第39話 街の農地事情
異世界生活58日目
翌日の午前中、集落に向かって伐採作業をしていると、森の影からラドたちの姿が見えた。全員揃って元気に手を振っている。
「皆おかえり、元気そうで良かった」
「ただいま村長、交易は上手くいったぞ」
みんなの背には荷物でてんこ盛りの
「それにしても、もうここまで進んでいるとは……」
「早くラドたちの負担を減らしたい。みんな張り切ってやってるよ」
「ありがたいことだ。さて、いくつか報告もあるのでな。一緒に村へ行けるだろうか?」
「大丈夫だ。冬也、ここは任せる」
「おう、ゆっくりして来ていいぞ!」
伐採作業を冬也とロアたちに任せて村へと戻る。荷物整理もほどほどにして、ラドと庭にあるテーブルで腰を下ろした。
「ラド、疲れはないか? なんなら話はもう少し後でも――」
「いや問題ない。昨日は集落でゆっくり休んだからな」
「そうか、なら早速聞かせてもらうよ」
ラドが言うには、今回の売れ行きも好調だったようだ。購入品についても予定どおりに買えて、余剰分は硬貨で持ち帰っていた。
「あーそれとな。指示には無かったが斧や大工道具、裁縫道具も一式購入してきたんだが……良かっただろうか?」
「おお! ちょうど次の交易で頼もうと話してたんだ。とても助かる」
「なら良かった、他にもあれば後で教えてくれ。で、重要な報告が2つあるのだが――」
コクリと頷いて続きを促した。
「1つ目だが、街の近郊で生産している作物の育ちが悪くてな、食糧不足はまだまだ続きそうだ」
「その原因はわかるか?」
「聞いた話では、街で働いている日本人のスキルによるものらしい」
(なんだろう? 調子に乗ったヤツが何かやらかしたんだろか)
原因を詳しく聞くとこういうことだった。
もともと食糧は不足がちだったが、日本人が現れたことでさらに消費量が増した。と、そんなおり、『農耕』スキルを持つ日本人が登場する。彼らの育てた作物はものすごい早さで育ち、収穫量も増えた。これにより食料問題は解決したかに思えた。
だが2度目の栽培からは違った。作物の病気や育成不良により収穫量が激減してしまったのだ。現在は新たな耕地を拡げることで、なんとか収穫量の維持をしている。
「……なるほどね。たぶんだけど、畑の地力が回復してないんだな。土の栄養不足なんだと思う」
「連合議会が主導で決定したこともあり、日本人にはお咎めはないみたいだが、ままならんものだな」
「うちの村には『豊かな土壌』の効果があるから大丈夫だけど、普通だったらこうなってしまうのも仕方ないね」
ちなみに街には、百人以上の農耕スキル保持者がいるらしい。
「今すぐ食糧難になるかな? それと、村から食料を持ち込むと悪目立ちするだろうか」
「いや、最初の収穫分もあるからな。麦などは保存が効くし、しばらくは平気だろう。それに村から運搬できる量は少ない。味の面では目立ってしまうだろうが、持ち込む量には問題ないと思うぞ」
確かに、このまま少量ずつの取引なら問題ないようにも思える。
「我らはこの話を聞いて、村の恩恵に改めて感謝したぞ。色々あったが……村長に出会えて幸運だった」
「それはお互い様だよ。それでもう1つの報告ってのは?」
「ああ、こっちが本題なんだ。村長は『
「直接見たことはないけど、日本の物語には出てくるよ。生産チートの1つだし、結構有名なスキルかな」
「チート? というのはよくわからんが……。錬成魔法は、鉱石をインゴットに変えてしまう魔法らしい。それも一瞬でだ。鍛冶の方もそのインゴットを使って、簡単に武器や防具に加工できるようなのだ」
両方ともとても魅力的なスキルだ。是非とも村に欲しい。――しかしそれの何が問題なのか、とラドへ問うと、
「街では今、日本商会なるものが設立してな。鉱山奴隷を買い上げて、採掘から製錬、武器防具の加工で商売を始めているらしい」
