鏡の世界に居る女

岳石祭人

第1話「鏡に映る赤い顔の女」

 これはある街のOLたちの間で恐れられている噂なんだけど。

 鏡を見ていると……、それは朝顔を洗ったりお風呂から上がってドライヤーをかける時に見る洗面所の鏡でも、お化粧する時の鏡台の鏡でも、コンパクトの鏡でもなんでもいいんだけどね。

 鏡でしばらくじいっと自分の顔を見ていること……、女子ならよくあるじゃない?

 ふと気づくとね、顔がなんだか赤っぽいんだって。

 なんだろう? 何か赤い光でも当たってるのかな? と思って周りを見てみても、そういう物は見当たらない。

 変だなあと思いながら、また鏡の中の顔を見ていると、どんどんどんどん、真っ赤になっていって、

 はっと気づくと、血まみれの、見知らぬ女の顔になっているんだって。

 その血まみれの女を見てしまうと、精神が壊れてしまって、

 朝、出勤前にこの女を見てしまったOLは、駅で電車を待っている時、ふらあっとホームから飛び降りて、入ってきた電車にはねられて死んじゃったんだって…………



「死んじゃったんなら、なんでその女を見たって分かるのよ?」

「えーと、友だちにメールとかしてたんじゃないかな?」

「OLが朝から? 女子高生じゃないんだからさあ」

「しないかな?OLは?」

「あんたならするかもねえー」

 あはは、と軽やかな笑い声が弾けた。

 とある高校の放課後の教室。何をするでもなく居残っていた四人の女子のグループが、どこで流行っているのか流行っていないのか定かでない、いわゆる都市伝説の類の話で盛り上がっていた。

「あ、でもさあ」

 ひとしきり笑った後、一人が深刻な顔になると声を潜めて言い、他の三人も、え?なになに?、と不安そうに顔を寄せ合った。

「今の話はどこか他所の街で以前からあった怪談みたいだけど、最近になってこの辺りでもそういうのを見たっていう話がちらほらあるみたいだよ?」

「まさかあ。そうやってまた怖がらせようとしてえ」

「あ、それ、わたしも聞いたことある。中学の時の同級生で、今は別の高校なんだけどさ、その子に聞いたんだけど、先輩が見たんだってさ、トイレの鏡で、自分の顔に被るように、赤い顔の女が恨めしそうに自分を睨んでいるのを……」

「え、やだやだ、冗談でしょ? 作り話なんでしょ?」

 深刻な顔で視線を向けていた三人が、

「プ」

 と息を噴き出すと、また大笑いした。どうやら三人は一人をターゲットに協力し合っていたようだ。別に示し合わせてのことではなく、こういう話でからかって一番面白いのが誰か、みんな分かっているからだ。

「ひどいいー」

 笑われた彼女は、ポカポカ、メインで怪談を披露した彼女を叩いた。

「悪りい悪りい。いやあ、でもさあ、かわいいんだもの、怖がってる夏菜」

「またそうやってからかうう」

 女子高生たちはじゃれあってキャッキャ騒いでいたが、さあっと、開け放った窓から涼しい風が吹き込んできて、その風にすうっとはしゃいだ気分が鎮められたように落ち着いた表情になると、

「帰るか」

「そうだね」

 と、帰り支度にそれぞれ自分の席に散っていった。

 六月の後半、例年なら梅雨に入ってもいい頃だが、連日晴れて気温の高い日が続いていた。

 この日も熱かったが、四時を回って夕方の涼しい空気になってきたようだ。

 彼女たちの他に教室に残っている者は居なかった。教室を最後に出る者は窓を閉める決まりになっていたので、四人は仲良く一人ワンセットずつ閉めると、わあっと、競争してドアへ向かった。

「あのさ、夏菜」

 出遅れた一人が遠慮がちに呼びかけ、夏菜はうん?と立ち止まって振り返った。

「さっきの話さ、中学の同級生の先輩が見たっていう……」

 夏菜はごくっとつばを飲み込んで彼女を見つめた。

「作り話だよーん」

「あっ、待てこんにゃろ!」

 少女たちが笑い声を上げて駆け出していき、教室は静かになった。


 少女たちはまたおしゃべりしながら玄関向かって階段を下りていった。

 玄関に通じる廊下に出ると、教師用外来用の小さな玄関と生徒用の大きな玄関が壁で仕切られて隣り合っている。

 その外来用玄関を上がった廊下の壁に、身だしなみの確認ということか、上半身が楽に映る大きさの鏡が掛かっていた。

 その前を通り過ぎて、夏菜は、はっと、立ち止まると振り返った。

「おーい、どうしたー?」

「あー、なんでもない」

 日高夏菜は自分が恐がりなのを自覚していた。

 だから、通り過ぎた時にふっと鏡の中に何か影が映ったように思ったのも、

(きっと気のせいだよね)

 と思って、強いて気にしないようにした。

 そう、鏡に映る赤い顔の女なんて、自分みたいな人間を怖がらせる為の、面白おかしい作り話に決まっている、

 と……

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