第62話 彼(彼女)らとの対話


 森から現れた3人は杏子きょうこさんと同じく、着ているものはボロボロだが、顔や服装からしても明らかに日本人だった。錆びついた小剣やナイフを装備していて、警戒しながらこちらを伺っている。


「杏子さん、大丈夫か!」

「ええ、一応相手に敵意が無いことは聞いたわ。まだ何もされてないから大丈夫よ」


 こちらに警戒をしつつも自分たちの砦へと移動。入り口付近に陣取る体制となった。


 杏子さんは3人と合流して何やら話し始めている。櫓の上には別の女性の姿が――じっとこちらを警戒している。私たちは静観を決めこんで、相手が話しかけてくるまで待つことにした。



 しばらくして方針が決まったのか、杏子さんがこちらに問いかけてくる。どうやらこの集団の交渉役は彼女のようだ。ほかの3名もすぐ隣に控えていた。


「先ほど、ここに来た目的を聞きましたが、正直信用できません。そう言って襲撃された経験が幾度もあるのでご理解ください」

「もちろんです。私たちの村も、過去2回、日本人からの襲撃を受けました。お互い警戒したままで構いませんよ」

「……なら、このままお引き取り願いたいのですが」


 当然こうなることは予想していた。だが私としてはこのまま引き返すわけにもいかない。なんとか取り次いでもらえるよう交渉を試みる。


「はい。偶然発見しただけなので、そちらがそう言うなら引き返します。ただ、お互い言える範囲で情報交換だけでもどうでしょうか」

「情報交換? それに意味はあるんですか」

「そうですね。このまま立ち去った場合、いつまでもお互いが未知の存在として警戒し合うことになるでしょう。なので、少しでも素性を明らかにして敵対心を薄めたいんです」


 今ならレベル差で全員殺すことも可能だろうが、こいつらは迂闊に手を出せない存在だ。森から現れた3人を見てそう確信していた。


「……でしたら、そちらの情報から提示して下さい。それに合わせてこちらも検討します」

「それで十分です。では、まずは私たちのこれまでについてから――」


 ひとまず話は聞いてくれそうだったので、私が転移してからの経緯を話していく。もちろん全てをさらけだすつもりはなく、隠すところは隠し、当たり障りのないところだけを語っていった。


 

 それから30分ほどは話しただろうか。相手の状況もある程度、というか思ったより詳しく知ることができた。


 最初こそ警戒されていたが、段々と緊張もほぐれてきたらしく色々と聞くことができたのだ。たぶん、初めてまともに会話できる相手だったんだろう。襲撃の話も聞いたが、下卑たヤツらばかりだった、と息巻いていたのが印象的だった。


 彼女たちの話によると、転移した日も状況も私たちと全く同じ。神やらなんやらとの接触もなく、突然この森へ転移したらしい。転移直後は、いま話している4人がたまたまこの場に居合わせたようだ。

 とはいえ、全員初対面で何の関係性もないと言っている。何日かは必死で生き延びていたが、杏子さんが魔法を使えることが判明してからは、生活も随分と楽になったみたいだ。


 話を聞く限り、杏子さんは私たちと同類のようだ。異世界転移にすぐ思い至って、自力で魔法を見つけたんだと……。雰囲気で言えば桜に近い感じで、春香ほど野性的ではない。


「それで啓介さん、街はそんなに危険なんですか? 同じ日本人が大勢住んでいるのなら、むしろ安全な気がするんですけど……」

「先ほども言いましたけど、人族との戦争が近いこと、なにより私たちも直接行ったことがないので、適当なことは言えないって感じです。あなたたちに何かあって、あとで恨まれるのは御免ですからね」


 街の存在を教えたときには4人とも驚いていた。どこまで続いているかもわからない森を抜け、あるのかも不明な街を探す。そんなことは無謀と考え、半ば詰んでいる状態だったらしい。今回、私からの情報を得たことで、街への進出を考えている様子だった。


