第17話「目覚め、芽生え」

 絶体絶命だった。

 だが、チャンスはまだある。

 そうだと僕は自分に言い聞かせた。

 軍の目的も、例のデミウルゴスとやらを確保することだ。だったら、カインを殺すことはできない。カインがもし、デミウルゴスに関する情報を持ってたとしたら、それが欲しいはずだ。

 だから、カインを盾にするようにして立ち回れば――


「だ、駄目だ! どうして? 何故? ええい、僕はおかしい! こんなの間違ってる!」


 葛藤が声になって、喉の奥からほとばしる。

 だってそうだろう? おかしいだろ!

 目の前のアンドロイド兵がそうであるように、僕もこの状況下での最善の選択を知っている。そして、それを選択すれば僕は有利にことを運べるだろう。

 なのに、何故?

 今までだって、民間人を盾にしてきたことがあるのに。

 それなのに、立ち上がった僕は全く違う選択をしていた。

 そんな僕に、軍の兵士は銃を向けてくる。


「動かないでください、ナナさん。ジェザド博士はどこですか? 両名を拘束します」

「それはどうも! 判で押したような模範解答だね」

「はは、照れますね。それはそれとして、手を上げてください」

「ユーモアのセンスまであるときてる。ヤんなるなあ、もぉ!」


 銃を向けられたって、おとなしくはしてられない。

 このままでは、軍にカインを、デミウルゴスの手がかりを奪われてしまう。それは、僕が自分で満足のいく躯体を得られる日が遠のくという意味だ。

 正直、ナナの肉体をそろそろ卒業したいんだ。

 使いこなしつつあるし、食事は楽しいけど効率はよくない。

 咄嗟に僕は、身を低くして瞬発力を爆発させる。


「ッ! 無駄な抵抗を……!? この速度、お前もアンドロイドなのか!?」


 兵士は明らかに狼狽えた。

 反対に、僕には余裕が生まれた。

 限界を超えて、もう一度肉体のリミッターを外してみたんだ。

 だから、人間ならざる加速で迫る僕を、兵士は撃てなかった。

 まだ若い、美青年タイプだ。やや中性的で、人畜無害って顔をしてる。でも、僕がテレビや雑誌で見た感じだと、しれっと人妻と関係を持つタイプに見えた。

 どっちにしろ、その綺麗な顔もここまでだ。

 僕は全身全霊で飛び蹴りを顔面にお見舞いした。

 ――つもりだった。


「あいたっ!? くっ、ミスった! やっぱり速度と高さが足りなかったか!」

「いい加減に抵抗をやめろ! ……そっちの君も動くな。手足の一本や二本、軍の再生治療なら数週間だ。試してみるかい?」


 しくじった。

 アチョー! って感じでカンフーな飛び蹴りを放ってみたが、叩き落された。そして今、イケメンな兵士は僕を拘束しつつカインに銃を向けている。

 チェックメイトか。

 肉体が疲れ過ぎてたんだ。

 やっぱり、人間の身体は酷使し過ぎてはいけないみたいだ。

 勝負が決したと見るや、イケメン兵士君も安心したように話し始める。


「カイン・レスベル。君の父、ヨシュア・レスベルに関することで拘束させえてもらう」

「えっ……父がなにか?」

「君の父親は死んだ。そして、我々はとある機密事項に関して調査している。それで――」


 カインはその場に立ち尽くした。

 そして、立ってることすらできなくなって、崩れ落ちる。

 僕には何故か、言葉にできない意味不明な感情が煮えたぎった。なんだこれ、無性に身体が熱くなる。イケメン君に足蹴にされてるからじゃない、もっと違う……今のカインを見て知った、理解した瞬間には身体が爆弾になったみたいだ。

