第80話 『賢者』杏子の決断


異世界生活171日目



「勇人、一週間ぶりだな。元気にしてたか」

「はい! おかげさまで順調ですよ!」

「今日は前回のお礼もしたくてな、あのときと同じメンバーで来たよ」

「皆さんお久しぶりです。うちの皆も楽しみに待ってたんで、どうぞ中に入ってください」


 勇者たちのいる砦に到着すると、皆が温かく迎え入れてくれた。


 昨日、斥候のレヴに先触れを頼んだので、勇人たちとすれ違いになる心配はせずに済んだ。ここまでの道中も結界を固定しっぱなしにしてあるから、もう彼らが警戒することもなくなっていた。


 今日は午前中に情報交換をして、午後からは軽く修行をする予定だ。到着して早々、自然といくつかの輪ができて歓談が始まっていた。


 夏希と秋穂はお姉さんたちに囲まれて、今回持参した品物の品評会をしながら楽しそうにしている。

 気さくで甘え上手な夏希と、大人し目だけど可愛いらしい秋穂のペアはお姉さんたちに大好評だ。上手に妹役を演じてるし、傍から見てても自然な感じなのでお姉さんたちは気づいてないと思う。


 一方冬也は、剣聖の立花と聖女の葉月に剣の指南を頼まれており、近くの広場へと向かっていった。

 立花と葉月は、冬也と勇人の模擬戦を見て以来、すっかり冬也を気に入ったらしい。「師匠、師匠」とおだてながら冬也の両腕をがっちりホールドして連れ去っていく。その光景を見た勇人が嫉妬することもなく、穏やかな表情で見送っていた。



 私と桜たちは、勇人や杏子さんと一緒に庭のテーブルを囲んで雑談をしているところだった。細工師の子が新調したテーブルはとても見事な出来栄え。周りを良く見ると、砦の各所にある施設もだいぶ改造されている。


「ここもかなり発展したな。随分と住みやすくなったんじゃないか?」

「はい、みんなの協力のおかげです」

「何か足りないものがあれば遠慮なく言ってくれよ」

「……」


 ……なんだろう。勇人は言葉を詰まらせ、その表情も少し曇っていた。いつものように遠慮してるのか、それとも何か言いにくいことでもあるのだろうか。


そう思案していると、


「啓介さん、実は僕たち……街へ移り住むことを決めました」

「お、そうなのか。それで、出発はいつ頃の予定なんだ?」

「あれ? 止めたりしないんですか?」

「ん? 逆に聞くが、何でそう思った?」

「えっとですね……。僕たちに良くしてくれるのも、街へ行くのを遅らせようという目的があったんじゃないかと……」


 勇人も何となく感じ取っていたらしい。たしかに今しばらく、ここに居て欲しいという気持ちもあるにはあったが……。


「まあ、その目的が全くなかったと言えば嘘になる。だけど、勇人たちが決断したなら止めないぞ? 自分たちの好きなようにすりゃいいさ」

「よかった……このタイミングで出ていくのも、少し不義理な気がしてたんです。これで心置きなく旅立てそうです!」

「支援できることは少なくなるけどな。みんなが上手くいくように、影ながら応援してるよ」

「ありがとう啓介さん。――それでですね、旅立つにあたって一つお願い、というかお話がありまして」


 そう言葉を発した勇人は、杏子さんのほうを見つめながら頷いていた。


 私には何のことかサッパリだが、勇人から何かをうながされた杏子きょうこさんが、意を決した様子で私に語りかけてくる。



「啓介さん、私は街に行きません」

「ここに残って留守番するってこと?」

「そうではなくて、勇人たちとはここで別れるってことです。そして……ナナシ村への移住を希望します」

「……まじ?」

「大真面目です。勇人や他の子たちとも、何度も話し合って決断したことです。みんなの同意も得ています」


 慌てて勇人の顔を見るが、その表情には悲観や嫉妬のカケラもない。むしろ「杏子さんの決意を尊重している」って感じだ。


(いやいや、でもなぁ。2人はいい関係なんだろ? これはあとあと厄介なことに……)


 私がそんな邪推をしていると、


『何を考えてるか大体わかりますけど、この2人は恋仲じゃないですよ。そういう行為もありません。これは前回確認したので確かです』

 

