ヒロインは男の子
ひろたけさん
第一幕 始動!普通で平凡な高校生活
第1場 覗いてしまった新たな世界
俺の名前は
だが、今は就職氷河期。正社員としての安定した終身雇用の制度も崩れつつある今、安定した職に就くには、高校時代に受験勉強を頑張って偏差値の高い大学に合格する。それ以外の方法などない。平凡に生きるというのも随分難しくなった時代だ。
そんな世の中ではあるが、俺は中学三年生に至るまでの十五年間、割と順調に普通の人生を送るための準備を着々と進めて来ている。俺が通うのは、私立の名門中高一貫校の
この特進クラスにいれば、高校三年生で難関大学への現役合格は約束されたも同じだ。俺は何とか中学三年間、この特進クラスにとどまることができた。俺はこのまま高校三年間も特進クラスをキープしながら、いい大学に合格するんだ。うん、俺のこれまでの人生は順調そのものだ。
さて、今日は四月一日。俺は今日から聖暁学園高等部の一年生に進級する。明日には寮に戻り、高等部の入学式に備えることになっている。全寮制の男子校である聖暁学園に入学してから、俺はずっと親元を離れて寮で生活して来た。中等部の三年間相部屋のルームメイトだったのは、同じ特進クラスにして、学年トップの成績を常に取り続けている、
春休みの間も欠かさず勉強に勤しんでいた俺が時計を見ると、ちょうど午前一時を回った所だった。そろそろ寝るか。俺は階下のトイレで用を足し、自分の部屋に戻ろうとした所で少しばかり魔が差した。明日からまた寮での生活だ。テレビ一つない部屋で、また勉強漬けになる日々が始まる。その前に、ちょっとだけテレビを見てもいいよな。こんな深夜にどんな番組をやっているのか、興味もあるし。
俺は家族を起こさないように足音を忍ばせて居間へ入り込み、テレビのスイッチを入れた。まず目に飛び込んで来たのは通販番組。こんな深夜にわざわざテレビを見て、こんな怪しげな商品を買う人がいるんだろうか。あまり、こんなものには興味がない。
チャンネルを回していくと、俺はあるテレビアニメの放送に目が留まった。というのも、そのアニメでは目を疑うようなとんでもない光景が繰り広げられていたのであった。俺はあまりの衝撃に卒倒しそうになった。
その光景とは、テレビ画面いっぱいに、二人のイケメンなキャラクターが抱き合ってキスをしていたのだ。
「俺はお前のことが好きだよ。もっとお前のことを滅茶苦茶にしてやりたい」
「や、やめ……て……。そ、そんな……あ、あん!」
二人のイケメンはそんな際どいセリフを掛け合いながら、ベッドの上に折り重なるように倒れ込んだ。俺は驚きのあまり、口をあんぐりと開けたまま、テレビ画面を食い入るように見つめていた。
な、何だこれは! 男同士でキス? ありえない。そこは普通、男女のキャラクターがするべきシーンだろ。何故、寄りにも寄って男同士で? いや、待てよ。俺、何でこんなにドキドキしているんだ? やめろ。俺はこんな男同士のキスなど見て興奮するような人間じゃない。普通の男のはずだろ。落ち着け。落ち着くんだ。そうだ、チャンネルを変えよう。そうすれば……。
だが、俺はリモコンを手にはしたものの、どうしてもそのアニメが気になり、チャンネルを変えるボタンを押せずにいた。結局、そのままずるずると最後まで観てしまったのだった。
男同士で愛を囁き合い、恋人関係になり、キスをして、更には裸になってベッドの上で絡み合う……。うわわわ! 俺は何てものを見てしまったんだ。俺は正常だ。こんなものに興味を持ったわけでは決してない。俺が生きるべきは普通の人生。そんなモットーを掲げる俺が男同士の恋愛に興味を持つなど許されざることだ。俺はちゃんと将来結婚して子どもを作って普通の家庭を築くんだから。男同士の恋愛に興味を持つなんて断じて、ない。
俺は動揺を抑えるため、キッチンで冷たい水をコップにつぎ、一気飲み干した。激しい運動をした訳でもないのに、息は荒く、顔が紅潮して、汗が全身からドバっと溢れ出している。
深夜とはいえ、あんな背徳的なアニメを放送するなんてどうかしている。そうだ。俺のこの胸が高鳴る理由は、そんな背徳的なシーンを見たがために動揺しただけであって、決して男同士の色恋などに興味を抱いた訳ではない。そうだよな? うん、そうだよ。それ以外の理由で、この普通を絵に描いたような俺が、こんなに狼狽するなどありえない。
俺は自分の部屋に駆け戻ると、布団を頭から被って眠ろうとした。しかし、今しがた見た男同士が愛し合っているアニメのシーンが、忘れようとすればするほど巻き返し繰り返し頭の中をループする。しまいには、絡み合う男たちが俺と奏多の姿になって俺の脳内で再生されるようになった。何故俺と奏多があんなあられもない姿になって抱き合って乳繰り合わないといけないんだ。今夜の俺はどうかしている。寝ろ。早く寝るんだ。こんな妄想、早く打ち消して眠ってしまうんだ。
だが、俺がそのように気張れば気張るほど、目は爛々と冴えわたり、余計に寝付くことができなくなった。俺がやっとまどろみ始めた時、窓の外は既に明るくなり始めていた。
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