第70話 採掘士のベッケル


異世界生活161日目


 朝一番で馬車に乗り込み、鉱山で作業をしている連中と一緒に北の山脈へと向かっていた。

 昨日、鉱山関係者だった熊人のひとりに『採掘士』の職業と『採掘』のスキルが発現したので、その確認と鉱山の視察を兼ねている。


「村長、着きましたぜ」

「みんなはいつも通り作業をしてくれ。私はしばらく自由に見させてもらうよ」

「わかりやしたっ。みんな、今日も安全第一だぞ!」

「「「おおー!」」」 


 景気の良い掛け声とともに、各自が自分の作業へと別れていく。


 採掘作業は過酷な肉体労働だし、常に危険を伴う仕事である。そのため、絶対に無理はしないよう言いつけてある。号令を出していた熊人もその辺りは良く理解しているようで、しっかりと管理してくれている。


「採掘のスキルを授かったのは、あそこにいるベッケルだったよな?」

「へぇ、アイツぁ掘るのが得意でしたからねぇ。あっしも負けてらんねぇでさぁ!」

「ああ、期待しているぞ」


 番頭の彼にそう言ってからベッケルのいるほうに向かった――。


「ベッケル、悪いがさっそくスキルの使い勝手を教えてくれるかい?」

「ああ、構わんよ。なにから説明しようか」

「そうだな。今までと変化を感じたことならなんでも頼む」

「ならまずはコレだな」


 ベッケルはそう言って「カァン」とつるはしを一振り。すると岩盤に亀裂が入り、岩の塊がごっそりと崩れ落ちた。どう見ても掘れる量がおかしいし、力を入れたようにも見えなかった。大きめの漬けもの石くらいはある塊が、その一振りで掘れてしまったのだ。


「こんな感じでな、どこを掘ればいいのか何となくわかるんだ」

「こりゃ凄いな……。掘るべき場所が光って見えるとか?」

「光りはしないが、自然と意識が集中する感じだな」

「何かカッコイイなそれ。他には?」

「次はこれだな。よっ、と」


 今度は、いま掘った岩の塊を軽々と持ち上げてみせた。もともと力の強い熊人なのだが、採掘した岩はさらに軽くなるようで、片手でひょいっと、小石でも拾うかのようにしている。


「これのお陰で運搬のほうも余裕だ。手で持っても、荷車に積んで運んでも効果があるぞ」

「――そういえばこの荷車、車輪や枠が鉄製だな。どうしたんだこれ?」

「ベアーズの旦那が作ってくれたんだ。専用のレールも制作中らしいぞ」

「ほお、いい仕事してるなぁ」


 今は地面に木の板を敷いて運んでいるみたいだが、そのうちもっとスムーズな運搬が可能となるらしい。


 肝心の『採掘Lv1』の効果は『採掘作業の効率に上方補正がかかる』というものだった。実際、かなりの効果がでているようで、スキルレベルが上がればさらなる追加能力にも期待できそうだった。


「これだけ効率がいいと、相当な速度で掘り進められるんじゃないか?」

「ああその通りだ。でもまあ7日も経つと、掘り進めた坑道も元通りに塞がるけどな」

「前にも聞いたけど、それがここでの常識なんだな」

「少なくとも獣人領ではそうだな」

「元通りになった場所では、また鉱石が採れるんだろ?」

「しばらく経つとな。なぜそうなのかはわからん」


 大山脈にできた坑道は7日程度経過すると、あるとき一瞬で元通りになるそうだ。その仕組みは不明だが、トンネルを掘って東の領域に到達するのは無理みたいだ。


「坑道が途中で崩落したことは只の一度もない。だが、いつまでも掘り進めていると……。そのまま生き埋めになるってのが一番の死亡原因だ」

「うわ、それだけは勘弁だな」

「ああ、全くだ」


 この話のとき、私にしては珍しく閃きを覚えていた。掘った坑道、というか大山脈って村の敷地にできないかな……と。

 もし可能であれば、掘った坑道もそのまま維持されるのではないか。奥に進めば、ワンチャン何かレアな鉱石でも見つかるんじゃないか、と。


「なあベッケル、この坑道って今日で何日目なんだ?」

「5日目だ。余裕を見て今日で切り上げる予定だったところさ」

「ちょっとさ、ここに結界を張れるか試してみるよ。念のために一旦外に出よう」


 二人で外に出たあと、岩肌に向かって10mの幅で、長さも10mにして拡張をイメージする。


 すると結界が点滅状態となって拡がっていき、見事に山脈の岩肌をくり抜いていた。結界の高さが20mもあるので、ここから見ると巨大な洞窟が口を開けているような感じだった。


