第21話 神殿


 午後五時、弁当屋の勤務が終わると紫恩と御堂は紫恩の車で「命の光」総本部へ向かった。

 総本部は郊外にある。大型トラックの出入りする倉庫街を抜け、国道を渡ると、道幅が狭くなり、古い集落に入った。そこを抜けると辺り一面田畑が広がり、バイパス手前にJAの倉庫と見まがう大きな立方体が現れた。

 近づいていくと、白壁に朱色の柱とはり、黒い切妻きりづま屋根の、巨大な神殿だった。

 建物に向かってちょっとした渋滞が出来ていた。最後尾について車が進むのを待っていると、レインコートを雨に濡らした交通誘導員が一台一台ドライバーに話しかけながら、やがて御堂のところにやって来た。軽くお辞儀して、ノックの仕草をした。御堂は窓を開けた。

「信者の方でいらっしゃいますか?」

「いいえ」

「すみません、ご迷惑おかけしてます。申し訳ございませんがもう少々ご辛抱ください」

 後ろの車へ向かおうとするのを止めて訊いた。

「この渋滞は『命の光』の教祖様のお見舞い?」

「ええ。その通りですが……」

 教団自前の警備員であるらしい若い男性は、信者ではないと言う御堂に戸惑いの表情を見せた。

「花嶋博史さんにお会いしたくて来たんです。県警の檜山刑事の紹介だと言えば会ってくれると思うんですが」

「花嶋総務部長ですか? え、と、警察の方?」

 明らかに警戒の色を強めながら、御堂に名前を聞くと、「少々お待ちください」と車から離れ、無線で話し出した。戻って来て。

「お会いするそうです。ではこのまま進んで駐車場に入ってください」

 御堂は礼を言い、先が空いたので少し進んだ。後方に遠ざかった誘導員はまた無線連絡していた。この車の車種とナンバーを知らせているのだろう。

 駐車場入り口では交通誘導員が二人、反対車線と切り替えながら車の誘導をしていた。

 渋滞にはまっている内にライトが必要な暗さになっていた。どうぞ、と赤い誘導灯を回され、左折して駐車場に入った。


 二百台は入りそうな広い駐車場は既に七、八割ほど埋まって、ここでも警備員に誘導されて、一台空いた場所に停めた。道路では駐車場に入らずそのまま走り去る車もあって、関係ない一般車かも知れないが、この様子では入場制限がされているのかも知れない。

 ここまでの長い道のり、道路脇の狭い歩道をまるで巡礼者のように歩いている者たちも多くいた。

 二人が車を降りると、誘導した警備員が待っていて、

「こちらへどうぞ」

 と手で示された。灰色の低い空からしとしと細かい雨が降っていて、二人は傘を持って行くか迷ったが、また一人警備員が走ってきて、

「どうぞお使いください」

 とビニール傘を渡してくれた。柄が濡れているのが気になったが、

「ありがとう」

 と御堂は礼を言って傘を開いた。紫恩も無言で傘を開き、待っていた誘導員の後について歩き出した。


 この教団の施設は、道路から向かって右側に駐車場があり、左側に神殿がある。神殿は少し奥まり、神殿を大きく囲う白壁の塀に朱色の大きな門がある。その門まで参道のような白い道があり、そこをぞろぞろと信者たちが神殿向かって歩いている。

 御堂たちも信者たちの列に並んで門をくぐった。するとそこに驚きの光景が広がっていた。


 でんとそそり立つ神殿の周りの地面に、多くの信者たちがひざまずき、祈りを捧げている。


 正面の朱門をくぐった参道は長い階段に行き当たり、そこを登った二階部分に神殿の入り口があったが、その階段の前には左右にイカつい体格の守衛を伴って法衣の男たちが通せんぼし、やってきた信者たちを左右に振り分け進ませていた。どうやら神殿には特別の者しか入れないようだ。

