三章 慨世 4
過去
子供の頃から、
二人兄弟の弟として育てられたが、両親は兄弟だからと何かをどちらかに
そのおかげか、友星は兄を妬むことなどせず、それは互いにそうだったようで、どちらも相手を尊重する人格が子供の頃から形成されていた。
だから友星には
高校生になって間もないある日に、友人の姉が亡くなるという不幸があった。それは友星も子供の頃から仲の良かった人であり、現代医療でも治療の難しい難病だったと後から聞いた。
身近な人間の死が友星にとってはこれが初めてのことで、今まで感じたことのない衝撃を受けた。あんなに優しかったお姉さんだったのに、もう二度と会えないなんて。何と世界は残酷なのだろうか。友星は友人と共に彼女の死を
しかし、友人は数日後には笑顔を取り戻していた。聞けば、姉はカクリヨ社のサービス、
そして友星自身も
結果として、インプラントを施した後に亡くなった友人の姉との再開を果たした時の感動は、受け止めきれない程のものだった。かつて生きていた頃と変わらない笑顔、周りは現実と変わらない仮想世界、楽しかったあの頃を再び取り戻したのだ。この黄泉の国での体験は、この先生きていても巡り会えないであろう程に友星にとってとても強烈で、魅力的な体験だった。
大人になってから友星がカクリヨ社で働き始めたのはある意味必然と言えるだろう。そうする事は初めてダイブをしたあの日からもう既に決めていた。
上司や同期などにも恵まれ、徐々にだが重要な仕事も任されていくうちに、自分が次世代の
事故に遭ったのは、何もかもが上手くいっていたその矢先だった。
兄は仕事でいなかったのだが、久しぶりの家族旅行に出掛けた時、オートドライブの判断によって両親共々命を落とすことになってしまった。
死の瞬間は今でも鮮明に思い出せる。気付いた時には既に水中にいた。事故の衝撃でシートベルトが破損したのか、身体を微塵も動かせなかった。母は既に意識を失っているようで、父は友星の方へ必死に手を伸ばしたが、やがて動かなくなっていくのが見えた。
妙に冷静な気分だった。シートベルトをゆっくり手繰り寄せて
呼吸を止めてから何分何秒経ったのか、肺に残された空気はもう無い。今すぐに呼吸しなければもう助からない。そもそも車からの脱出が叶ったとしても、両親を二人とも引き上げることなど出来ない。
もう次の動作が限界だった。それ以上は意識を保てる気がしない。脳に酸素が供給されないのがこれほど苦しいとは思わなかった。薄れていく意識の中で友星はポケットに入れていたスマートフォンを強く握り、その角を窓に何度も叩きつけた。衝撃力をなるべく面積の小さな箇所へ限定すれば、ガラスの破壊確率は上がると何かで読んだことがあったからだ。
僅かな希望を抱きながら、もう視界の霞む中で幾度目かの殴打の時、手応えがあった。遂に割れたのだ。肺に残っていた最後の空気を思わず吐き出し、一気に窓に向かって泳いだ。が、身体は車体から出ない。未だ車体側に残った窓ガラスに服が引っかかってしまっていたのだ。
社内を振り返ると、もう両親は後部座席でピクリとも動かなかった。もう、駄目だ。自分も出れない。もう家には帰れない。
先程までは僅かにあった生存の希望は打ち砕かれた。そして気力も体力も無くなっていくのがはっきり感じられた。ただただ苦しい。死にたくない。帰りたい。ただそれだけを思って、遠くなっていく水面を見上げて、それで最後だった。
覚醒した時、始めに見たのは全て白の世界。どこが端なのか、若しくは端など無いのか、とにかく広大という言葉では足りないほど全てが真っ白で、凹凸も何もない世界に居た。
何回か振り返っていると、いつの間にか白の世界に部屋が現れた。ベッド、椅子とテーブル、
その上にあるモニター。そのモニターに、見知った顔が映っていたのを認めた。
「
原崎要という、カクリヨ社でお世話になっていた先輩だった。先輩はいつものように表情を変えず、「やっと起きたか」とだけ言った。
覚醒だ。自分が黄泉人になったのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
本来
要は割と社内でも重役に近いポストに居たためその辺りの勝手を知っていたので、「特権だ」と言い張って自宅に隔離された
案外、
何よりも、もうあんな悲惨な事故に遭わないし、あんな苦しい思いをしなくて済む。それだけでも、全人類が仮想現実へ移住してもいいとすら思えた。要伝いで両親も兄の手により黄泉人化していると聞き、安心した。
それからしばらく経った後、そして、要がある日にプレイバックと呼ばれる新たな機能を追加する装置を持ってきた時、全ての認識は変わった。
黄泉人が死ぬという事実も、要は共に持ってきてしまった。
最近世間を騒がせていたバカバカしい幽霊騒動、その元凶は
数年前に自殺し、もうこの世にはいない人物が、
どちらにせよこの事件は、「黄泉人は死ぬ」という事実を世間に知られないよう隠蔽されることとなり、要はこれの早期解決を上層部から託されたのであった。
そして数回の調査を行い、何者かが外部から
友星は怯えた。もう一度あの苦痛、絶望を味わってしまう可能性があるのかと。要によればこの隔離サーバーは秘匿されており、イザナミの恩恵も受けないが逆に今回の事件の影響も受けずに済むとのことだったが、それでも安心は出来ない。
友星は一刻も早く原因を特定しなければいけないと思い、要と共にこの件を調査することを願い出た。誰もあんな苦しい思いに晒されるべきではないから、と。
そうして、まず聡臣の動向を知るべく彼のリンクスへ遠隔ハッキングを行い、少しばかり記憶を垣間見た結果、一連の騒動に巻き込まれていることが判明し、彼を伝って関口あゆみの死を知った。
要はこれを利用し、この騒動の元凶の特定を行おうとしたのだが、その前にやはりこの事情は関わった者たちが知っておくべきだと要に提言し、まず聡臣と接触することになったのであった。
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