第180話 巨匠夏希の大金星?


 憩いの場に近づくと――カンッ、コンッとリズミカルな音と共に夏希の笑い声が。どこかで聞いたような懐かしい音のする方をのぞくと――



「みんなどう? これが卓球ってやつ。けっこう面白くない?」

「いいですね! 私、コレ好きかも」

「おれもおれも!」

「温泉といえば卓球なんだよ! これなら人気出ると思うんだよねー」


 夏希ほか数名の家具職人が、卓球台を囲んでそんな会話をしている。どうやら新作のお披露目にきたらしく、ほかにも数台の卓球台が設置されていた。温泉イコール卓球というのはわからんでもないが……言い切っちゃうのはどうなんだろう。まあ、面白そうだしいいんだけどね。



「卓球とは考えたな。まさか異世界で見られるとは思わなかったよ」

「あ、村長じゃん。ちょうどいいところに来てくれた!」

「ん? 何がちょうどいいんだ? にしても夏希、その道具は何の素材で出来てるんだ? 見た目はそっくりだけど、よくそんなの作れたな」


 笑顔で向かってくる夏希、その手には卓球のラケットとボールが握られている。玉は上手く弾んでたし、ラケットのラバーもそれっぽい感じに見える。


「良くぞ聞いてくれました! まず、このラケットはですね――」


 それから事細かにご教授してくれたのだが、長くなりそうなので端折って伝えると、


 まず、ラケットのラバー部分には『巨大牛の硬質革』を使用している。これは鉄よりも硬く滑らかな素材で、かなりの強度と弾力性を兼ね備えた高級品だ。ただし、魔力を通すと硬度が増すので、気をつけないとトンデモない球速になってしまう。


 ボールに関しては『白蛇の鱗』を球状に加工して作られている。ご存じのとおり、傷ついても自動修復するという逸品である。なおこちらは、あまり強い衝撃を与えると修復機能が発動する。元の形状に戻ろうとするため、その反発力で球速が増してしまうという代物だった。


「……なあこれ、もしかして危ないんじゃないか? もちろん、魔力全開でも試してみたんだよな?」

「そう、それを頼みたかったんだよー」

「ああ、丁度いいってこの事だったのか」


 子どもが使って怪我でもしたらマズい。中にはレベルが高い子もいるし、魔力適性のある子がやらかしちゃうかもしれない。そう考えて、全力の魔力と筋力を使って試してみることに――



 それから数分後、


「え? 村長、いま何やったの?」


 夏希や他の職人たちは全員呆気に取られている。試した俺自身も、あまりの威力に驚きを隠せないでいた。

 

「いや……いやいやいや、これはヤバいでしょ。もうこれ銃弾だよ? おまえら、凄いもん開発しちゃったな……」

「あはは……ある意味、大金星みたいな? 革命起しちゃった的な?」


 念のため、魔鉄製の胸当てを的にしてみたんだけど……ものの見事に貫通しちゃった。そこで威力は収まったが、その先にある壁すらも突き抜ける勢いだったのだ。


(うっすら閃光も出ちゃってたし……レールガン、みたいな?)


「とりあえずこれはお蔵入りだ。桜に相談して運用方法を決めようか。遊戯用のは作り直してくれると助かるよ」

「わかった、素材を見直して再挑戦するね」

「普通に遊べるんなら人気もでると思う。俺も遊びたいし、じっくりやってくれるとありがたい」


 このまま運用するのは無理だが、新しい娯楽が増えるのは嬉しい。さっきの飛び道具については……どうするかも含めて、冷静に判断しようと思う。



◇◇◇


 その日の夕方――


 大盛況となっている食堂の一画では、夏希が発明してしまった飛び道具の話題で盛り上がっている。


 威力と射程の面では申し分ないが、命中率の問題と量産化が難しいことを理由に、結局はお蔵入りとした。仮に量産できたとしても、外部に流出して敵対者に使用されても困る。そんなリスクを負うくらいなら封印したほうが良い、という結論に至ったのだ。


