第22話 一族の野望


「カガミ村ですか。あなたは…、あなたこそ、何者です?」

 花嶋は不思議そうに御堂を見つめ返した。

「わたしはカガミ村の黒い社で、儀式の行われているイメージを見た。あなたは、そこに居た」

 紫恩が驚いて声を上げた。

「なにっ、どういうことじゃ!?」

「軍人たちと一緒に居た学者風の男、それがこの人なんです」

「なんだと?」

 紫恩の花嶋を睨む目にこれまでと違った緊張がたぎった。

「すべて知ってのことか? 貴様、何者じゃ?」

「イメージを見た、ねえ……」

 花嶋はじいっと探る目つきで御堂を見ていたが、ひょいと、軽やかな顔になった。

「さっき急いでネットで検索してあなたが誰か知りました。迂闊うかつでした、葵様の命の恩人様を失念していたとは。改めて礼を言わせていただきます。ありがとうございました」

 しっかり頭を下げると、あけすけな笑顔になった。

「あの女、葵様共々心中しようなどと罰当たりなことをしでかして。今頃地獄の業火ごうかに焼かれて後悔していることでしょう。しかしそれも必要な試練。葵様は生き残り、魂はより強固な物となった。これでまた儀式の成功する確率が上がりました。

 ところでわたし、百年も姿を変えずに生き続ける妖怪なんかじゃありませんよ? 簡単な話、あなたが見たのはわたしの祖父です。隔世遺伝かくせいいでんですかねえ、わたしと祖父は瓜二つなんだそうです。

 じゃあ、ご存知ですかねえ? 祖父は戦時中、軍の要請で、神霊を軍事的に働かせる研究をしていたのです。あの村で儀式を監督していたのもその為です。

 いやあ、惜しかったなあ、もう少しで完成するところだったのに。最後の仕上げに失敗しました。

 おかげで、わたしに美味しい役が回ってきました。感謝しないとなあ」

「やっぱり双子の儀式をするつもりなんですね?」

「はい。ぶっちゃけ、…信者の皆さんには内緒ですけどね、教祖様の死は、儀式の呼び水としてありがたく利用させてもらいます」

 紫恩が、ううむ、と唸った。

「分からん。それで、何を呼び出すつもりじゃ? 魔界の魔物でも召喚するつもりか? そんな物呼び出して、器が足りると思うてか? 六、七歳の子どもがそんな物を体に入れて、まともでいられると思うてか?」

「ううん、どうなんでしょうかねえ? わたしも正直、今回は成功の確率が低いと思ってるんですが」

「だったら何故やる!?」

 激高する紫恩に、御堂が冷静な声を被せた。

「やり方が間違っていたんです。あなたのお祖父さんも」

 ほお? と、花嶋は面白そうに首を傾げた。素人にいったい何が分かるというのか、と。御堂は動じない目で見つめ続けた。

「鏡の裏の世界を作るやり方に、双子は必要ないんです。鏡の裏はあの世です。そこに生者が居てはいけないんです。鏡を見る者と対になる、そこに居ない、居るべき物を呼び寄せるのが、あの舞台装置の使い方なんです」

 花嶋はふむふむと相槌を打っていたが、しばし静止し、突然、

「な、なんですってえっ!?」

 と大声を上げた。細い目をめいっぱい見開き、両手を開き、ソファの中でのけぞると、

「そ、そうだ、その通りだ! ああ、なんでそんなことに気づかなかったんだ! ああ、なんてことだ。おじいちゃん! 僕らはとんでもない間違いを犯していたよ!」

 ああ…、と、右手で顔を覆い、左手で天に助けを求め、嘆いた。

 その大仰なポーズを、御堂と紫恩はこわばった目で見つめていた。

「ふっふっふっふっふ……、あっはっはっはっはっはっは」

 可笑しくてたまらない、と、花嶋は肩を揺すって笑った。

「ああ、いや、失敬。いやいや、我が一族がそんな素人臭い間違いを犯すだなんて、ずいぶんと見下されたものだと思いましてね」

 面白そうに口もとを歪め、冷徹な目つきで花嶋は二人を眺めた。

「御堂さん。あなたが見たのは最後の一回です。祖父はあの儀式を既に三十回はくり返していたのです」

 御堂も紫恩も、ぎょっとしながらも、花嶋の言わんとすることが分からず強い焦りを感じた。

 急激に、この男こそがとんでもない化け物に見えてきた。

「せっかく呼び出した霊的存在を、ちょっとおしゃべりして、はいご苦労様でした、と帰してしまうなんて、もったいないじゃないですか?

 帰すにしても、何か置き土産ぐらい欲しいじゃないですか?

 それを受け取る為に、同じ存在に、居てもらわなくてはならないのです。


 解説して差し上げましょうか。

 鏡を見る者が、鏡の裏に自分と対になる存在を呼び寄せるのは、その通りです。

 呼び出される物は、別の次元の自分です。別の次元の自分の鏡に映った姿、霊的な影、でしょうか。

 ですから、ま、当人が呼び出せる物は、自分と同じレベルの霊魂です。

 それをくり返せば、自分の霊的レベルが上がり、より高次元の自分を呼び出せるようにはなるでしょう。

 しかし、もっといいやり方がある。

 呼び出した自分の霊魂を、自分に上乗せし、累乗的に霊的レベルを上げるのです。さらに、

 二人の同じ人間が、呼び出す役、呼び出された物を我が身に上乗せする役を、交互に演じて、繰り返していくのです。そうすれば、累乗の累乗で、確実に霊的レベルを上げていくことが出来、並の霊能力者ではとうてい及ばない高次元にアクセスし、自分の力にすることが出来るのです!


