第160話 聖女の正体
「なあ。ここにいるヤツらって、なんで全員おっさんなの?」
いま私の正面には千人の護衛集団がいる。その誰もが自信に満ちた表情でこちらを見ていた。そして私は、その異質な光景にずっと疑問を抱いていたのだ。
聞くべきことは他にもっとある。それは理解してるんだけど、どうしても先に知りたい。知ってスッキリしたい。そんな思いから我慢できずに聖女へ問いかけていた。
「ああ、これはわたしの個人的な趣味よ。全員、わたしが厳選して揃えた精鋭部隊なの。――どう? いいセンスしてるでしょ」
「「……」」
私も桜も、その後ろにいる香菜すらも呆気に取られている。たしかにそういう人もいるのは知ってはいたが……ここまで徹底するとは。私とは違う意味で、彼女もこの世界を満喫してるらしい。
「あなたも結構好みだけど……残念だわ。あと20年も経てば最高なのに、ちょっと若すぎだわ」
「……なるほど、教えてくれてありがとう。気分は全然スッキリしないが、理由はハッキリした」
個人の趣向にとやかく言うつもりはない。驚きはしたが、そういうもんだと納得して思考を切り替える。ちなみにこれは必要のない情報だけど、賢者はあまり趣味ではなかったらしい。ユニークスキルがあるから重宝してただけだと言っていた。
ちょっと可哀そうになったが、始末をした私が言える立場ではない。
「それじゃあ、今度はわたしからもいいかしら。今後、あなたがどうするつもりなのかを知りたいのだけれど」
それからは、村に危害を加えなければ敵対する意思はないこと。ケーモスを拠点とすることに不満も興味もないこと。場合によっては、それ相応の支援をしてもいいこと。
この3点についてを順序だてて説明していく。相手の質問にも答えつつ、お互いに詳細を詰めていった。
1点目、村への危害については文字通りだ。森の入口に張ってある結界を超えてこなければいい。街の南にある草原地帯を全部農地にする予定らしいが、好きにしろと言ってある。
2点目の拠点についても、どうぞご自由にって感じだ。ケーモスの街に移って来た以上、私がどうこう出来る問題ではないし、仮に帝国を殲滅したところで、私たちが得るものはほとんどないからだ。獣人国を助けたところで、連中が味方になるとは限らない。
そして3点目は、いま北の門に集めている獣人たちに関することだ。彼らのうち、「開拓地への避難を希望する者がいたら引き入れたい」という提案をした。
どう考えてもこれがラストチャンスだ。たとえ少人数でも開拓民を確保しておきたい。その見返りには、拘束期間中の食糧支援、そして稲苗と野菜類を提供することで話が纏まる――。
「――ふぅ、意外と話ができる人で良かったわ。そっちに危害を加えることはしないから安心して、というか……たぶん無理だし」
「ちなみに、なぜ無理だと思ったんだ?」
「だって……あなたと他の何人かは見られないけど、後ろにいる人たちのレベルを見たら当然よ。どう考えてもこちらに勝ち目はないわ……少なくとも今のところは、ね」
「そんなこと教えてもいいのか?」
「別にいいわよ。どうせあなた、薄々感づいてるんでしょ? 出来れば大っぴらにしないで欲しいけどね」
「……なるほど。村の連中には話すけど、そっちには黙っとくよ。まあ、保証はできんけどな」
「ええ、それでじゅうぶんよ」
結局、天幕にある結界とメリー商会の結界はそのまま残すことで決着した。ここの結界を解除したところで、他の場所に移せば同じことだ。聖女もそれをわかっての決断なのだろう。
(しかし、見事なおっさんパラダイスだった……。取引もぜんぶ聖女が決めてたし、帝国のトップは勇者じゃなかったんだな)
◇◇◇
日本帝国との交渉を終えたあとは、天幕で待機していたみんなと一緒に村へと戻って来た。そのまま食堂に集まり、今後の対応についてを話し合っているところだ。
粗方の集計作業も済み、今回ケーモスへ転移して来た日本人は約9万人だと判明。これは、聖女の話ともおおむね合致している。
こうなると直近の問題は……帝国勇者の能力。そして、ケーモスの街にいる住民が何人やってくるのか。この2つかなと思っている。
聖女や剣聖も、勇者のことには一切触れなかったし、こっちが聞いてもやんわり躱されてしまった。秘密兵器ということなのか、それとも邪険にしてるだけなのか――。これについては情報収集が必要だと思う。
開拓地に何人やってくるかは……正直あまり期待してない。ケーモスの住民にとって、日本人は略奪者以外のなにものでもないのだ。どう考えても日本人の印象は最悪だろう。
同じ日本人が運営する開拓地。そんなところに来る人なんて、それほど多くはいないはずだ。
(まあそれでも……同じ獣人がたくさん住んでるし、元議長や領主だっているんだ。ちょっとでもいいから来てくれないかな)
「もしもーし、村長聞いてるー?」
そんなことを考えていると、夏希が肩をゆすってきた。
「ああ、ごめんごめん。街の住民をどうするかだったよな? なんか妙案でもあるのか?」
「わたしじゃなくてドラゴさんがね? 今日の昼から、街へ行って勧誘して来ようかって話だよ」
「お、そうなのか。それはすごくありがたいけど……ドラゴ大丈夫か? たぶん滅茶苦茶とばっちり食らうぞ?」
「そんなことは百も承知じゃ。なんにしても早い方がよいからの、儂とマリア、それにルクスも連れて行ってくるつもりじゃて」
(たしかにそのメンバーが最善だと思う。日本人が行っても無意味……どころか逆効果だし)
「そうだな、ぜひお願いするよ。――それで護衛はどうする? 私が結界を延ばしながらついてってもいいけど」
「無用じゃ、儂の家族を連れて飛んでいく方が良い。まあ任せておけ、悪いようにはせん」
「わかった。でも気をつけてくれよ? とくに向こうの勇者にはな」
こうして、獣人たちの説得はドラゴたちに任せることに――。「勇者と一戦交えるのもやぶさかではない」なんてことを言ってたが、できればやめて欲しい。もちろんドラゴが勝つだろうけど……あとあと面倒なことになるのは目に見えている。
「なあ村長、そろそろ聖女の正体を教えてくれよ。さっきも怪しげな問答してただろ?」
話の区切りがついたところで、冬也がそう問いかけてくる。他のみんなも気になっていたらしい。
「そうだな。結論から言うとあの女性は聖女ではない。本当の職業は『強盗』だった」
「強盗って……そんな職業あるのか? 盗賊とかならまだわかるけど」
「いや、強盗で間違いない。それより肝心なのはスキルのほうだ。私の鑑定結果では『強奪Lv4』と表示された。死んだ相手のスキルを奪うっていう定番のアレな」
最初はたしかに『聖女』と表示されていたのだ。だが話している途中、何回も鑑定をかけたらやっと偽装を見破ることに成功したのだ。春香の鑑定なら一発なんだろうけど……私の場合は効果半減だからな。
「おお、ついに出たなっ! 絶対ひとりはいると思ったけど、まさか帝国の聖女だったとはなぁ……あ、聖女じゃなくて強盗か」
「ちゃんとメモっといたから、みんなもしっかり見といてくれ。くれぐれも殺されないでくれよ?」
冬也じゃないけど、俺も「やっぱりいたのか」って印象だった。多少の制限はあるとはいえ、その能力は申し分ない。たくさんの人から奪ったスキルが、メモにびっしりと書かれている。
===================
職業:強盗
ユニークスキル:強奪Lv4
死亡した者のスキルを奪う
強奪上限:15
※レベルにより奪えるスキルの上限数が増加
※習得済スキルの場合はスキル熟練度が上昇
※ユニークスキルは強奪できない
※一度強奪したスキルは消去できない
スキル(14/15)
偽装Lv3
鑑定Lv3
探知Lv3
隠密Lv2
封術Lv2
剣術Lv3
身体強化Lv3
解呪魔法Lv4
水魔法Lv3
火魔法Lv3
治癒魔法Lv4
読心術Lv3
交渉術Lv3
空間収納Lv3
===================
有能なスキルが上から下までズラッと並んでいる。スキルの総数が上限より1つ少ないのは保険だろう。それこそ賢者の転移魔法を奪うつもりだったのかもしれない。
「治癒魔法と解呪魔法は、本物の聖女から奪ったのかもな。自分で殺したのかはわからんけど……とにかくすごいの一言だわ」
メモを見たみんな、とくに異世界ものに詳しいヤツらは大興奮だ。あれやこれやと考察しては、長所や欠点についてを話し合っている。結局昼までなだれ込み、食事のあともまだまだ続きそうな勢いだった。
「ドラゴ、こいつらの話は終わりそうにない。予定通り、街の住民たちの説得を頼む。無理をする必要はないから、早く戻ってきてくれよ?」
「わかっておる。途中で念話もいれるからの、心配は無用じゃ」
帝国による街の占拠に始まり、賢者の始末や聖女(偽)との対話。
実に慌ただしい2日間となったが、この騒ぎはしばらく続きそうだ。
(あっ、そうだった。武士の歓迎会もしないとだよな。今回一番の功労者だし、今夜は盛大に祝ってやろう)
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