「そうですか……。ここでの生活も悪くないんですが、やはりいろいろと揃っている場所へ移りたい、という気持ちもあります」


 杏子さんの発言に、ほかの3人もウンウンと頷いていた。


「うちの村からなら、街までの道を開拓してあります。歩きでも1日かからず到着できますよ。ここからだと正確なルートはわかりません。なにせ、初めて南側へ来ましたので」

「いえ、街の存在がわかっただけでも助かりました。前向きに検討したいと思っています」


 と、ここに来て初めて男性が口を開く。名前は勇人ゆうと、18歳の超絶イケメンだ。見た目はボロボロなのに、とても爽やかな空気を醸し出している。


「――あの、僕からもお礼を、貴重な情報感謝します。こちらばかり有益な情報をもらってしまい申し訳ないです」

「私のほうこそ、友好的な対話ができたのは初めてです。変な出会い方をして敵対する、なんてことにならなくてホッとしてますよ」

「僕たちもです。できれば今後も良き関係でいたいと思ってます」

 

 向こうの警戒もかなり緩んできた。そろそろ頃合いだと思い、本題にはいっていく――。


「実は1つ提案を思いついたんですが、聞くだけ聞いてみませんか?」

「提案、ですか? まあ聞くだけなら」

「はい。先ほどの話で聞いたあの建物、あそこに向かって私の結界スキルを試させて欲しいのです」


 ここまでの会話の途中、初期に住んでいたというボロ小屋の存在を知った。いまは物置と化しているらしい。


 他人の所有物を巻き込んで敷地にすることが可能なのか。


 これを試す大チャンスだった。この機を逃すと、次にいつ試せるかも不明だったため、なんとしても通したい案件だった。


「結界を張っても解除はすぐにできます。ただ、建物が消えてしまう可能性があることはご了承下さい」

「……みんな、どうだろうか。僕は良いと思うんだけど、皆の意見も聞きたい」


 勇人くん、相手の意見をちゃんと聞くあたり、オレ様ハーレム系の主人公ではないようだ。一人称もだし、物腰も柔らかい。


「私は良いと思うわ。やろうと思えば、私たちの住処に向かって問答無用で試せるはず。わざわざこうして確認をしてくる時点で、誠意は十分感じられるわ」


 そう発言した杏子さん、なるほど頭も良く回るようで状況をちゃんと把握している。


「あたしは、勇人がいいってなら構わないよ」

「わたしも異論ありません」


 残りの女性、立花りっかさんと葉月はづきさんの2人も良いらしい。なんとなく、勇人に依存しているような印象を受けた。


「啓介さん、僕らは大丈夫です。あの小屋も今は物置状態ですしね」

「ありがとう。ではこちらからの対価として、村で作った衣服と生活用品、それと武器や防具をお渡ししますね。明日また同じ時間に伺いたいんですが……よろしいですか?」


「え?」

「新しい……服」

「武器まで……」


 4人とも目を丸くして呆けていた。自分たちの提示したものに対して、破格の対価なのだからそうなるのも当然だ。


「あ、対価が多すぎて逆に怪しい……とか思わないでください。この検証は、今回チャンスを逃すと二度とできない重要な問題、だからこその対価です」

「いえ……疑ってはいません」

「ならよかった。それに4人分、あ、5人分程度なら十分余裕もあるので。気にする必要はないですよ」


 櫓の上にいる女性をチラ見してそう言った。


「……そうですか。それはこちらとしてもありがたい提案です」


 杏子さんはそう言ったあと、3人と顔を見合わせている。ここまで言えば、砦に隠れている人の分も要求してくるはずだ。そう思っていると案の定――、


「啓介さん、隠していてごめんなさい。実はあと5人の女性がここで暮らしています」

「そうですか、警戒して当然ですよ。――では10名分用意しますね。よければ服と靴のサイズを教えて欲しいのですが」


 相手に後ろめたさを感じてもらい、ちゃんと恩も着せた。初顔合わせならこんなもんで上出来だろう。


 そのあとは10人全員が顔を出すことになる。簡単な自己紹介を済ませたあと村に戻った。彼らの話によれば、杏子さん以外は全員10代後半、杏子さんは25歳だと言っていた。



◇◇◇


 村に戻ったあとは、ベリトアとベアーズの二人に装備の微調整を頼んだ。私たちも明日に備え、輸送準備に取り掛かる。


 夕飯どき、南に日本人が居たことを説明したのだが……。うちの女性陣たちは、「やっぱりいたのか異世界ハーレム野郎」とあざ笑っていた。


 男性は随分とイケメンでしたよ。そう椿が付け加えると、さらに大盛り上がりで男を囃し立てていた。本性は知らんが割といい奴っぽかったので、ちょっと勇人が可哀そうに思えた。



 あ、それと念話については問題なかったよ。ダンジョンの中でも街にいても、しっかり通じることを確認した。今後も大いに役立ってくれると思う。




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