第63話 交流2日目


異世界生活156日目


 今日も朝から南の砦に向かって出発。


 本日の随行者は、椿とラドとロアの三人だ。男女のバランスと現地人の紹介を考えての選抜だった。あと、ラドが荷馬車を扱えるというのも決め手だ。

 夏希や春香も同行を希望していたが、明らかに冷やかし半分な感じなので、丁重にお断りしている。


 

 昨日同様、結界を延ばしながら進んでいく。別に固定をしても良かったんだが……彼らには点滅した状態を見せている。変に怪しまれないためにもこのままにしておいた。


「ラドとロアは、相手の顔や特徴を覚えてくれ。戦士団、とくに斥候のふたりにはしっかり伝えるつもりで頼むよ」

「はい、お任せください」

「ああわかった」


 一応再確認しておいたが、相手への対応については、昨日の時点でしっかり話し合っている。とくにこれといった問題ないはずだ。


 道中の魔物は見つけ次第、馬車に乗ったままのロアが土魔法で倒していった。桜の影響なのか、以前に比べて随分と好戦的になっている。結構な頻度でダンジョンに籠り、オークを簡単にほふっているので当然と言えばそれまでだが――。なんにしても頼もしい存在なのは間違いなかった。



◇◇◇


 砦が見えると物見櫓には杏子きょうこさんがいて、こちらに手を挙げて答えてくれた。昨日と同じく、入り口の手前で止まり出迎えを待った。


「啓介さん、皆さんおはようございます。ずいぶん早い到着でしたね」

「おはようございます。今日はこの通り、馬車で来たので到着が早くなりました」


 なんと、10人総出のお出迎えだ。ちょっと不用心過ぎると思うが、相手側の誠意だと素直に受け取っておく。

 挨拶を交わすや否や、彼ら彼女らの視線はラドとロアに釘付けだった。初めて見る現地人、しかも獣人とくればさもありなん。興味深々という感じなので、さっそく自己紹介を始める。


「今日は私含め四人で来ました。この二人は兎人族の親子で、ラドとロアと言います」

「私はラド、森の集落を日本人に占拠され、途方に暮れていたところを村長に救ってもらった。いまは村の戦士として生活している」

「私は娘のロアです。村長からあなた方の事は伺っています。どうぞ仲良くしてくださいね」


 ピョコピョコと動いているウサ耳。彼らはそれに釘付けの様子だが、無視して話を進めていく。


「さてそれでは早速、持ってきたものを確認して下さい。服や靴は試着してみて、合わないようなら遠慮なく言って下さいね」


 そう言って荷下ろしを始めるが、当然、彼女らは結界に入れない。いったん結界の外に並べていき、手に取ってもらう――。衣服の着替えや防具の試着も兼ねて、持参したもの全てを砦の中に運んでもらった。

 

 それからしばらく経って、着替え終わった全員が戻ってくる。今までとはまるで別人のようだ。もともとが美男美女揃い、実に様になっていた。


「服や靴のサイズはどうですか?」

「ありがとうございます。全員、なにも問題ありません」


 5か月ぶりの新しい衣服や下着、全員のテンションが爆上がりしていた。いまも服の感触を確かめながら大はしゃぎしている。


「それは何よりです。武具や道具はこれで足りそうですか?」

「いやもう十分過ぎますよ! これでどんなに快適になることか……。本当にありがとうございます!」


 勇人ゆうとくんも大層喜んでいるようだ。その姿を見て周りの女性が嬉しそうにしている。何ともまあ、うらや――微笑ましい光景だった。


 凛々しい風貌の立花りっかさんは、剣を両腰と……背中にも帯剣していた。何度も剣を抜き差ししながらニヤついている。その喜ぶ様は、若干の狂気すらはらんでいた。そういう特殊性癖の持ち主なんだろうか。少し気になる。