 バードロンもきっと、爆弾になる時はこんな気持なのかな。


「……お前、どうして……何故、なんで! カインに父親の死を告げた! それも、こんな形で!」

「むっ、まだ動くか! 頑丈なアンドロイドだな」

「そりゃどうも、無知なアンドロイド君! わからないのか、ヨシュアはカインの父親だ。」

「知ってるさ。だからこうして」

「親が死んだってさあ! 今、知った……お前に知らされたんだ! それをわかれと僕は言ってるんだ!」


 不意に、予定外のことが起こった。

 ナナの肉体は完全に掌握しているから、限界も知っている。

 けど、その限界を超えて動くなんて初めて知った。

 僕は逆関節に拗じられた右腕に、力を込めた。文字通り力技で、イケメン兵士の拘束を振りほどく。驚いた顔で飛び退く彼は、当然のように銃を向けてきた。

 イケメン君の人差し指が、トリガーを押し込む。

 それを僕は、スローモーションで見ていた。

 まずいなと思った。

 僕の破壊はともかく、ナナの肉体が死ぬのは困る。

 そう思った時には、銃声に目を瞑っていた。


「ック、あ……嘘、だ? 何故、どうして」


 気付けば僕は、ぬくもりの中に凝縮されていた。

 その体温がジェザドだとわかった時には、イケメン君は震えながら銃を落としていた。

 そして、僕を抱き締めるジェザドの手にもまた、硝煙をくゆらす銃があった。

 ジェザドの拳銃が僕を救ってくれた。

 同時に、ジェザドの抱擁で僕は救われた気になってしまった。


「危なからねえ、ナナオちゃん? それと、そっちの兄さん……軍に帰ってルカちゃんに伝えてくれるかい? デミウルゴスは渡さない。一緒に探すなら要相談、だってね」


 そこには、いつもの腑抜けたニヤケ面はなかった。

 ジェザドは、科学者とは思えないほどにたくましい肉体だった。無駄な贅肉のない、筋肉質な両腕が僕を抱きかかえて、そして振り返る。

 カインは呆然と地面を見詰めて動かなかった。

 そして、どうやらイケメン兵士君は手を撃ち抜かれたようだった。


「指名手配犯、ジェザド・グリゴリ……」

「はーい、そうですよん? ジェザドおじさんです。さ、尻尾巻いて逃げな」

「そういう、訳には……いかないんですよねえ!」


 突然、激変したイケメン君が左手を突き出す。

 今度は僕が、ジェザドを突き飛ばす番だった。

 軍用のアンドロイドは、体内に固定武装を内蔵していることがある。ネフェリムだって、両手両足に数え切れない兵装を装備しているのだ。アンドロイドだって見た目は完璧に人間でも、ブラスターくらいは持ってる。

 文字通りそれが、イケメン君の左手から放たれようとしていた。


「危ない、ジェザド!」

「ぐえっ!」


 蹴っ飛ばしたら、ジェザドはヒキガエルが潰された時のような声を出した。

 ……あれ? そんな語彙が僕の中に?

 ヒキガエルすら見たこともないのに?


「また、ナナの記憶かっ! ナナだって見たことないだろうに! ……いや、もしやポピュラーな形容なのかも? けど、今はっ!」


 すぐ側を、重粒子の光が直撃した。

 地面はめくれて火柱を上げ、あまりの高熱にイケメン君の人工皮膚が溶ける。

 もう、そこにはイケメンな好青年の美貌はなかった。

 人の皮を被ったロボットが、ロボットそのものの姿を表していた。

 憲兵隊も、意外と安物の人工皮膚を使ってるな。内蔵されたブラスターを使うという事態が、想定されていない訳でもないのに。


「ちょいとやばいねえ……ナナオちゃん、カイン君を頼むよん?」

「ジェザド! なにをする気だ!」

「なにをって……しゃーないでしょ。子供は子供同士、巻き込まれないようにねぇん?」


 ジェザドは、拳銃の弾丸を全て排莢した。

 ようやく今になって気付いたが、酷く古めかしいリボルバータイプの拳銃だ。正直、信じられない。今の軍では、ケースレスタイプの拳銃を使ってるのだが。リボルバータイプなんて、西部劇のソープオペラにしか出てこない。

 でも、ジェザドは真っ赤な弾丸を一発だけ込めて、手の甲に擦り当てる。

 ギリリリリー、と摩擦で回ったリボルバーが、カチンと鳴った。


「悪いね、アンドロイド兵士君。私は目的のためには手段を選ばない人間なのヨ」


 ドン! と銃声が響き渡った。

 庭園を震わせ、木々や花々が揺らめく気配が伝わってきた。

 ジェザドの弾丸は、軍が人工皮膚の下に施した防御力の全てを撃ち貫いた。同時に、もはや人の顔も失ったイケメン君が火達磨になる。映画俳優もかくやという美貌の下に隠れてた、アイセンサーを中心とする機能の塊でしかない表情が燃える。


「ジェザド、今のは」

「ん、まあ……いいのさ。ナナオちゃん、彼は大丈夫かな?」

「あ、いや、それは」

「ショックで放心状態みたいだね。私の車ですぐにこの場を離れよう」

「う、うん。けど、あの」


 僕はなんだか、上手く言葉が出てこなかった。

 僕を、身を挺して守ってくれたジェザド。

 僕の前で、無慈悲にアンドロイドを破壊したジェザド。

 どっちも同じジェザドで、今は普段のジェザドに戻っている。


「い、今のは……ナナの肉体を守ったんだよな? そういう意味なら理解できる、ジェザド」

「んー、そうねえ。でも、ナナとナナオちゃんは一蓮托生、イコール同じだからね。……今はね。私は結構、あれなのヨ。やると決めたら迷わない性格なんだなあ」


 胡散臭い笑みを浮かべて、ジェザドはカインに手を貸して立たせる。

 僕の中で何故か、その背中がとても大きく見えたんだ。

 何故だろう、どういう訳か僕を助けてくれたことに対して、酷くおかしげな感情が湧いて出たように思えたんだ。それも、滑稽なくらいに特別に感じたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る