第2話

「——そして俺はその一件のあと、悪夢を見た。猿が乗客を次々と……殺戮する夢だ。悍ましいぜ……鮮明に覚えてる。グロいのが苦手だから説明は省くけどな! あれは正しく……猿夢ってヤツだった! 俺は寝起きでゲロ吐いたぜ! あの猿野郎め!」

「同族嫌悪?」

「さあ……」

「よって! なろーサイトは必ずあの世に繋がる線が何処かにある筈と俺は断定した! そして来る昨晩、俺は冥府への招待状としてあの夢を見せられたに違いない——」

「もうやめろよ」


 刺すように冷たい声が、四人しか居ない部室内に重たく響く。器用にパイプ椅子に仁王立ちする猿山は、思わず演説する口を閉ざした。

 部屋の四分の一を侵略する木製のテーブルを挟んで、対面する坊主の友人が、真っ青な顔で毛虫を見るような目をしていた。


「そのオカルト語りマジでキモい」


 坊主が吐き捨てるように告げた一言は、明らかに猿山を軽蔑していた。


「……弥陀山(みだやま)ァ、いつものかぁ? 非科学的事象に根拠は無いって?」


 猿山はいつものように肩をすくめておどけてみせる。だが、普段とは一線を画す冷たい声が続けば、弥陀山がいつになく本気であることを理解した。


「思うよ、根拠無いだろ。半年以上猿山に付き合ってきたけど、もう限界なんだよ! お前とゲームやったりなろーとか話してる時は普通に面白ぇよ、でもそのホラーだかオカルトだけはマッジで無理」

「……や、そんなに嫌とか知らんかった……えー? マジになりすぎじゃね? なあ、二人とも……」

「ごめん、弥蛇山の言うことは一理ある」


 ブレザーを決して気崩さない眼鏡の古田が、静かに割り入った。

 猿山が古田を凝視すると、彼は気まずそうに目を逸らした。


「入学してすぐ、オカ研に誘ってくれたのは嬉しかったよ。結果的に俺ら仲良く四人でこうして遊べたし」

「じゃあ何で……」

「廃部になる前に、部員がたった一人の猿山を助けてあげたかっただけ。俺らが入部したのはオカルトに興味があったからじゃない」

「そんな言い方ねーじゃん!」

「猿山以外集まってもネサフしたりゲームしてるだけだよ」

「でもオカ研の報告書、古井が一番真剣に聞いてくれたべ!?」

「一生懸命だから聞いてあげたくもなるよ。でもさ、活動ガチでやってんのは猿山だけだって。自分でもわかってんだろ? 俺がここにいるのもストーブあるからだし……教室寒ぃし」


 古井の弱々しく淡々とした喋り方は、猿山へ現実を突き付けるには十分な殺傷力があった。

 猿山が何も言えずに口をつぐんでしまう。

 しばらくの沈黙が訪れると、弥陀山はおもむろに立ち上がった。パイプ椅子が倒れそうにガタンと無機質な音を立てる。


「……パーティー解散って事で」


 冷たい一言とともに、鞄を引っ掴んで弥陀山は立ち去った。

 程なくして古井が微かに音を立てて、ゆっくり立ち上がる。小さくごめんな、と猿山へ謝罪をした。


「最近あいつピリついてるから心配なんだよ、向こう行くわ。俺からもちゃんと言っておくから。あと、俺がさっき言ったのは本心だよ」


 何を言うつもりですか。

 友達思いで平和主義の権化のような古井には、猿山は何も期待出来なかった。

 オタクトークなんていつもしてたじゃないか、弥陀山の好きなアニメキャラの女子を三時間聞いたことだって何度かある。それと何が違うんだ?

 猿山は呆気にとられていた。

 残っていた、灰を被ったような重たい髪の子日(ねのひ)と、二人きりの沈黙が訪れる。


「俺は猿山のイカれトーク好きだったよー」


 子日が手をひらひらさせた。重たい前髪で表情が見えない。間の抜けた声で雑なフォローに入るが、今更だった。

 平和主義より頼りない日和見主義のこの男が、猿山は苦手だった。二人きりじゃなければ一緒に居ても苦はない、楽しい存在であるのに。


「……子日も興味ねーんだろ?」

「うーん、ほどほど?」


 腹が立つ返答に、猿山は無意識のうちに盛大に舌打ちをしていた。

 はっとして口を押さえるが、子日の表情に変化はない。

 いつものようにへらへらと笑っていた。


「弥陀山が何であんなにキレてんのかマジわっかんねー。でもごめんなー、俺もあっち行くわー」

「……勝手にしろよ」

「はかフラのコラボ今日で終わりじゃーん? 協力プレイしないと終わんねーからさー。またねー」


 それっぽい理由をつけて、気まずい空気から逃げるように、子日は去って行った。

 彼のどちらにも良い顔をする遣り口が、猿山には気に入らなかった。

 だが、今更何を言っても遅い。

 猿山はオカルト研究部の部室に一人取り残されたまま、昨晩の一件を思い返す。直前まで見てたのは、なろーの追放系小説だった。


「……正夢かよ」


 ある意味ではパーティー追放同然の状況に、猿山は頭を抱えた。

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