 私の考えを読み取ったかのごとく、桜が念話で伝えてきた。


『啓介さんに黙っていたのは申し訳ないですけど、杏子さんの思いを汲み取ってあげてね』


 急に飛び込んできた新事実だったが、ずっと黙っているわけにもいかず、なんとか次の言葉を紡いだ。


「杏子さんみたいな人材が来てくれるなら、私としても大歓迎だよ」

「ほんとですか? ありがとうございます!」

「ただ、みんなの決意を掘り返すようで悪いんだが、これだけは聞かせてくれ。――勇人はこの決定に、本心から同意してるのか?」


 実に嫌らしい問いかけだけど、これだけは明確にしておきたい。じゃないとリスクが大きすぎて、杏子さんを受け入れることは容認できない。


「はい、本心から応援してます。今までずっと負担をかけてたし、申し訳ない気持ちとさみしい気持ちはもちろんあります。だけど、杏子さん自身の決断を僕は尊重したいんです」

「わかった。疑うようなことを聞いてすまん。杏子さんを村の一員として受け入れよう」

「僕も啓介さんのところなら安心です。別れは寂しいですけど、ここからはお互いの道を歩んでいきたいと思います」

「ところでさ。春香や椿も、このことは事前に知ってたのか?」

「はい、桜さんに聞いていました」

「わたしもー」


 前回、桜と杏子さんがヒソヒソ話してたのは、勇人との関係や移住の相談だったらしい。



 これ以上聞くのは無粋というもの、ひとまず村人になれるかを確認することにした。


 その場で居住の許可を出して忠誠度を鑑定させると、その数値は90という驚きの結果だった。これは初期の桜とほぼ同等の値だ。異世界ファンタジーの造詣ぞうけいが深いのと、桜からの説明も功を奏したんだろうけど、いきなりの高水準は嬉しい誤算だった。


「忠誠度も問題ないし、これで正式に村の一員だ。これからは村と私のために貢献してくれ」

「はい、精一杯努力します」

「杏子さん、頑張ってね」

「勇人、あなたのことも応援してるわ。今まで本当にありがとう」


 こうして、賢者の杏子さんが村人に加わることになり、そのあとも楽し気な会話が続いていった。




◇◇◇


 午後からは予定通り、各自が模擬戦をしたりスキルについての勉強会を開いたりして過ごしている。昼食のときには、杏子さんが村へ移住することを全員に伝えていた。砦のみんなもそれを祝福して、同時に別れを惜しんでいた。

 ちなみに、街への出発予定は5日後だったらしい。丁度いいので、次にメリナードが来る日に合わせて、街へ同行することに決まった。


 ああそれと、砦のみんなの能力鑑定をしたんだった。


 街へ行けば、良いこともあれば悪いこともある。自分たちの能力をしっかり把握した上で、新たな生活に臨んでもらいたい。と思い、春香にひとりずつ鑑定してもらいながら詳細を伝えさせた。


 全員大きく成長していて、この調子なら街でもそこそこやれるんじゃないかと思う。まあ、勇者ご一行ともなれば、厄介事に巻き込まれるのは避けようがない。本人たちもそれを加味して移住を決めただろうし、あとは彼ら彼女らがどうするのかは自由だ。

 今日までの交流で、信頼関係は構築できたと思う。余程の事がない限り敵対することはないと思いたい。



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勇人 Lv30

職業:勇者

ユニークスキル

全状態異常無効Lv-:あらゆる状態異常を無効にする

勇者の威光Lv-:ユニークスキルの効果が近くにいる仲間にも伝播<NEW>


スキル

剣術  Lv3<NEW>

身体強化Lv3<NEW>

光魔法 Lv2<NEW>

治癒魔法Lv2<NEW>

超回復 Lv3<NEW>

直感  Lv3<NEW>

幸運  Lv3

解体  Lv2

料理  Lv2<NEW>

空間収納Lv3<NEW>

限界突破Lv1<NEW>

消費MP減少Lv1<NEW>

取得経験値増加Lv1<NEW>

===============

杏子 Lv25

村人:忠誠90

職業:賢者

ユニークスキル:全属性魔法Lv3<NEW>

念じることで全ての属性魔法を発動できる

※レベルにより威力と範囲が向上する

スキル:

消費MP減少Lv2<NEW>

※魔法使用時のMPが20%減少する

治癒魔法Lv1<NEW>

対象に接触することで、MPを消費して傷を治癒する

===============

立花 Lv25

職業:剣聖

ユニークスキル:聖剣術Lv3<NEW>

剣の扱いに長け、威力が上昇する

※レベルにより効果が向上する

斬撃を飛ばしての攻撃が可能となる

※斬撃数2

聖なる衣を纏い、物理と魔法被害を軽減する<NEW>


スキル:身体強化Lv3<NEW>

===============

葉月 Lv24

職業:聖女

ユニークスキル:聖なる祈りLv3<NEW>

あらゆる傷や部位欠損を回復する

あらゆる状態異常、病気を回復する

体力と魔力を常時回復する魔法陣を展開する<NEW>

※レベルにより効果と範囲、回復速度が向上する


スキル:消費MP減少Lv2<NEW>

魔法使用時のMPが20%減少する

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