第181話 ナナシア大結界
異世界生活497日目-386,417pt
例の卓球事件から17日後――、 ナナシアの街はひとつの節目を迎えていた。
通算27回目となる村人認定式をもって、ようやくすべての開拓民が村人になったのだ。最初の開拓民が訪れてから、実に200日近い月日が経過している――。
現在、延べ3700人の村人が領主館の庭に集合している。今日を正式な建国記念日と定め、式典を開いている最中だった。領主館の2階、そのテラスにはドラゴやほかの代表者たちが立ち並んでいる。
「ナナシアの住民たちよ。記念すべき日を称え、本日より5日間は街の祝日とする。宴の準備を含め、盛大に祝おうではないかっ!」
領主のドラゴがそう締めくくると、周囲から大歓声があがる。私もこの雰囲気に呑まれ、みんなと一緒になって喜んでいた。
日本にいた頃から大好きだった街づくり。ゲームではない本当の街を、ひとつ丸ごと作り上げたのだ。スキル頼み、そして仲間頼りだったのは否定しないが、そんなの度外視で大満足している。
「儂からは以上じゃが……ここは創始者の村長からもひと言もらおうかの。アレも見せてくれるんじゃろう?」
そう言って私を見るドラゴ、アレというのはもちろん敷地拡張のことだろう。街全体に結界を張るためのポイント交換もバッチリ済ませてある。
村人たちとも見知った仲だし、いまさら照れることもないので、堂々とした態度で壇上にあがった。
「――ついにこの日を迎えることができた。みんなには感謝を、そしてこれからもよろしく頼むよ。いまさらアレコレ言うこともないからね。結界が拡がる様子を眺めて欲しい。これをもって、女神の街ナナシアの完成だ!」
そう宣言しながら、さっそく敷地の拡張をイメージする。生活区画を全てを覆うように、直径2km分の結界を一気に広げていく――。
どこまでも広がっていく結界。それに対して、周囲から驚きの声は聞こえてこない。もう何度も目にしてるし、結界の存在も日常と化しているからだ。そのかわり、安堵とか達成感のような気持ちがひしひしと伝わってくる。
やがて点滅が収まると誰からともなく拍手が。それが周りへと拡がっていき――、大喝采に包まれながら壇上を降りる。
ちなみに今回の拡張に要した信仰度は600,000pt。驚愕のお値段だが、それに見合う価値は十分すぎるほどある。女神降臨のポイントは、これからまたゆっくりと貯めればいい。
◇◇◇
「やっとここまで辿り着きましたね。つい初日を思い出して……いまは心地良い達成感に満たされています」
「椿さん、さっき泣いてたもんね。かくいう私もウルッと来ちゃったけど……その気持ち、すごくわかりますよ」
領主館に戻った私たちは、広間に集まり雑談を交わしていた。最初期メンバーである椿と桜は、昔のことを懐かしんでいるようだ。
「桜さん、オレたちも一緒ですよ。ナナシ村を襲撃したときを思い出して……今考えると、よく無事だったなって」
「あれはヤバかったよねー。先に椿さんたちがいてくれて良かったー」
「ほんとそれな。もしあのとき村長ひとりだったら……あれで人間不信確定だもんな。オレらも穴の中で終わってたかもしれん」
冬也が好き勝手言ってるが……それもあながち間違いではなかった。最初の出会いがあの襲撃なら、村人を増やそうなんて思わなかったかもしれない。少なくとも、前向きな考えには至らなかっただろう。
「なるほどねー。わたしと秋ちゃんも、その展開になってたら死んでたかも。あんなところまで来てくれなかっただろうし……」
「街を探したとしても、東の森に行ってたら即終了。運よく大森林を抜けても、街で隆之介のしもべになってたと思う」
「あー、それはありそう。鑑定と治癒とか普通に手を出すよねー」
その可能性は大いにありそうだ。ふたりと敵対する未来もあったんだな……あのとき洞穴を見つけられてホント良かったわ。
「それを言うなら僕たちもです。啓介さんに出会わなかったら、あのまま詰んでたと思います。正直、先が見えずに切羽詰まってました」
「あら。勇人なら、みんなを連れて自力で街まで行ってたんじゃない? あ、でもその場合だと、私も一緒にってことになるわね」
「杏子さんには今でも感謝してますよ。立花と葉月、それに他のみんなとの関係維持も、全部杏子さんのおかげです」
