第28話 大工のルドルグ
異世界生活33日目
この日ついに、待望の日を迎えていた。実りに実った稲穂畑、その収穫作業を開始したのだ。広い範囲を手作業でというのは大変だが、村人が増えたこともあり、順調に稲が刈られていく――。
そんな一方、兎人の住居を建てる準備も始まっていた。集落で建築を担当していた兎人。その人の指示のもと、材料の運搬や加工、地盤の基礎作りをしている。冬也と夏希、それに土魔法使いのロアが手伝っていた。
族長宅と4組の夫婦用、それと独身の女性用もひとつ。計6軒を建てる計画で工事を進めている。
「椿、ちょっと家のほうを見てきてもいいかな」
「はい、ここは任せてもらって大丈夫ですよ。いってらっしゃい」
「何かあったら呼びに来てくれ」
収穫作業を椿たちに任せ、居住区画のある西エリアへと向かう。と、こちらも忙しそうに動き回っていた。
「あ、村長お疲れさまー! 収穫のほうは順調にいってる?」
板材の加工をしていた夏希が声をかけてくる。相変わらず見事な手ぎわで建築用の部材を量産していた。
「ああ、問題なく進んでるよ。こっちはどんな感じ?」
「それがもう凄いんですよ! あれを見て下さい。もう骨組みが完成してるみたいですよ!」
夏希に言われたほうを見ると、確かに三角屋根の骨組みができていた。
「おお、歴史の教科書で見たことはあるが……実物は初めて見た。こうやって組み立てていくのか。なるほどなぁ」
そこに見えているのは、縄文時代の竪穴式住居そのものだった。地面は掘り下げられており、その周りに三角錐の骨組みがあった。始めて見る実物に思わずテンションが上がっていく。
「いいよねー、私も住んでみたいなー!」
あ、俺も俺も! と思ったが、グッとこらえて頷くだけに留めた。
「引き続きよろしく頼むよ」
そう言って建築現場へ歩いていく。
「みんなお疲れさま。こっちも順調に進んでいるようだね」
「おお長よ、儂の手にかかりゃあ、これくらい余裕ってもんよっ!」
大工のルドルグが、兎耳姿に似合わない口調で元気に返してきた。若干、江戸っ子口調が混じっているので、そのうち「てやんでぇ」とか言いそうである。
「夏希とも話したけど、手際の良さに関心してたところだよ」
「ったりめぇよ! と言いてぇが、ロアの土魔法と嬢ちゃんの加工技術のお陰だな!」
口調はアレだが、他人を褒めることを忘れないあたり、気の良いおっちゃんと言う感じだった。
「おいルド爺! オレだって役に立ってるだろ!」
「ん? ああ坊主の腕力もすげぇからな。助かってるぜ、強き雄よ」
「えっ、お、そうか。わかってるならいいんだけどさ……」
冬也たじたじである。褒められて照れちゃうところはいつ見ても面白い。
「そう言えばさ、これだけの大工道具をよく持って来られたな。ゴブリンに襲われたんだろう?」
「ああ襲われたさ。だがこの道具は儂の全てだからな。簡単には捨てられねぇよ!」
「そうか、大切なものなんだな」
これは後で聞いた話しだが――、ルドルグの親父も祖父も、代々集落の大工をしており、道具は形見みたいなものらしい。
「それとルドルグ、私の家みたいな感じのも建てることは可能か?」
「ああ、似たようなのはな。ただ、材料は木材か石材になるぞ」
「ならさ、皆の家を建て終わったらでいいから、集会所みたいな大きめのを1軒建てる予定で頼むよ」
ルドルグは、少し思案してから了承してくれたのだが……。
「けどよぉ、最低でも釘は欲しいな。長に貰ったヤツだけじゃあ、品質は良くても数が足りねぇ」
「そうだよなぁ……」
そうなのだ。街に行けば釘を手に入れられるんだが、その途中には占拠された集落がある。昨日ラドとも話したが、まだいい案が浮かばないでいた。
「街への買い出しの件もあるし、近いうちに解決策を見つけるよ。計画だけはしといて欲しい」
「わかった。そこは完璧にやっとくから任せとけっ」
こうしてこの場を去り、家に戻ってからもずっと頭を悩ませることになるのだった。
◇◇◇
異世界生活34日目
今日も昨日に引き続き、稲の収穫と建築工事に分かれて作業をしている。収穫作業の進捗が思いのほか良かったので、建築のほうに人員を多く回すことができた。
そして現在は主要メンバーを集めての会議中だ。話し合いをはじめてから、かれこれ1時間は経過していた。
「よし、今までに出た問題点を整理してみようか」
問題点
・塩の残量が厳しい。切り詰めたとしても後10日程度しかもたない
・調理器具が少ない。人数分の調理が一度にできない
・釘や道具が足りない。集会所兼宿舎の建築に取り掛かれない
・占拠された集落の転移者が邪魔。街へ行くには大きく迂回するしかない
・お金がない。買い出しのために、通貨もしくは売れる物を用意する必要がある
・街の状況がわからない。迂闊に行くと危険を生じる可能性がある
見事にないない尽くしである……。
「直近の問題はこれくらいですかね」
「これくらい、というか問題だらけだねー」
「まあな……、優先順位はどうだろう?」
「まずは塩ですかね。購入する対価を用意する問題にも繋がりますけど」
塩の確保を推す椿に対して、冬也と夏希がこう返した。
「南の海に行くってのはどうかな?」
「冬也、たとえ海に辿り着けても、塩をとる方法がわかんないでしょ? それに道具もないし」
南の海で塩をとる案だったが――。安全面の心配もあり現状では難しい。と、あっさり却下されていた。
「じゃあ街で購入か? そうすると何を売るかになってくるよな」
「それもあるし、街の危険も考えないと」
なかなか難しい問題だが……。冬也の言うとおり、多少のリスクを負ってでも街には行きたい。
「街の危険については、この際考えなくていいと思うぞ。村長が行く以外だったら問題ないだろ」
「え? どういうこと?」
冬也の発言に夏希がポカンとしている。
「仮に何か危険があってもさ、村長さえ無事ならいい。この村の維持には問題ないってことだ。それがナナシ村の絶対ルールだろ?」
「あ、そっか。村長が行かなきゃ問題なさそうだね」
二人とも平然と話しているが、私としても貴重な人材をみすみす手放す気はない。話が危険な方向に進みそうだったので、注釈を入れておく。
「二人の覚悟は良くわかったよ。リスクを考慮したうえで、購入するための対価と、誰が行くかを決めよう」
「村長、私も発言して良いだろうか」
「どうしたラド、遠慮なく言ってくれ」
今まで静観していたラドが初めて口を開く。何か妙案でもあるのかと待っていると――、少し声を張りながら次の言葉を発した。
「街へ行く意思がある者、すぐに名乗ってくれ。ただし、少しでも迷いがあるものはダメだ」
突然、私の顔を見ながらそう言った。そして少ししてから頷き、また話し出した。どうやら兎人たちに確認を取っていたらしい。こっちを見ながら話すもんだから、思わずビビッてしまったよ……。
「村長、私を含めて7人、街へ行く意思がある。人数の調整は任せる」
「そうか、助かるよ。名乗ってくれたみんなもありがとう。その時はよろしく頼む」
状況次第ではあるけど、私たち日本人が街へ行くと、門前払いを食らったり、ここの存在を知られる可能性がある。正直、ラドたちの申し出はとてもありがたかった。
「じゃあ、あとは何を売るかだねっ」
「村にあるもので売れそうなのは、米、芋、野菜でしょうか」
「そうだね、でも米はなるべくなら外に出したくない。日本米だからな、勘ぐられて村の存在が怪しまれそうだ」
「村長、倉庫にある魔物の素材も売れるぞ。とくに大蜘蛛の糸は加工すれば良い値で売れる」
ラドに言われて、倉庫に眠らせたままの素材のことを思い出した。
「魔物の素材か。でも加工はできないだろ? 道具がないし」
「
「あっ、もちろんお手伝いしますよー。わたしも興味があるしっ!」
「じゃあ、夏希はすぐ取り掛かってくれ」
そう言われた夏希は席を立ち、脱兎のごとくルドルグのいる方へ向かっていった。
「ラド、糸の加工はできるんだよな?」
「ああ、部族の女は全員な。道具さえあれば何も問題ない」
最終的には、出発の予定日を10日後に設定した。街との交易という目標のもと、各自が行動に移っていく――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます