黄泉人不死-ヨミビトシナズ-
りっきぃ
序章
日時不明
眼前に広がるその黒点は、全てを飲み込んでいるかのようだった。
今ここに立っている自分は当然のこと、この手にしている懐中電灯も、そしてその光でさえ。僕たちのささやき声も、この耳を支配する静寂すらも捕まえてしまうのではないかと錯覚してしまう。果てはそう考えている僕の意識ですら。
そんなこと有り得ないとは理解しつつも、そう考えさせられてしまう程の圧力を感じていた。
脇にいるはずの友人が振り返ったら居ないのではないか。今僕は本当に立っているのか。それすらも曖昧になっていく。
「やっぱすげぇよな。こんなにリアルだぜ」
そんなどうしようもない不安の中、不意に声をかけられて我に返る。友人だった。彼に対しては適当な相槌で返したが、素直に助かったと内心感謝した。このまま何もなかったら、帰ってこれなかったかも知れない。
「とりあえず、中に入んなきゃ始まんないね」
そう言って友人が一足先に歩き出した。少しも怖気づいた様子無くすたすたと黒点へ向かっていく。彼に続いて、置いていかれないように慌てて僕も歩を進める。
視界全てが黒になってしまうかと思われたが、懐中電灯がそれを僅かながら防いでくれていた。友人が光を上に向け、黒点の上側が照らし出される。暗闇にぽつんと「旧……
「とりあえず、真ん中まで行こうか」
そう言って友人はまた先に歩き出した。その足が落ち葉を踏みしめる音が嫌に耳にこびり付く。
やがてトンネル内部に入り込むと、音はより一層反響してよく響いた。それが何故かとても不快に感じ、僕は途中からなるべく音を出さないように忍び歩きで歩いた。
トンネル内部には落書きが異様な数あり、それを見るともなしにしばらく進んでいると、時折湧き水か何かが滴る音が混じって聞こえ出した。思わず体を強張らせる。
内部は暗く、出口も向こう側に見えない。振り返ってみると入り口も既に見えず、どこまで進んで来たのか、まるで見当もつかない。
とうとう深淵の中に取り残されてしまった。まるで真夜中の海で沖に放り出されたような気分だった。
ふと、突然何かにぶつかってしまった。一瞬何だかわからず、飛び上がって驚いてしまったが、どうやら前方を歩いていた友人だったようだ。
「お、おい、どうしたんだよ」
そう声をかけても、彼は立ち止まったまま振り返らない。名前を再び呼んで肩を叩くと、微かに震えているのが分かった。
僕は
光が落ちる瞬間、僕は確かに見た。向こうにぼんやりと佇む、真っ白い姿の、女性──?
違う場所を照らしていた僕は咄嗟に光を前方に向ける。するとやはり、居た。
真っ白い女が立っている。トンネルの真ん中に。長い髪をだらりと垂らし、俯いていて表情は見えないが、確かに立っている。
「あれ……」
僕がそう問いかけても、友人は答えない。見ると、小さく「嘘だろ」と呟いているのが口の動きで分かった。彼は依然固まったまま動かない。
僕は再び女の方を見た。まだ立っている。信じられなかった。
次の瞬間、僕の視界がぐらついた。急激な頭痛、それも非常に耐え難い強い頭痛が突然襲いかかってきたため、立っていられなかった。
それと共に、急な眠気と全身の酷い倦怠感、それと処理しきれない感情の波が訪れた。悲しいだとか辛いだとか、人間が抱くであろうネガティブな感情全てが一気に脳を支配したようだった。
それでも歪む視界の中で友人の安否が気になった。割れそうな頭を抱えながら前方になんとか目線を向けると、もう彼は居なくなってしまった。帰ったのだ、元の場所に。
そしてその代わりに、あの女が目の前で立っていた。
僕はその人を知っている。いや、知らないはずなのだが、知っていた。名前も分かった。
端正で妖艶な容姿、飲み込まれそうな程綺麗で暗い瞳。
いや違う、知っているなんておかしかった。この場所には僕と友人だけが来ているはずだった。他人は来れないはずだった。
だってこの場所は──。
現実じゃない。
それが薄れゆく意識の中、最後に思考出来た言葉だった。
懐中電灯の光がフッと消え、トンネルの闇が僕を包み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます