第29話 もうひとつの集落


異世界生活38日目


 村会議から4日が過ぎ――。


 あれからルドルグと夏希が頑張ってくれたおかげで、2台の機織はたおり機が完成していた。昔、日本にあった「ガシャンガシャン」とやる物に似ている。鶴が恩を返してくれる話しのアレね。


 今は3台目を作成しているところで、それがおわり次第、家の建築に戻ると言っていた。ラドたちには悪いが、寝泊まりしている浴場に機織はたおり機を設置している。もう少しで自分たちの家が完成するので、それまでは我慢してもらうしかない。

 

 一方で、肉と魔物素材を確保するために、狩猟班の冬也と桜が兎人の男2名を連れて狩りに行っている。兎人の聴覚により魔物を察知できるので、随分と効率が上がったらしい。ラド曰く、村の南側に大蜘蛛が多くいるそうなので、そちらを重点的に攻めている。



「啓介さん。明日、芋の収穫をしたいと思うので人手をお願いします」

「お、もう2度目の収穫なのか。ラドも楽しみだろ?」

「もちろんだ。村の芋は絶品だからな、私もぜひ収穫を手伝わせてくれ」


 椿やラドと一緒に畑の手入れをしながら、明日の収穫に向けて準備をしているところだった。ここ最近は気持ちの焦りも薄れてきたし、充実した日々を送れるようになってきた、と、しみじみ感じている。


「ところでラド、前に大山脈の話をしてくれただろ? 絶壁の大きな山がずっと続いてるってヤツ」

「ん? それがどうかしたか」

「今更気がついたんだけど。そんな大きな山なのにさ、なんでここから見えないんだ?」


 普通の速度で歩ければ、村から北に2~3時間も行けば山があるのだ。そんな距離なら村からも目に入るはずなんだが……山の方角を見ても、空と雲しかないのは明らかに不自然だった。


「良くわからん。近くまで行けば普通に見えるんだが、ある程度離れると何故か見えなくなるのだ」

「北までずっと続いてるんだろ? 全部そうなのか?」

「人族領はどうか知らんが、獣人族領ではそうだ。魔族の呪術とか言われているがな。全部ただの噂だ。とくに害もない」

「そうか、不思議な場所なんだなぁ」


 ここは異世界なんだし多少のことは気にしてもしょうがない。この現象もきっと、神がかり的な何かなんだろう、とでも思っておくことにした。


「ラドさん、私もひとつ疑問があるんですけど……いいですか?」


 私に続いて、どうやら椿も聞きたいことがあるようだ。


「何かな、判ることならいいんだが」

「ここ一帯は大森林って言われてますけど、どうもその割には規模が小さい気がしてまして……。いえ、たしかに広いですけど」

「ああそのことか――。本来、大森林とは、そこの川から東のことを指すんだ。街の高台から見ると良くわかるんだが、ずっと奥のほうまで広大な森が延々と続いている。それで、ここを含めて大森林と呼ばれているのだよ」

「なるほど、そういうことだったんですね。ありがとうございます」

「いやいや、役に立てたようで良かった。ほかにも何かあれば遠慮なく聞いてくれ」


 ラドの説明に、私もなるほどと思った。いったい東の森はどうなっているのやら……。


「じゃあついでに聞くけど、この森にはラドたちのほかに兎人族の集落はあるのか?」

「……10人で暮らしている集落が、1つだけある。そのほかの兎人族は、街や街の西にある森で生活してるのがほとんどだ」

「その森もここみたいに大きいのか?」

「いや、至って普通の森と聞いてるぞ。行ったことはないので、詳しいことまでは知らないがな」


 西にある森の部族とは交流してない様子だ。


「なるほど、それでもう一つの集落ってのはどの辺りにあるんだ?」

「ここから南西の方角だ。我々の集落からだと、南に半日の距離にある」

「ふむ……。街への迂回ルートとして距離的にも良さそうだし、途中で寄ることは可能か?」

「十分に可能だが……、ここへの移住を考えてくれているのか?」

「相手の意思次第だけどな? それに助けるわけではない。村の人手を確保するためだと思ってくれ」

「ああ、それは十分承知している」


 ラドたちの集落みたいに襲われる可能性もあるし、あと10人増えようが何も問題ない。むしろ、人手がもっと欲しかったので好都合だった。


「なら、直接ラドが誘ってみてくれ。村のルールや忠誠のこともしっかり伝えてくれそうだしな」

「わかった。掛け合ってみる」



◇◇◇


異世界生活40日目

 