 神殿に入れなかった者たちはこうして周りで教祖様の回復を祈っているのだ。

 御堂たちも神殿には向かわず、信者たちを避けて塀沿いに奥へ向かった。


 信者たちは雨の中、傘もささずに一心に祈りを捧げ、教団スタッフが百円ショップで売っていそうなレインコートを配っていたが、ありがたくいただきながら、それを着ずに祈り続ける者が多く見られた。

 御堂は宗教という物の持つ力に薄気味悪さを感じた。

 先日紫恩が話した新興宗教のことを思い返した。一口に新興宗教と言っても、良心的な物もあれば、悪質な物もある。

 檜山刑事が「ファンクラブ」と評していたように、「命の光」は何か素晴らしい教えで広まった物ではなく、あくまで教祖のカリスマ性に熱心な信者が付いている物らしい。

 この光景を見るにつけ、「命の光」の信者たちは心から教祖を慕い、信じきっているようだ。きっと、寄進なんかも喜んでしていることだろう……。

 心から祈りを捧げる彼らの中に、自身や家族が神崎みどりのような不幸に陥っている者はいないのだろうか?と暗い気分になる。

 宗教っていうのはお金になるんだな、と巨大な神殿を見上げる。

 しかし間近に見る神殿は、コンクリートにペンキを塗っただけのストンとした立方体で、遊園地の安っぽいアトラクションに思えた。予算の中で精一杯頑張った結果なら微笑ましいが、馬鹿な信者を騙すにはこの程度で十分だ、と形を整えただけのように思える。

 神殿の裏側にも表側と同じ長い階段があった。こちらは入り口が柵で囲われ、入れないようになっている。

 信者たちはこちらまであふれ、神殿を拝んでいた。


 駐車場に接する角に二階建ての小さなビルがある。入り口に「宗教法人命の光本部」と看板がある。巨大な神殿に比べると実にささやかな本部だ。

 玄関に入ると受付カウンターに若い男性二人が座って、奥の部屋の入り口があったが、

「こちらへ」

 と誘導員に脇の目立たない廊下へ案内され、奥へ向かった。突き当たりに鉄の扉があり、脇にドアホンと、ナンバーボードがあった。誘導員はドアホン向かって「御堂様とお連れ様をお連れしました」と告げた。