「「「うおぉ……」」」


 周囲で作業をしていたみんなも、急にできた洞窟を目にして驚きの声を漏らしていた。


「大山脈にも結界は張れるみたいだ」

「こりゃすげぇや。流石は村長でさぁ」

「どうだろう。結界もあるから崩落の心配もないだろうし、このまま固定してみてもいいかな」

「どうせなら、もう少し奥まで伸ばしてみませんかね? 正直、奥の方にお宝が眠ってないか興味がありまさぁ」

「だよな。折角だし、今回は30mまで伸ばしてみよう」


 私自身も興味があったので、少し奥まで伸ばして結界を固定した。


 万が一だが、穴が元に戻るかもしれない。一週間ほどは立ち入り禁止にして様子を見ることにする。そのあと何事も無いようなら、ここを拠点にして発掘する算段だ。


「これは夢が広がるなぁ!」

「こんなに深く掘ったヤツは今まで誰一人いないからな。オレも何が出てくるか今から楽しみってもんだ」


 番頭もベッケルもかなり期待しているようだった。


「だが中は真っ暗だからな。メリマスから街灯の魔道具をいくつか貰っておいてくれよ」

「りょうかいでさぁ村長!」


 そんなこんなで思いがけない収穫もあり、満足のいく視察となった。今すぐ行くつもりは無いけど、人族領や東の領域へ行くための進行ルートにも使える。きっといつか役に立つときが来るだろう。


 結局その日は、鉱山の作業を見学したり、大穴のせいで狭くなった分の敷地を拡げたりして過ごしていた。採掘の作業を志願してくれた猫人や犬人の男たちも、のんびりとだが真剣に作業をしている。それに採掘のスキルをコピーして、大体の感覚を掴むことができた。


 あとはどんなお宝が出てくるか……楽しみにしながら帰路につくのだった。



◇◇◇


 その日の夕方、村に帰還すると椿から嬉しい報告があった。村で飼っているクルック鳥の雛が生まれたらしい。鶏小屋を見に行くと、数羽の雛たちがピヨピヨと元気に鳴いていた。


「今日のお昼ごろに生まれたんですよ」

「可愛いもんだね。うちの田舎で飼ってたのを思い出すよ」

「啓介さんのご実家ですか?」

「ああ、じっちゃんが大事に育ててたんだ。――向こうで楽しくやってるのかなぁ」


 ここ数年は電話でしか連絡をとってなかったけど、あの元気の塊みたいなじっちゃんなら、今も日本でよろしくやってるだろう。


「それはそうと、育てかたは特殊だったりするんだろうか?」

「メリーゼさんに聞きましたけど、とくに手をかける必要もないそうですよ。親と一緒にしておけば問題ないそうです」

「お、そっか。それなら安心だね」

「村で生まれた初めての生命ですからね。元気に育ってほしいものです」

「ほんとだな。大切にしていこう」


 そんなこんなで、ダンジョン組も帰還してみんなで夕食を摂りながら今日の成果を話し合った。途中、家畜のことがキッカケで、生活水や飲料水確保の話になり、村の中心に水路を引くことが決まる。


 桜も毎日ダンジョンへ出向いているし、いつまでも水魔法を頼りにするのは悪い。幸いなことに川の水質は良好だし、北の源泉から村まで、ずっと結界で覆っているので水質汚染の心配もない。


 工事自体はそこまで急を要するわけではないため、私と農業班を中心に片手間でやっていくことにした。水路を敷地化してしまえば、伐採や除根は考えなくてもいいし、農耕スキルや土魔法を使えば割と容易に建設も進むはずだ。

  

「お風呂の管理は私がやりますからね!」

「桜さん助かりますー!」

「夏希は毎日朝風呂してるもんなぁ」

「なに冬也? なんか文句あんのー?」

「いえ、滅相もございません……」


 馬鹿め、風呂の話題は沈黙に限ると散々学んだろうに……。


 しばらく女性陣に説教を喰らう冬也だったが、それを助けに入る男性が現れるはずもなく、ひとり、また一人と逃げ出していくのだった。


 ちなみにおっさんは、一番最初に逃げました。



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