「遠距離武器への転用は避けるけど、硬度とか反発力とか……ほかへの応用も効きそうだよな」

「うん、ほかの職種も巻き込んで色々考えてみるつもりだよー。おかげさまで、素材はたんまりあるしね!」

「夏希、今後の発展に期待してるぞ」


 防具関係はもちろんのこと、建築素材や道具類への転用もできそうだ。


「啓介さん。発展といえば……ほかの国の情報が入ってきたって?」

「あれ? 春香のほうにはまだ報告いってないのか? 今日の朝、詰所にも書状を回しといたんだけどな」

「あー、今日はダンジョン組だったのよ」

「そうだったのか。じゃあざっくり説明しとくよ。詳しいことは後で確認しといてくれ」


 ほかにも知らないヤツがいたので、概要だけを手短に伝えることした。



 オークへの対処や隣国への警戒により、3国の戦力バランスは変わらず拮抗している。王国も、獣人国との同盟は継続中だが、帝国に対する派兵等の動きは見せていない。


 一方獣人国では、日本人に対する不信感が国中で広まり、もはや日本人が歓迎されるような地域は皆無となっていた。大半の日本人は帝国にほど近い街に集結、ついには国境を越えて帝国へと流れていった。もちろん帝国もそれを支援しており、人口が1万人ほど増えている。


「ってことはさ、もうほとんどが帝国に移った感じ? たしか獣人国にいる日本人って1万人くらいだったよね?」

「ああ、春香の言うとおりだ。現状、この世界の日本人は完全に邪魔者扱い。それはたぶん私たちも含めて、な」

「じゃあさ、隆之介もヤバいんじゃない? いくら精神支配してても、民衆がそれだと抑えきれないでしょ」

「かなりマズイ状況らしい。それについても情報が入ってるよ」



 隆之介退任の声が国中であがり、領主権限では押さえられないほどに高まった。内乱を恐れる議員たちは、民衆の声と隆之介による精神支配の狭間で気持ちが揺れ動いている。スキルの効果が弱まったのか、個人の感情がそれを上回ったのかは不明だ。

 情報屋の最新情報によると、隆之介は最近、表舞台に全く出てこなくなった。議会にも参加せずに裏でコソコソやってるらしい。


「コソコソって……具体的には?」

「ほんとかどうかは知らんけど、帝国への逃亡を計画してるみたいだ。ほかに逃げる場所もないし、ありえない話じゃない」

「えー、でもそんなの帝国が許すかな? どう考えても地雷じゃん」

「仮に逃げ込んでも、すぐに殺されるだろうな。あの聖女なら、スキルを強奪するために受け入れそうな気がする」


 隆之介の能力がユニークスキルだったら無理だけど、そうじゃないなら奪えるはず。というか、確実に奪おうとするだろう。聖女の解呪スキルが効かない場合、どんでん返しがあるかもだけど……。


「なるほどねー。で、啓介さんは……もしそうなったらどうするの?」

「どうするって……聖女がスキルを奪った場合か? それとも隆之介がトップに君臨したときのことか?」

「その両方だよ。わたしらにしてみれば、どっちでも同じことだし」

「……まあ、ひとまず様子見だろうな。まずは鑑定して能力の把握、あとは結界で防げるのかも確認したい」

「それって危険なんじゃ……」

「大丈夫だ。もし結界で防げなくても、うちには勇人がいるからな」


『全状態異常無効』と『勇者の威光』があれば何も心配ない。それに勇人は隆之介とも面識がある。当然スキルを使われたはずだが、それを防いだ実績もあるということだ。

 能力さえ把握しておけば、あとの対処はいくらでもできる。最悪の場合はやむなしだが……相手の出方を見てからでも手遅れにはならない。


 私の考えをみんなに伝えると、概ねの同意は得られたようだ。少なくとも「何でもかんでも殺して終わり」って思考の持ち主はいないようで安心している。


「まあ、どちらかと言えば――聖女に軍配が上がるといいかな」

「議会の精神支配が解ければ、多少はマシになる……のかな?」

「私たちには関係ないけどね」


 

 これが最後の情報になるが、帝国の首都(旧ケーモスの街)では3万人の日本人が生活している。聖女の趣味なのだろう、おっさん比率が異様に高い。北と西に建設中の街は想像していた以上に進捗がよく、剣聖と元辺境伯がそれぞれトップの座についていた。


 獣人国から逃亡してきた連中も、みな帝国の方針に従っている。もうほかに行く当てがないし、同じ日本人ということもあるんだろう。中には帝国を逆恨みしているヤツもいたが、そんなのはとっくのとうに消されている。

 そして、ケーモスの南部にある大草原には、大型農場が完成して米や麦の生産を開始。農業経験者もいるらしく、かなり本格的な指導をしてるらしい。輪作農業を主体とした恒久的な計画のようだ。



「まあ、ざっとこんなところだ。帝国はすこぶる順調、王国や獣人国も停滞、ナナシアも至って平和だし、このままずっと続くといいよな」

「あとは女神さまの降臨を待つばかりだねー」


 隆之介と王国村長のことは少し気になるけど……まあ、それもそのうち決着がつくだろう。周りがどう動こうとも、俺らのやることは変わらない。日々、堅実に生きるだけだ。










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