第5場 信じられないクラス分け

 夜遅くまでワイワイ騒ぐ航平に振り回された俺は、翌日が高等部の入学式だったにも関わらず、すっかり寝不足に陥っていた。俺の高校生活はどうなってしまうんだろう。俺は不安をひたすら感じ続けていたが、特進クラスのクラスメートと顔を合わせれば、この不安もかき消されるだろう。


「紡くん、早く学校行くよ! こうへい憲法第二十八条。一ノ瀬紡は毎日稲沢航平と一緒に登校すること。ってことで、さ、行くよ」


またまたかよっ! でも、まぁ、いいや。航平と一緒なのも、学校に行くまでの間。その後は俺は特進クラス、航平は普通クラスへと別れていくんだから。


 学校の校門前に貼り出されたクラス分けのボードに、普通クラスの連中が群がっている。同じクラスになれただの、なれないだの、それこそ大騒ぎだ。でも、そんなものは俺には関係ない。特進クラスは一クラスしかないからね。俺はボードの前を素通りして学校の中へ歩いて行こうとした。


「ちょっと、紡くん! クラスを確認しなくてもいいの?」


航平が俺の背中に向かってわぁわぁ騒いでいる。ったく、どこまでもうるせぇやつだな。


「俺は特進クラスだから、チェックする意味がないの」


俺は振り返って面倒くさそうにそう答えたが、次の瞬間、


「あ、紡くんと同じクラスだぁ!」


という航平の叫び声に俺は驚いた。そんなはずはない。俺は特進クラスで、航平と同じ普通クラスになるなどありえない。航平が特進クラスに来る可能性は……。いや、それも絶対にない。あの野郎、俺を揶揄っているのか? 俺はイライラしながらクラス分けのボードを確認する。


 ない。俺の名前が特進クラスの中に見当たらない。あれ? 見間違いだよな。寝不足で目がしょぼついているから、見間違えたに違いない。もう一度確認するぞ。嘘だ、やっぱりないじゃないか。何故だ。何故、俺の当たり前にあるはずの名前が特進クラスの欄にないんだ。俺の頭の中は真っ白になった。


「紡くん。紡くーん!」


航平が俺の腕を引っ張りながら俺を呼んでいる。だが、俺は航平に構うどころではなかった。俺は焦って学校の中へと駆け込み、職員室に飛び込んだ。中等部からの特進クラスの担任で、高等部でも引き続きクラス担任になることになっていた萩原はぎわらに俺は詰め寄った。


「先生! 俺が特進クラスに名前がないなんて、何かの間違いですよね? クラス分け表、入力ミスがあるはずです。もう一度確認してください」


萩原はそんな俺を見て困った表情をした。


「いや、一ノ瀬。君は中等部最後の実力テストの結果、普通クラスにいくことになったんだよ。だから、クラス分け表に誤りはないんだ」


う……嘘だ……。俺は特進クラスから中等部の間一度も落ちたことないのに、今このタイミングでいきなり普通クラスに降格だなんて……。そんなのないよ……。俺は萩原に懇願した。


「もう一度、実力テストを採点し直してください! 何かの間違いですよ。俺、普通クラスなんか行きたくありません!」


「落ち着け、一ノ瀬。これは嘘じゃない。事実だ。お前の成績は学年で50番目だった。特進クラスは全員で38人だ。だから、一ノ瀬は普通クラスになったんだ。残念だろうが、とりあえず、普通クラスで頑張れ。それで、次の実力テストを頑張ってまた特進クラスに戻って来い。な?」


狼狽する俺を説得するように萩原がそう言った。


 俺はそれ以上どうすることもできず、ふらふらと職員室を後にした。何故? 何故俺は特進クラスから降格なんかになったんだ。確かに俺の特進クラスでの成績はいい方ではなかったけど、まさか普通クラスに降格する程の成績だったとは思ってもみなかった。最後の実力テストも、奏多と一緒に頑張って勉強して俺の実力は出し尽くしたはずだった。それなのに、学年で50位? 過去ワーストの成績だ。


 奏多の顔が脳裏を過る。奏多とも離れ離れになっちゃうんだな……。俺、あいつにどう顔向けしたらいいんだろう。ずっと共に高みを目指して頑張って来た仲間なのに、こんな無様な姿は見せられないよ……。


 俺は暗い気持ちのまま、普通クラスの一組の教室へ入った。新しいクラスメートたちはわいわいと楽しそうに友達と盛り上がっている。誰一人、俺と同じクラスになったことのない顔ぶればかりだ。俺だけ彼らの中から浮いたような気分だ。違う。これは俺のいるべき場所じゃない。特進クラスにいる奏多のそばこそ、俺がいるべき場所だ。俺がこんな低レベルそうな奴らと同じなんて、俺は絶対に認めない。


「おーい、紡くーん! こっちこっちぃ!」


航平が俺に向かって手を振っている。一ノ瀬と稲沢。苗字が近いため、席の並び順も前後で並んでいる。俺の真後ろが航平の席だ。学校でもあいつと一緒かよ……。俺は普通クラスに降格になっただけでも十分屈辱的なのに、クラスメートの一人が航平で、しかも席まで近いという大凡おおよそ受け入れがたい状況下に置かれていた。俺の順調だったはずの人生行路が少しずつぶれ始めている気がして、俺は焦りを覚えた。

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