「それにしても、転移してからの短い期間で良くここまで……あ、もちろん良い意味でですよ?」

「最初の頃は生きるか死ぬかで必死でしたよ。みんなの協力でやっとここまで来ました」

「村での生活は……、さぞ充実してるんでしょうね」


 そう返してきた杏子さん。その言葉には少し含みもあったが、大体その意味は理解している。


「ああ、大丈夫ですよ。皆さんがお互い、強い信頼関係にあるのはわかっているつもりです。無理に村へ勧誘したり、過度な干渉はしないので安心してください」

「あ、ごめんなさい。啓介さんはもうお見通しのようですね」

「皆さんの関係がどのようなものであれ、それを他者がどうこう言う権利なんてありませんよ。突然、こんな状況に放り込まれれば猶更なおさらです」


 杏子さんは、自分たちのハーレム状態を多少なりとも歪なものだと理解している。それでも今の関係を崩したくはない、と言ったところか。


「では、こちらも結界の検証をしても良いでしょうか?」

「あ、はい。中の荷物も移動させたました。いつでも大丈夫ですよ」


 相手の確認も取れたので、さっそく物置に向かって拡張をイメージする。が、一向に反応が無い。やはり他人の所有物があるとダメなのか。そう考えていると椿が――、


「啓介さん、既に延ばしている結界を一度固定してみては?」


 ああなるほど、飛び地を同時には拡張できないってことか。一理あるなと思い、杏子さんたちに声をかける。


「皆さん、いったん今張ってる結界を固定してもいいですか? 村に戻ったら必ず解除しますので」


 私はそう言ったが、相手は意味が良くわかっていないようだ。仕方なく当たり障りのない程度で結界についての説明をした。


「なるほど……そういうことならどうぞご遠慮なく。こちらは既に対価を受け取ってますので」


 相手も問題ないと言うので、まずはここまでの道を固定する。と、点滅が収まり、いつも通りの結界が張られる。続いて物置小屋に向けて敷地の拡張をイメージ、今度は無事に点滅状態となった。


「建物は残ったままだな。じゃあ次は固定するよ」


 結果、結界の中にある小屋は、それまでと変わらない状態で残った。他人の所有物があっても敷地の拡張は可能みたいだ。


「椿、アドバイスありがとう」

「村の安全性がさらに高まりましたね。上手く行って良かったです」


 念のために小屋の中に入ったりして確認したのち、小屋周りの結界を解除しておく。


「皆さんありがとうございました。無事検証が終わってやれやれです」

「そうですか。正直、とんでもない能力を見せられて驚愕しています」


 杏子さんは、この能力の使い道を正しく理解しているようだ。


「こちらの切り札を見せたのも、敵対する意思がない証だと。そう思ってもらえるとありがたいです」

「それは十分理解しています。現状、こんな回りくどいことをしなくても、やろうと思えば一瞬で制圧できますもんね」

「敵対者には一切容赦しませんけどね。自分の能力に溺れて増長しないように、普段から気を付けているつもりです」


 信用を得られた、とまではいかないが、能力の開示や支援品によって予想以上に警戒は緩くなったと思う。その証拠に、砦の中を見せてくれたり、海での漁や塩の作り方を教えてくれた。

 たぶん、きのう別れたあと、いろいろ話し合って決めていたのだろう。案内もスムーズに行われ、少し大げさに思えるほどの歓迎ムードだった。


「それにしても、杏子さんの魔法は凄いですね。土魔法だけじゃなく、火も水も風も使えるとは驚きです」


 海沿いの断崖絶壁。これを土魔法で操作し、側面を階段状にして降り口を作っていた。手すりも付いていて安全に降りられる。

 降りた先には洞窟があり、そこを拠点に塩作りや漁をしていたのだ。岩肌を丸っとくり抜いた洞窟、これも杏子さんのお手製らしい。


「まだ全てを把握してませんが、異世界ファンタジーよろしく色々とためして習得したんですよ」

「ああー、わかるわかる。私も同じことやったよ。正直、この知識に助けられたことが何度もあったなぁ」

「私以外は、そういったものに興味が無かったらしく、最初はちょっと恥ずかしい思いもしましたけどね」

「うちは椿以外、みんな大好物なヤツばかりでね。そういう意味では運が良かったよ」


 やはり、同類同士は話も弾む。近くではラドやロアを囲んで、他の皆もワイワイとやっていた。


 ちなみに今は砦の中に招かれている。もちろん結界はなしだ。全員の鑑定は済ませ、レベルも10前後なのは把握している。こちらの誰も引けを取ることはないし、最悪は結界を張って追放すればいいだけだ。今はとにかく、彼らと友好関係を結ぶのが最優先と判断しての行動だった。


 

◇◇◇


 その後も和気藹々と雑談が続いた。


 昼食の時間となった際、椿特製のおにぎりとパンを差し入れたときは、全員、目が飛び出るほど驚いていた。口にした瞬間にはほとんどの者がむせび泣いていたよ。というか、いまもそれが続いている。


「おいしい……おいしいよぉ」

「うう、懐かしい味だ……」

「ガブガブッ、もぐもぐっ、グスッ」


 食べきれない量を持ってきたつもりだったが、この様子だと全部なくなるかもしれない。私と椿も、久々となる新鮮な海の幸を堪能できて満足していた。お土産にも持たせてくれると言うので喜んで頂戴する。


 久しぶりの懐かしい食事、それに綺麗な服と便利な道具も手に入れた。緊張や警戒が最も下がった今が頃合い。そう思い、私は話を切り出した。


「みんなちょっと良いかな」


 勇人たち全員が一斉に私のほうを向く。その表情は穏やかで警戒心も全く感じられない。



「私がみんなと仲良くなりたい一番の理由、それを今から話したい」




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