 一昨日おこなった芋の大収穫に続いて、本日はいよいよ米の脱穀作業を開始する。乾燥期間がこれでいいかは不明だが、冬也の動画情報を頼りに日取りを決めた。


 俵や袋がないので、倉庫の中に大きな桶をいくつか作ってもらい、そこに玄米や精米を分けて保管するつもり。万能倉庫ならば品質劣化も防げるので、酸化や害虫の心配もないはずだ。

 


 千歯こきを使って順調に脱穀をしていく。思ったよりも、もみと一緒に稲わらがついているが……気にせずどんどん進める。

 脱穀した後は、夏希特製の臼に投入して杵で突いていった。何度も何度も突いていくうちに、稲わらについていた籾もきれいに取れてきた。さらに籾を突き続けることで籾殻も外れていった。


 あとはそれをザルに移して、揺すりながら息を吹きかける。軽い籾殻だけが飛んでいき、玄米だけがザルに残る。人力作業なので1サイクルで脱穀できる量は多くない。が、作業自体は順調に進んでいった――。


「思ってたより上手くいきそうだね」

「そうですね、ただこのペースだと結構な日数が掛かります。いつ終わるかわかりませんよ」


 穂の付き具合からして、収穫量が通常の2倍以上はある。豊作なのは嬉しいが、やはり手作業では進みが遅すぎた。


「稲わらは住居の屋根材になる。すぐに使いたいから、先に籾だけ落とそうか。籾摺りや精米は後回しにしよう」

「わかりました。予備の千歯こきも使って集中的にやりましょう」


 粗方の脱穀手順を確認してから、兎人たちの居住予定地へと向かった。


 

「ルドルグ、そろそろ稲藁をこっちへ運ばせるぞ。どこに置いとくか指示しといてくれ」

「おお長か、昼前には骨組みが仕上がるからよぉ! そのあと屋根に取り掛かるぞ!」

「仕事が早くて助かるよ。何か手伝うことはあるか?」

「とくにはねえな。こっちは儂に任せときゃいいからよ、機織りの様子でも見てきたらどうだ?」

「そうだな、ならちょっと見てくるよ」

     

 家の建築はすこぶる順調に進んでいることだし、私自身も機織りには興味があった。ルドルグに後を任せて、夏希のいる機織場の様子を見に行くことにした。



「みんな、調子はどうかな?」

「あ、村長っ。やっぱり手順さえわかればバッチリだよ! ほら、ちょっと見ててね!」


 そう言う夏希は、器用に織機を操作して布を織っていく。その動きに迷いはなく、熟練の職人のような手さばきをしていた。


「細工師ってほんとにすごいんだな。それにしても、蜘蛛の糸が繊維扱いになるのは不思議だよな」

「細かいこと気にしちゃダメですよー。それよりもっと褒めて下さい!」

「ああ、村の家計は夏希の腕に掛かっている! よろしく頼むぞ!」


 冗談めかしてそういうと、近くで作業している兎人の女性陣も一緒になって笑っていた。だが実際、夏希の腕前には舌を巻いており、みんなが褒め称えている。それを聞いた夏希も、満面の笑みをこぼして嬉しそうにしていた。

 

 ――その日の夕方には、兎人用の住居が2軒完成。子連れの家族がさっそく移り住んだ。


 住み慣れた家を前に、大はしゃぎする子どもたち。その様子を見たルドルグも、非常に満足しているようだった。




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