 ですからねえ、

 祖父は実に惜しいところまで行っていたのです。

 レベルがハイレベルになるほど、二人のほんのわずかの差が、とてつもなく大きな物となり、バランスを取るのが非常に難しくなってしまう。

 そうして、とうとう事故が起こってしまったのです。

 いやあ……、実に惜しかった……」


「ま、待て」

 堪らずに青ざめた紫恩が訊ねた。

「そんな物を呼び出して……、お、おぬしは、おぬしらは、いったい何を作り出そうと言うのだ?」


「そんなの、


 神


 に決まってるじゃないですか。

 この世に本物の神を作り出す。

 それが、

 ある時は為政者に、ある時は軍部に、ある時は新興宗教団体に取り入って、代々我が一族が取り組んできた悲願です」


「神を作って……、そんな物作れっこないが、何をさせる気だ?」


「何をさせるって、恐れ多い。本物の神に命令なんて出来るわけないじゃないですか? 神を作り出すこと、それがゴールです。後は、神の御心のままに、ですよ。神がこの世に、リアルに、居ることの意味。そんなのは、人それぞれで、わたしらの知ったこっちゃないですよ」


「無責任な」


「見たくないですか? 本物の神を? 本物の神の降臨した世界を? わたしは見たいなあ……」


 花嶋はうっとり自分の夢に酔い、紫恩は、この救い様の無い阿呆が、と怒りに震え、花嶋はそんな紫恩をくだらないゴミを見るように眺めると、言った。


「あなたの協力には感謝しますよ。

 我が一族の理念を理解しない者は多くてね、カガミ村の事故の後、敵対する陰陽師どもがやって来て、鏡を強力な結界を張って封印してしまったのです。それで数十年、父は指をくわえて見守りながら、手を出すことが出来なかったのです。

 時が経ち、さしもの強力な封印も衰えてきたのを機に、わたしはテレビ番組に情報を提供し、封印を解くのに協力してもらった。

 封印は一部が壊れはしたが、まだ一族のわたしが直接触れられるほどではなかった。

 それでまたしばらく待ち、頃合いを見て、廃墟マニアの青年にとっておきの情報を教えてやった。

 彼は首尾よく鏡を持ち出してくれたが、わたしは鏡の状態を見る為にしばらくそのまま放置した。

 鏡の力が衰えていないことを確認し、わたしは刑事を買収して鏡を手に入れた。

 鏡の状態は良好。わたしは儀式を決行することにした。

 というわけです」


「おまえが……」


 紫恩はブルブル震えながら、血を吐くように言葉を絞り出した。


「諸悪の根源か……」


 ニヤニヤ笑っている花嶋に、御堂は言った。


「あなたのやろうとしていることは分かりました。色々言いたいこともありますし、ぶん殴ってやりたい思いですが、それは我慢して。

 葵ちゃんは返してください。彼女が儀式の巫女を務める必要は無いでしょう? 信者の中からもっとふさわしい、成功の確率の高い巫女たちを選べばいいじゃないですか?」

 うーん……、と花嶋は考えた。

「実を言いますと、もちろん探したんですよ、信者以外にも広く、何年もね。しかし、残念ながら見つからなかった。教祖の二人の娘にしても、本当は双子を生んでほしくて、双子を妊娠する可能性の高い体外受精、更に子宮に着床させるはいに手を加えたりして、一卵性双生児を妊娠するよう色々試したんですがねえ、最終的に生まれたのは一人っ子が二人だけで、がっかりです。それでもまあ、教祖様のご実子であられますし、ぶっちゃけ教団内のわたしの立場もありまして、今を逃すわけにもいかないのですよ」

 ご理解いただけます? と、花嶋は哀れっぽく肩をすくめた。

 御堂は立ち上がった。

「葵ちゃんは返してもらいます。やるなら、教団内で勝手にやるがいいわ」

 御堂はドアに向かい、紫恩も花嶋を睨みながら立ち上がった。

「お待ちなさい」

 強い調子の声に、御堂は敵意をみなぎらせた顔で振り返った。

 花嶋は憎々しげな薄ら笑いで言った。

「ここには五百を越す熱心な信者がいるのです。教祖様の大事な娘を、彼らから奪い取れると思いますか?」

「この犯罪者め」

「子どもを誘拐しようとしているのはあなたでしょう? 宗教家である父親の死に瀕して、その死を崇高なものにする為の儀式に実の娘が参加するのに、なんの不都合があると言うんです? 警察は我々の方に味方してくれるでしょうねえ」

 御堂は、スッ、と静かな顔になって体を花嶋に向けた。

 やっぱり叩きのめしておこう、と思った。

「待って、待って」

 花嶋は慌てて手を振って、ニヤリと笑った。

「そんなに葵ちゃんを助けたいなら、ではどうです? あなたが代わりの巫女を務めてくれませんか?」

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