「日本人に権力を持たすようなこと、連合議会が良く承認したな? 普通なら警戒して許可しないだろ?」
「領への多額の納税と、人族に向けての兵器確保。この2つが決め手になったらしい」
「ほぉ、その日本商会を警戒しとけってのが2つ目の報告だな?」
「もちろんそうなんだが、肝心なのはこの情報をくれた者のことなんだ」
どうやらまだ何か続きがあるらしい。ラドが居住まいを正してこちらを見やる。
「これらの情報は街の鍛冶職人から聞いたんだ。さっき言った日本商会ができたことで、元々街にあった鍛冶屋が大打撃を受けたそうだ」
「販売価格の差とかかな?」
「ああ、日本商会は市場の半値以下で販売している。とても太刀打ちできんと言っていた」
なんだその日本人、馬鹿なのか? いくらなんでも無茶し過ぎだろう。それとも後々の問題に対処できるような、賢い対策とか特殊能力でもあるんだろうか。
「そんな暴挙を許す議会にも嫌気がさしたらしい。それで話しているうちに、我らの集落に来たいと言ってきたのだ」
「にしても、わざわざこっちに来なくとも、ほかの街へ行くなり、ほかの職を探すのが普通なんじゃないか?」
「それについては、村から持って行った芋がな……。あの味の虜になっているんだ。なんでも街中で噂されるほどの人気らしい」
「まだ2回だろ? 街で売ったの。――なあラド、うちの芋ってそんなに旨いのか?」
サイズも大きいし、味もたしかに良いが……いくらなんでも、そこまでとは思えない。獣人たちとは味覚が違うのかもしれんけど――。
「街や集落で作ってるものを食べればすぐわかる。いやしい話だが、私も既に村の芋以外食べたくない。そう思えるほどには心を奪われておるよ」
(街の食べ物はあんまり旨くないのかな)
まあ考えてみれば、日本の品種はどれも改良に改良を重ねて、味も品質も良くなっている。普段から食べ慣れていて、認識できてないだけなのかも知れない。
「鍛冶ができる人材なら是非にでも欲しいが、そもそも信用できる人物なのか?」
「親の代から付き合いがある。決して悪い奴ではないよ」
「そうか、ラドが言うなら大丈夫だな」
その鍛冶職人は、父親が他界して鍛冶場を引き継いだばかり。母親や兄弟もいない独り身らしい。職人ひとりが街から出て行っても、この状況なら不自然でもない。そういうことならなおさら受け入れたかった。
「ちなみに芋って、集落で育てていることになってるよな。村の存在もまだ知らないと?」
「ああ、次回の交易まで返事は待ってくれと言ってある。村のこともまだ話していないぞ」
「なら、次の交易帰りに連れてきてくれるか? 村のことは街を出た後に話してくれ」
「村の良さを存分に語っておくよ。忠誠のこともあるだろうからな」
「ああ、ラドになら安心して任せられる」
「わたしからの報告は以上だ」
食料問題と日本商会、街の動向も少しきな臭くなってきている。交易に関しては、あまりのんびりとはしてられない状況だった。
ラドとの打ち合わせのあと、ほかのみんなにも経緯を話して情報を共有した。鍛冶職人の受け入れには反対もなかったが、日本商会の存在には注意が必要だ、と何人かの意見が出た。
「食品を扱う商会ではないにしろ、同じ日本人ですからね。日本産の芋だということは遠からずバレますね」
「この村の存在がバレるのはまだいい。どうせいつかはわかることだからな。それより、交易中のラドたちが襲われたり拘束される方が心配だ」
「様子を見ながらですけど、怪しい気配が少しでもしたら、しばらくは街へ行かないほうが良さそう……」
「ああ、塩の在庫もある程度は確保できたし、無理をする必要はない」
その日の午後からは、3度目となる芋の収穫を手伝った。街の農地事情を知ったこともあり、『豊かな土壌』の効果をより実感していた。
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