 ガチャン、と大袈裟な音が鳴り、ドアのロックが外れた。

「どうぞ」

 と誘導員がドアを開けて御堂たちを中へ進ませ、自分はここまでがお役目だったようで外に残った。

 ドアが閉まると、再び、ガチャン、と音がして、施錠された。

「どうぞ」

 今度は黒服の男が待っていて、エレベーターに案内された。やたらと厳重で、おそらくこちらは受付のある表の部屋とは完全に別に仕切られているのだろう。

 エレベーターの表示は

「2F 1F ・ ・ B1」

 とあった。

 エレベーターで二階に上がり、狭いロビーに一つだけあるドアを黒服がノックすると、中から

「どうぞ」

 と男の声が答えた。黒服が「失礼します」とドアを開け、

「お客様をお連れしました」

 と告げ、御堂と紫恩に、さ、と道を開けて促した。



 奥にデスクがあり、手前に応接セットがあり、隅にドラマのセットみたいに観葉植物が置かれている。

「やあ、どうも。さ、お掛けください」

 デスクから立ち上がり、如才なくソファーを勧める、オールバックの黒髪、白い背広を着込んだ小柄な男を見て、御堂は、

『え?』

 と、内心驚いた。ちょっと団子っ鼻の狐顔。

 奈良のカガミ村の黒い社の中で見た、イメージの中の学者風の男に、よく似ているように思った。

 現代の男は三十半ば。イメージの男はもうちょっと若かった気がする。

「ええと、お飲物は、緑茶でよろしいですかな? 冷たいのでよろしいでしょうかね? あいにくと今はみんな忙しくしておりまして」

 部屋には男一人で、ここまでの物々しさに比べると不用心に思われた。

「おかまいなく」

 ソファーに二人並んで座ると、男は茶托ちゃたくに載せた湯のみを配り、それぞれに五〇〇ミリリットルの緑茶のペットボトルを冷蔵庫から持ってきた。

「ささ、どうぞ。道、混んでたでしょう? 喉を潤して一息ついてください」

 愛想良く言い、自分も向かいに座った。

「じゃあお言葉に甘えて」

 御堂はキャップをねじり、カチッ、と接合部が切れる感触を確認して湯のみについだ。

 冷たいお茶は、普通に美味しかった。

 横目に紫恩を見ると、じいっと男を睨みつけていた。完全に仇敵きゅうてきに対する顔だ。

 男の方は面白がるように紫恩を眺め、

「霊能師の穂積紫恩さんですね? お噂はかねがね。お会い出来て光栄です」

 と持ち上げた。紫恩の不機嫌はますますひどくなった。

「フン。今じゃ只の弁当屋のおばさんだよ。お噂なんてあるわけないじゃないか。おまえ、何者だ?」

「や、これは申し遅れました」

 男は名刺入れを取り出し、丁寧に二人にそれぞれ名刺を差し出した。

「宗教法人『命の光』総本部 総務部長を務めております、花嶋と申します。以後、お見知りおきを」

 こちらは名乗りましたよ? と微笑みかけられ、

「五十嵐大学一年の御堂美久です」

「『あったか亭』契約社員の穂積紫恩じゃ」

 と、それぞれ名乗った。



「教祖さんはだいぶお悪いそうですね?」

「ええ。主治医が申しますには今夜が峠だろうと」

「病院ではなく、こちらにいらっしゃるんですか?」

「はい」

「それで信者の皆さんが……お見舞いに?」

「はい。すべての皆様に直接お会いしていただけないのは心苦しいのですが、皆様には回復の祈りを頂戴しております。

 教主は大ホールの祭壇にとこをしつらえて休んでもらっています。高弟たちがお守りして、特に熱心な信者の皆様二百人様に周りでお見守りいただいております」


「おぬし、何を企んでおる?」


 仏頂面で睨みつけながら紫恩が訊いた。

「おぬしが刑事を通して手に入れた鏡、どういう物か知っておるのか?

 教祖の娘を連れて来て、何をする気じゃ?」

「ふーん……」

 花嶋は細い目で値踏みするように二人を眺め、神妙に、一種誇らしげに話した。


「今この時、あの鏡が手に入ったのは僥倖ぎょうこうでした。

 あの鏡には現世(うつしよ)と常世(とこよ)……この世とあの世を結ぶ強い霊力が宿っています。

 これを用いて、教祖様昇天の折、御霊みたまを娘、葵様に引き継いでいただき、新しい教主となっていただきます」

「葵ちゃんには母親の違うお姉さんがいて、お姉さんは教団の施設で育てられているんでしょう?」

「おや、あの刑事さん、余計なことを。ああ、失礼。

 ご存知でしたか、いやはや、参りましたね。

 ええ、お姉様の崇子たかこ様がいらっしゃいます。

 崇子様と葵様、お二人に御霊つなぎの儀式にご参加いただき、次期教主としてよりふさわしい方を、教主様の御霊ご自身に選んでいただきます」

「おぬしらのエセ宗教の後継者選びなど勝手にやればよいが、あの鏡はいかん。あれに封じられておる霊力は人が制御出来るレベルの物ではない。おぬしなら、分かっておるのではないか?」

「いやあ、困りましたねえ。偉大な教祖様の御霊をこの世につなぎ止めようと言うのです、そんじょそこらの道具ではそれこそ力不足です」


「嘘です」


 確信的な言葉に花嶋も紫恩も思わず顔を向けた。

 御堂はまっすぐ花嶋を見据えて言った。

「あなたはカガミ村であの場に居た。

 あなたはあの儀式を再現するつもりですね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る