28
それから一週間が経った。
この日、珍しく長浦芽衣は二時間目が終わって直ぐに、早退すると言った。
「どうしたの?」
「ちょっと、用事があって」
余り突っ込んで聞いてはいけないかと思い、コウはそれ以上は聞かなかった。
(でも、心配だな)
「じゃあ、僕も早退するよ」
「いいよ、そんなの悪いし。大丈夫だから、コウ君は最後まで授業受けて行って」
笑顔でそう言う長浦芽衣に対して、コウは強引について行くとも言えず。
「じゃあ、また明日ね」
コウは。
そう言って立ち去ろうとする彼女の――
「どうしたの?」
――肩を掴んで、引き留めていた。
「え? あ、いや、何でもないんだ」
パッと手を離すコウ。
「もう、心配性だなぁ。大丈夫だから、ね?」
「うん……」
「じゃあね」
渋々了承し、コウは見送った。
次の授業は体育だ。皆更衣室にて着替え、外へ出ており、教室にはコウ以外もう誰もいない。眼鏡に流れて来る天気予報によると今日は一日中快晴らしく、青空の下男子たちははしゃぎ、じゃれあっている。
長浦芽衣が早退してから、暫くして。
授業開始後も、コウは未だ自分の席でぼうっと考えていた。
(何か、変な感じだな)
まだ転入してから三週間ほどしか経っていない。
それにも拘らず、一緒に帰らないことに対して違和感を覚える。
(毎日一緒に帰ってたもんなぁ)
今までのことが思い出される。
その時、ふと、長浦芽衣が風のデビルコンタクトに襲われた時のことを思い出した。
背中を悪寒が走る。
あの時のことを思い出したからではない。
また同じようなことが起きるのではないか。突如そのように思ったのだ。何の根拠も無く。
(とにかく、まずは僕も早退して……いや、それよりもまずは連絡を――)
――すると、コウの眼鏡に丁度連絡が入った。
脳内で思考することで、眼鏡のネット機能を操る。
メッセージだった。長浦芽衣からの。
(よかった)
コウは心から安堵した。
が――
『女は預かった。女の命が惜しくば、警察には通報せず、一人で最上階へ来い』
余りにも予想外過ぎて一瞬意味が分からなかったが、直ぐに事態を把握する。
(長浦さんが……攫われた!?)
地図が添付されており、展開すると、葉空駅前のヒットランドスクエアだった。
(くそっ! 僕のせいだ! 本人が何と言おうと、強引について行けば良かったんだ! 何やってんだ僕は! ……いや、それよりも今は……)
廊下に出て、脳波で眼鏡を操る。
「もしもし、千夏ちゃん?」
「あんたから連絡するなんて珍しいじゃない。べ、別にあんたからの電話が嬉しいとか、そんなことは全然――」
「ごめん、急いでるんだ。友達が誘拐された。恐らくデビルコンタクトの仕業だ。この場所なんだけど、見取り図と、建物内のどこに犯人がいるか、人数は何人か、あと武装の状態を調べて貰えないかな?」
「……分かったわ。ちょっと待って。また連絡する」
(これで良し。最上階と指定しておいて最上階におらず、途中の階で攻撃を受けるとかも有り得るからな)
(千夏ちゃんのことだ、僕が現場に到着するまでには調べ終えて連絡くれるはずだ)
急いで学外へ出ようと走り掛けたコウだったが――
「お待ちなさい! 青塚光龍!」
東枇杷島舞子の声が廊下に響き渡る。
彼女がコウのことをフルネームで呼ぶのは久方振りだったが、そのような変化に気付く余裕も指摘する余裕も今のコウには無かった。
「ごめんなさい、東枇杷島さん。今僕、急いで――」
「これ、あげますわ」
「え? これは……」
それは、ヒットランドスクエアの見取り図だった。
「なんで!? 東枇杷島さんが!?」
(まさか!?)
一瞬、犯人と東枇杷島舞子が繋がっているのかと勘繰ってしまう。が、よく考えれば、ここで見取り図を渡すメリットが犯人には一つも無い。そもそも、強制的に惚れさせられている状態の東枇杷島舞子が自分に対して敵対的行為を取る可能性はゼロに等しい。そうすると、これは見たまま、自分のために提示してくれた情報であると考えて良さそうだ。
(でも、どうやって!?)
コウの戸惑いに対して、東枇杷島舞子は即座に答えた。
「あの建物はうちの財閥グループ管理ですもの。異常があれば直ぐに上に知らされるのですわ。何事かと思って防犯カメラの映像を見ていたら、『フッ。これでメガネの騎士も終わりだ』という声が聞き取れましたの。それでピーンと来ましたわ。あなたを誘き寄せるためにあの小娘――もとい、長浦さんを誘拐したのだと。建物内にいた一般人はみんな避難が終わっていますわ。どうやら犯人はあなたのこと以外は眼中に無いようですわね」
「そうだったんですね! わざわざありがとうございます!」
「先ほども言いました通り、あの建物は東枇杷島家のものですから、少々暴れても問題ありませんわ。全力で、しっかり長浦さんを助けて来るのですわ」
「分かりました! 助かります! では!」
頭を下げると、直ぐに走り出すコウ。
そんな彼を東枇杷島舞子は切なそうな目で見送った。
コウは、彼女が快楽物質により強制的に惚れさせられており、そのせいでこのような協力的な行動を取っているのだと思っている。
だが、実は――東枇杷島舞子に投与された快楽物質はとうの昔に全て排除されており、その影響も徹底的に除去されていた。
この学園の理事長の一人娘であり、行く行くは跡を継いで学園は勿論財閥グループ全体をも率いていく立場の東枇杷島舞子が、様子がおかしい、となれば、検査されない訳が無いのだ。
コウに敗れたあの日。学園に迎えに来た従者がまず異変に気付き、帰宅すると共に父親に報告、一目見て信頼出来る病院に連れて行き検査し、その日の内に金に物を言わせて
では、何故彼女は、甲斐甲斐しく弁当を作り、止められはしたものの大胆なスキンシップまで図る等ということをして来たかと言うと――
「まさか本当に好きになってるだなんて、普通は思わないですわよね……」
つまり、現在東枇杷島は、本当にコウに惚れていた。
自分が絶対であり、勉強、運動、喧嘩、どれを取っても、彼女に勝てる男など皆無だった。
が、そんな中、コウが現れた。
そして、敗れた。
それは彼女にとって、天地が引っ繰り返るほどの衝撃だった。
その結果、生まれて初めて自分を打ち負かした男に対して、惚れてしまったのだ。
しかも、強さだけではない。
戦闘前に『女性を傷付けたくない』と言っていた紳士であり、更に、自分を倒しはしたものの、斬ったのは服とコンタクトのみで、身体には一切傷をつけておらず、そこも紳士だった。
尚、リュウに入れ替わっていた際の少々乱暴な物言いも、あれはあれで男らしくて良いらしく、マイナス要素にはなっていなかった。
「帰って来たら、全部話して、惚れさせた責任を取って貰いますわ!」
そして、彼女はコウが走り去った方を見ながら――
「だから、どうか死なないで。ダーリン……」
胸の前で両手を組み、祈るように呟いた。
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