第6話 やっぱりここって!

 

 部屋に案内する頃には日も沈みかけ、外はだいぶ暗くなっていた。


 電灯も点かないので部屋の中は妙に薄暗い。そんな状況の中、三人はリビングにあるテーブルに向かい合って座っている。


 当然食事もまだだろうと思い、食パンの残りや、冷蔵庫にある適当なものを出してみた。疲れと不安からか、ペースは遅いがちゃんと食べているようだ。どんな状況だろうと、やっぱりお腹は空くよね。


 本当は、もっと詳しい事情を聴いたり、ある程度の情報共有をしたかった。が、どう見ても疲労困憊な感じ。今日はもう休ませることに。


 来客用の布団を用意して、そのままリビングで寝てもらう。服も汚れていたので、使い古しで良ければと、Tシャツを2枚渡しておく。


(はぁ、俺も疲れたな……。考えなきゃいけないことは山ほどあるけど、今日はもう限界だ。さっさと寝よう)

 

 突然の異世界転移や今後への不安、一日中考えっぱなしで頭がパンクしそうだった。とにかく安全を確保すること、そして死なないこと。今はそれをだけを優先しよう。そう思いながら寝床に入って目をとじた。




◇◇◇


異世界生活2日目


 朝の6時、昨夜眠りについたあとは何事もなく、魔物の襲撃やら、緊張で眠れないなんてこともなかった。今朝は目覚めも良く、体調も良好である。


「おはよう」


「「おはようございます」」


 私がリビングに行くと二人はもう起きていて、わりと楽しげに会話をしているようだった。昨日に比べたら、かなり落ち着いた表情をしている。きっと、見慣れた日本の家に安心したんだろう。


「とりあえず朝食にしようか。シリアルとか生野菜くらいしか出せないけど、いいよね?」

「ありがとうございます」

「いただきます」


 思えば、親からこの家を引き継いで以降、うちに女性が泊まって一緒に朝食を、なんてことは初めてだ。こんな状況じゃなければ、さぞ楽しい一日となったことだろう。


(いや逆か。こんな状況だからこそ私の好きにでき……。やめよう、絶対ロクなことにならない)


 気を持ち直して二人に話しかける。


「食べたあとでいいんだけど、二人がここに来るまでの経緯とかいろいろ聞きたい。それと口調も、こんな感じで普段通りにしてもいいかな、二人もなるべく気楽に頼むよ」

「あ、はいわかりました」

「じゃあ、私もそうしますね」


 軽く食事を済ませたあとは、そのままリビングで話すことに。



「まずは改めて自己紹介を。私は日下部 啓介、歳は40で独り身、日本では建設関係の仕事をしていた」

「私は佐々宮 椿と言います。ベーカリーのお店で働いています。歳は24です」


 佐々宮さんは24歳か、カフェじゃなくパン屋さんだったんだな。言葉使いは丁寧だけど、堅苦しい感じではない。


「私は藤堂 桜です。今年で19になります。私も日本では専門学校に通ってました」


 おっと、カマをかけて「日本では」とか「仕事をしていた」とか言ってみたんだが、藤堂さんの方はどうもこの状況を把握している節がある。わざとなのか素なのかは判断できないが、その辺りから聞いてみるか。


「ありがとう。ところで藤堂さんはもしかして、この世界がどこなのか知ってたりする?」


 私がそう聞くと、佐々宮さんも藤堂さんのほうに視線を移した。


「あの、やっぱりここって異世界ですよね? そして、日下部さんはスキルとか異能みたいなのを持っているんですよねっ」


 藤堂さんは少し興奮気味にそう答えた。どうやら私と同類のようだ。


「アレかな、藤堂さんも異世界ものが大好物だったり?」

「っ、そうなんですよっ。突然の光から見知らぬ森へ転移とか……、異世界系の定番ですよね!」


 なんか、昨日初めて見たときの印象と全然違う。前のめりになって話す藤堂さんに驚いていると、蚊帳の外だった佐々宮さんが困惑した様子で聞いてきた。

 

「い、異世界とか転移とか、一体どういうことなんでしょうか」


 佐々宮さんはこの手の話に趣がないようで、訳がわからないようだ。


「えっとですね。日本の小説で、異世界を題材とするお話があるんですよ。結構人気があって、最近ではアニメ化も異世界系がかなり多くなっているんですが、ご存じないですか」


 と、早口でまくし立てる藤堂さん。


「いえ、そういうものが流行っているのは知ってます。読んだことや、見たことはあまりないですが……」


 やはり、佐々宮さんは異世界知識には疎いらしい。そもそも、異世界知識ってなんだよ、という話だが――。


「ただ私、なんでここが異世界で、日本から転移したとわかるのかな、って疑問に思っただけです。すみません……」

「ああ、大丈夫だよ。その異世界小説の展開とよく似ている、ってだけの話だから」

「そうなんですか」


 納得は出来てないだろうが、ひとまず話を進める。


「それで、スキルなんだけど、確かに持っている。昨日見た薄い膜、私はあれを結界と呼んでいる。ほかにも藤堂さんを追放したやつ、あれもその1つだよ」

「なるほど、やはりそうですか」


 藤堂さんは、私の話を聞いてウンウンと頷いていた。


「ところでさ。藤堂さんはあのとき、どうしてすぐにお願いを聞いてくれたの?」

「あ、それはですね。日下部さんが非常に警戒されていたので……。あの状況で断ったりすると、最悪追い出されると感じまして」

「なるほど、悪いけどあのときは私もかなり困惑してたんだ。いやな思いをさせてごめんね」

「いえ、あの状況では当然の判断です。立場が逆なら私もそうします」


 しかし藤堂さん、いろいろと察しがいいな。これは良い意味でこういう展開に理解がありそうだ。


「さて――。今から私が、二人に会う前までの状況を説明する。何か違いがあったら教えてほしい」

「「はい」」


 あの謎の光から二人に会うまでの状況を、なるべく詳しく説明していった。とは言っても、突然すぎて訳が分からないんだけどね。


「どうだろう、何か違う点はあるかな?」

「そうですね、私も同じ感じで森の中にいました」


 まずは佐々宮さんだ。


「お店にいたときはお客さんや同僚もいましたが、次の瞬間には、私以外誰もおらず、お店もありませんでした。最初は怖くて動けなかったのですが、少しすると藤堂さんが来て声をかけてくれて……そこからは二人でずっと森の中を彷徨さまよっていました」


 なるほど、最初からふたりでいたわけじゃないようだ。ほかの日本人は誰も見ていないと付け加えていた。

 

「あと、ここに来る途中に川を見ました。川幅は3mくらいでしょうか、深さは膝上くらいだと思います」

「なるほど、また何か思い出したら、何でもいいので教えて下さい」

「はい、わかりました」


 お店の同僚やお客さんは転移してないのか。それとも別の場所に飛ばされたのか。佐々宮さんだけが転移した可能性もあるけど、まだ全然わからないことだらけだ。


(でも、近くに川があるのは朗報だな。なるべく安全にいける手段を考えねば……)






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