第178話 もうひとりの村長-ep.1


<アマルディア王国内:とある海辺の村>



「あれからもう1年かぁ……」


 いきなり異世界に飛ばされ、今日でちょうど1年が経つ。


 転移初日、同じ日本人の集団に襲われたときはひどい目にあった。安易に村へと引き入れたのが間違いだったな……。まさか、あんな簡単に裏切られるなんて思ってもみなかったんだ。


 それでもこうして、今では多くの仲間たちに囲まれて幸せな日々を送れている。彼女たちには本当に感謝だ。


 日本では何の取柄もない僕だったけど、幸運にも凄いスキルを手にして何の不自由もない毎日を満喫していた。唯一の心残りと言えば、学校で散々いじめ倒してくれたヤツらへの復讐ができないことくらいか。


 それだけは本当に残念だ。この力さえあれば、あんなヤツら簡単に消し去ることもできるのに――。


「もしこのまま日本へ帰れたら……」


 そんな思いだけは、1年経った今でもまったく薄まることはなかった。



◇◇◇


「ねぇ、どうしたの? なんか怖い顔してるよ? 悩みがあるなら相談してほしいな。私たち、あなたのためなら何だってするよ!」


 隣にいるアイラは、僕が受け入れた初めての異世界人だ。たまたま村の近くで襲われているのを助けたのがキッカケだった。学校のヤツらと同じような下卑た顔をした日本人、そいつらをやったときは胸がスッとしたのを今でも思い出す。


「ありがとう。ちょっと日本にいたときのことを思い出してたんだ」

「前に何度も言ってたドウキュセイのことね。そいつらもこの世界に来てたら良かったのに……残念だわ」

「いや、それは逆だよ。こっちで勝手に野垂れ死ぬなんて許せない。いつか必ずこの手で……ってのが夢なんだ」

「そっか、そうだよね。まあ、いつか叶うかもしれないしさ――、今は私たちとのんびり過ごそう?」

「そうだね、みんながいてくれたら僕も幸せだよ。ありがとう」


 今からオーク狩りに行くという彼女たちにお礼を言ってから、ひとり自宅へと戻る。


 どこぞの馬鹿がオークを湧かせてイキがってたけど、今の僕たちにとってはもはや敵じゃない。まあ厳密に言うとだけどね……別にそれでも全然かまわなかった。


(魔石も稼ぎ放題だし、なんならもっと湧いてくれって感じ。ハハッ、最高だよホント)



 自宅に戻ってからは、いつものようにゲーム三昧。ネトゲは無理でも、据置きのゲーム機やソフトならいくらでも手に入る。漫画や小説だってより取りみどりだ。

 こんな便利な能力、この世界に来たやつらの中でも僕だけだろう。食べ物や飲み物にも困らず電気や水道だって使い放題、ネットが使えない以外は何の不自由もない生活だ。


「今度は転移能力でも覚えないかなぁ」


 なんて贅沢な愚痴を漏らしつつ、冷蔵庫から飲み物を取り出そうとしたときだった――。


 突然目の前が真っ白になり、気づいたときには誰もいない、何もない空間に移動していた。



「どうやら上手くいったようね」

「あまり時間がないから早くしないとだめよ。あの子に気づかれたら何もかも水の泡です」

「わかってるわ。私たちにはこれが最後の機会ですもの……」


 突然目の前に現れたふたりの女性は、コソコソとそんなことを話している。なんでかはわからないけどふたりとも影が薄い、というか時どき姿がぼやけて見える。

 片方は誰だか知らないが……もうひとりのほうは太陽の女神だと思う。以前、街で見た女神像にそっくりな見た目をしていた。


(この状況はたぶんアレだ。女神の間への召喚、そして使命を託される流れで間違いないはず。だけど……なんで今ごろ?)


 すぐにふたりへ話しかけると――案の定、とても魅力的な提案とともに女神の加護をもらえることになった。話を聞く限り、僕には何のペナルティもないし女神たちの願いも大したことじゃない。


 転移1年目の記念イベントとして、まさに申し分のない内容だった。


 ふたり曰く、今日このタイミングでしか会うことができないらしい。それもあと少しで終わってしまうと慌てている様子だった。

 まあ、どんな事情でもかまわない。こんな素晴らしい加護がもらえるんだ。断わる理由なんてどこにもなかった。



「――じゃあ最後に、もう一度確認をさせてください。本当に僕の好きなように行動していいんですね?」

「はい、全てあなたの思うがままに。私たちに残された道は、もはやこれしかありません。どうかあなたの力をお貸しください」

「今は思念だけの存在ゆえこれ以上のことはできませんが、いずれ顕現を果たした際には……私たちの全てをあなたに捧げましょう」

「……わかりました。いつか必ず、使命を果たすとお約束します」


 ここに滞在したのは30分くらいだろうか。最後のほうはふたりともさらに大慌て、しきりに周囲を気にしながら見送られることになる。


 結局――次の日以降は、何度試してもあの空間にはいけなかった。それでも、ふたりの加護はステータスにしっかりと表示されている。


(いいぞ、この加護さえあれば……!)




◇◇◇


 それから1週間ほど経った頃――


 性懲りもなく日本帝国の賢者がまた現れた。これまでも何度か会ったが、相変わらず上から目線のイラつくおっさんだ。仲間になれだの優遇するだの言っているが、誰がお前らなんかに利用されてやるもんか。


 話を聞くのも無駄なのですべて無視していると……諦めたのか、蔑んだ目をしながらそそくさと消えていった。


 日本の奴らなんて誰も信用できない。忠誠度なんてものがあっても、心の中でどう思ってるかはわかったもんじゃないのだから……。


「みんな、もう出てきても大丈夫だよ」


 僕の言葉に合わせて『17人』の村人がぞろぞろと姿を現す。そのほとんどは街で購入した奴隷たちだ。これまで上手く隠してきたので、帝国の奴らもまさかここまでいるとは思ってないだろう。


(まあ、知られたところで構わないけど……奪われでもしたらたまったもんじゃないからね)


 アイラ以外、思ったよりも忠誠度が上がらずに奴隷のままにしてあるが……首輪もいつかは外せるときがくるはずだ。焦る必要なんかない。


「どうやらこの場所もそろそろ潮時みたいだ。予定を繰り上げて明日には出発しようと思ってる。みんなもそのつもりで準備してほしい」

「「はい、わかりました」」

「どこへ行ってもこのスキルがあれば心配ないよ、これからはもっと過ごし易くなるはずさ」

「「ありがとうございます」」


 予定を変更したことに動揺しているのだろうか。顔は笑っているけど、いつもより元気が無いように感じる。


「心配ない。僕のスキルと女神の加護があれば無敵だよ」

「そうよね、どこへ行ってもあなたと一緒なら平気よ。さあ、みんなも早く用意を始めましょう。私、今からとっても楽しみだわ!」


 ――――


 こうして彼らの痕跡はプツリと途絶えてしまうのだが――啓介たちがこの地へきたのは、彼らが去ってから2か月以上もあとのことになる。



 太陽と月の女神。


 与えられた2つの加護。


 そして彼らはどこへ向かったのか。



 それを知るものは誰もいない。そう、あの大地の女神ですらも――










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