勇人の隣では、立花と葉月もウンウンと頷いている。たしかに杏子がまとめ役だったし、彼女の存在は大きかったと思う。
「啓介さんが現れたときは警戒しちゃったけど……今思えば、私にとって最高の出会いだったわ。なんていうか、頼れるお父さん? みたいな安心感があったもの」
「僕たち、啓介さんと会わずに街へ行ってたら、今頃どうなってたのかな? 冒険者として生きられたんだろうか」
「それは大丈夫だけど……王国との抗争に巻き込まれるか、帝国が来たときに殺されてたかもね。今ほど強くなれなかったでしょうし」
「そうだよね。僕も、今ほどの余裕はなかったと思います」
それからもしばらく、みんなの思い出話が続いていく――。
その光景を黙って眺めながらこれまでのことを振り返っていると、ちょっと言いにくそうな感じで、冬也が唐突に話を振ってきた。
「そういや村長ってさ……」
「ん? 俺がどうした?」
「日本に身内とか……大事な人はいないのか? あ、聞いちゃダメだったらごめんけど」
「いや、別に構わないぞ? 俺は両親がいないから、向こうにいる身内は……爺ちゃんと甥っ子くらいかな。ちょうど冬也くらいの歳だぞ」
「へぇ。じゃあ、その人たちもこっちへ呼ぶつもりだったり?」
「ん-……甥っ子は来たがるかも? あいつも異世界モノが大好きだしな。でも爺ちゃんは無理だな。あの人、向こうで村長やってるし」
(なんだろ? 冬也がこんなこと聞いてくるなんて珍しい。何か思うところでもあるんだろうか)
そんなことを考えつつ、俺の自宅からほど近い田舎に住んでること。爺ちゃんが村長をしてること。小さい頃から育ててもらったことなんかを話していった。
「――そうだったのか。ひょっとして……村長が村長なのって、そのお爺さんと関係してる?」
「いや、さすがにそれはないだろう。たまたまだと思うぞ? あ、でもアレだな。うちの爺ちゃん、ちょっとおかしなところがあったわ」
「おかしなところ?」
「爺ちゃん、ってか村の人もそうなんだが……見た目がすごく若いんだよ。もう90近いはずなんだけど、めっちゃ元気だしな」
「なんかそれ、ナナシ村と似てるよな。お爺さんも特殊能力を持ってるんじゃ?」
「ないない、至って普通の人間だよ。村もありきたりだしな」
見た目こそ若いが力も人並みだし、たまに風邪もひいていた。ましてや、結界なんて存在してない。そんな能力があればすぐに気づくはずだしね。
ちなみに、こんな話を持ち出した理由は、後日、夏希がこっそりと教えてくれた。
『俺が日本に帰ったら、そのまま戻らないんじゃないか』ってのを心配してるらしい。
冬也は幼少期に両親を亡くしており、親戚に引き取られていたんだと。それで俺のことを、親父みたいに思ってるみたいなんだ。親になったことはないが、こんなおっさんを頼ってくれるのは素直に嬉しかった。
――と、みんなの話も一区切りしたので祭りの準備へと向かう。
私の担当は仮設闘技場の設営だ。土魔法を使って、南区画の空き地に設置することになっている。あまり大掛かりなものは無理なので、某有名な一番を決める武闘会みたいなのを作るつもりだ。
ロアや杏子と一緒に、だべりながら現地へと向かっていると――西の結界を警備中の兎人から念話が入った。
『村長、今よろしいですか』
『かまわないよ、緊急の要件かな?』
『実はいま、帝国の勇者さんが目の前に来ておりまして……村長に話したいことがあるようです』
『
『はい、少々お待ちください』
(なんだろう、ひょっとして村人になる決意が固まったのかな?)
帝国の勇者。
『村長。要件は獣人国の議員、隆之介のことみたいです』
『隆之介って……あの隆之介?』
『彼女が言うには、身柄を確保したので帝国領主館へ来てほしいと』
『ええ!? それマジな話? ……兎に角すぐに行くから、彼女にはそこで待つよう伝えてくれ。あと、絶対に結界から出るなよ?』
『わかりました。お待ちしています』
(話には聞いてたけど――あいつ、ほんとに帝国へ逃げたんだな。しかもアッサリ捕まってるし……)
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