27

 あの後、コウは倒れていた鋼鉄のデビルコンタクトの両目を眼鏡剣で貫いて脳まで貫通させて、コンタクトを破壊すると共に眼鏡への憎しみを消した。

 そして、N市内に住んでいるという観音寺紗希を送っていこうとしたのだが、頑なに大丈夫と連呼、固辞されたので、帰路に就いた。


 翌日。

 学園にて、コウは休憩時間に長浦芽衣に事の顛末を話した。

「そんなことがあったの!? デビルコンタクト三人と戦っただなんて……。大丈夫だったの!?」

「うん、大丈夫。ほら、この通り」

 安心させようとしてか、力瘤を作るというどうにも似合わない動作をするコウに、長浦芽衣は思わず苦笑する。

「コウ君、どれだけ怪我しても治しちゃうでしょ? 今ピンピンしてても、戦ってる時に大怪我してたかもしれないし、元気ですアピールされてもそれじゃあ分かんないよ」

「あ、そうか。確かに」

 つられてコウも苦笑する。

 そんなコウを見詰めて、長浦芽衣は胸が苦しくなる。

 今まで、何年もそうやって戦って来たのだ。

「あ、いたいた。青塚君」

「ひゃいっ!」

「委員会のことなんだけど」

 クラスの他の女子に声を掛けられて、ビクッと肩を震わせるコウは、恥ずかしがり屋で優しそうな、ごく普通の少年にしか見えない。が、その実、見た目とは裏腹に強い。それは二度も助けられ、目の前でその戦闘を目にした長浦芽衣自身が一番分かっている。

 しかし、コウも人間だ。その能力には制限があるし、決して無敵という訳ではない。

 死にそうな目に遭った事も、きっと一度や二度ではないだろう。

 だが、それでも本人はこれからもきっと戦い続けるのだ。

 全ては、姉を殺した憎きデビルコンタクトたちを根絶やしにするために。

 先程の女子と話し終わったコウに、長浦芽衣が遠慮がちに声を掛ける。

「コウ君」

「ん?」

「無理……しないでね」

「うん。ありがとう」

 破顔する少年に対して、そんなことしか言えない自分に長浦芽衣は無力感を感じていた。

 そんな言葉に意味なんて無い。

 必要に迫られれば、無理しない訳が無いのだ。

 彼はそのために生きているのだから。

 でも、何か一つでも、せめて言葉だけでも、僅かでも力になれる可能性があれば、何かしてあげたいと思った。

 一体それは何だろう? 頑張って? 違う、そんな言葉じゃない。一体どんな言葉なら、力になれるのだろう?

 長浦芽衣が考え込んでいると――

「ダーリン!」

 バン、という音に、教室内の全員が一斉に同じ方向を向く。

 最近ではコウに窘められて静かに入るようになっていた東枇杷島舞子が、久し振りに力一杯教室の扉を開けて仁王立ちしていた。

「今の話! 聞き捨てなりませんわ! あの街中の小娘――観音寺紗希とかいう泥棒猫と、一緒に戦って絆と親睦を深めたってどういうことですの!? 浮気ですの!?」

 ツカツカと歩み寄って来たかと思うと、金髪縦ロールツインテ少女は、眼鏡を光らせ巨乳を揺らしながらコウの机を叩いた。

(廊下から聞き取るって、どんだけ地獄耳なんだ!? しかも何だか話が拗れてるし)

「えっと、東枇杷島さん。観音寺さんとは共闘しただけですよ」

「そうなんですの? でも、それにしては先程の話し振りは、異様な程の熱の入りようでしたわ。ま、まさか……私に飽きたということですの、ダーリン!?」

 どこからともなくハンカチを取り出すと、東枇杷島舞子は目元を押さえて、よよと涙を零す。

(ああ、面倒臭い!)

「何やら誤解しているようですよ、東枇杷島さん。東枇杷島さんが言っているようなことは、何一つありませんから」

「ぐすっ。本当ですの?」

「ええ、本当です」

(っていうか、浮気とか言われても、そもそも僕、この人と付き合ってないし)

 内心で呟きつつ、コウは続ける。

「東枇杷島さん、僕が毎日楽しみにしてることが何か、分かります?」

「分かりませんわ。何ですの?」

「東枇杷島さんの作ってくれるお弁当ですよ」

「!」

「今日もお昼の時間、楽しみにしていますね」

「勿論ですわ! 今日のは特に自信作ですわ! また後で来ますわ! 愛してますわ、ダーリン♪」

 つい先程まで泣いていたのが嘘のように、満面の笑みで教室から慌しく走り去っていく東枇杷島舞子。

 コウが彼女の弁当を楽しみにしているのは本当だった。

 お嬢様だから、フレンチがどうのこうのと、さぞかし高級で一般庶民が普段食べられない物を作ってくるのかと思いきや、意外にも一般的な、家庭的な料理を作って来ていた。

 肉じゃが、ハンバーグ、鳥のから揚げ、卵焼き、煮物、煮付け、おひたし、酢の物、などなど。

 そして、それら全てが美味しいと来た。家には自分に料理を作ってくれる者など誰もおらず、自炊してはいるが『食べられれば良い』レベルの腕であるため決して美味しくはない食事を毎日食べているコウとしては、初めて東枇杷島舞子の弁当を食べた時は、誰かが自分のために料理を作ってくれて、しかもそれが美味いという事で、大袈裟でなく感動したものだった。

 しかも、ただ美味しいだけでなく、本当に一生懸命作ってくれているのが料理を通して伝わって来るのだ。

 それはきっと愛情故なのだろう。

(でも、それは人工的な愛なんだけどな……)

 彼女に眼鏡斬を放った本人として、コウは複雑な気持ちになる。

「嵐みたいな人だね、生徒会長さん……」

「そうだね」

 東枇杷島舞子が去って行った方を見て、唖然としながら呟く長浦芽衣に頷くコウ。

 長浦芽衣は心の中で、コウ君、生徒会長さんの扱いがどんどん上手くなっているなぁ、と思っていた。

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