手でジェザドの手を包む。

 足音が響いて照明が点いたのは、そんな時だった。


「……やだ、親子でなにやってるのよ。っていうか、ナナオちゃん……先輩となにやってたのよ」


 現れたのは、ルカだ。

 可憐な美少女そのものという童顔が今、疲れと嫌悪感で歪んでいた。

 僕とジェザドは、慌てて手を放す。

 それでも、互いに壁によりかかるようにして廊下に身を寄せた。

 背中の向こう側に、確かにジェザドの気配が感じられる。

 それは、知的で痴的な、憎めないいつものジェザドだった。

 僕たち二人の前に、ルカはプリントアウトした写真を突き出す。


「おんやあ? ルカちゃん、今どき印刷物かい? 古風だねえ」

「タブレット等の端末を持ち出すと、ネット上でのセキュリティに触れる恐れがあるんです。ジェザド先輩も知ってるでしょう? 人類史で最強の記録媒体は紙なんです」

「はいはい、同意ですよっと……!? こ、こりゃあ」

「先程浮上しました。これは望遠映像で、この10秒後に全機器がシャットダウンです」


 不鮮明な写真に、白く輝く……それは翼だ。

 海から浮上したなにかが、二枚一対の羽根を屹立きつりつさせている。

 星降る夜空を切り裂く、二振りの剣に見える。

 この発光から見て、相当なエネルギーの熱量だろう。

 僕はこの時、初めてデミウルゴスをヴィジュアルとして認識した。

 ルカはその写真をしまうと、驚くべき行動に出た。


「先輩、デミウルゴスを止めてください。これを操ってるの……ヨシュア先輩なんですよね」

「いや、そりゃいいけど……って、ルカちゃん? ちょっと、中佐殿!?」


 ルカはなんと、僕たちの牢にかかった鍵を解除してしまった。

 長ったらしいパスワードを飲み込んだセキュリティが、小さくPi! と鳴る。


「先輩たちは脱獄して、デミウルゴスを……ヨシュア先輩を追うんです。あのかわいくない車は西側の駐車場に。キーは刺さってますから」

「ルカちゃんは?」

「私は、少し遅れてあとを追います。脱走兵を捕まえるのは憲兵隊の管轄ですので。急いでください、先輩……ナナオちゃんも。ことによると――」


 ことによると、

 確かにルカはそう言った。

 そして、僕たちは知らされる。

 全世界規模で、あらゆる都市や集落を無数の鳥が襲っているという現状を。

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