第3話 十三歳の無自覚な振る舞い
ある日、お兄様が高熱を出して倒れた。
心配でお見舞いのお花と共にお部屋まで会いに行ったのだけど、執事長に止められてお兄様のお顔を見ることも出来なくて。
お花だけお部屋に飾ってくれるように頼んでわたしは部屋を後にした。
お姉様も、自分がお兄様の看病をすると執事長に直談判したみたいだけど、部屋には入れてもらえなかったみたい。
執事長が言うにお兄様は体調が悪い時には、誰も自分に近付けないようにといつも言っているらしい。
具合が悪い時ほど心細くて誰かそばにいてほしいものだと思っていたけれど、お兄様は違うのかしら。
次の日になってもお兄様の体調は戻らないようだった。
だけど、お兄様の部屋に出入りできるのは執事長とお医者様だけ。
だから今日の昼間も新しいお花を持って、わたしはお兄様のお部屋に飾ってくれるよう頼み、早くよくなりますようにってお祈りした。
でも、お兄様の熱は夜になっても下がらなかったみたい。
「お兄様の具合、まだよくならないの?」
廊下でばったり白桃を切った小皿を運ぶ執事長を見つけ聞いてみた。
「そうですね。食欲も戻らず、まだ熱が続いております」
とても心配だけど、やっぱり少し様子を見るのもだめなのよね……
「執事長! お忙しいところすみませんっ」
「なんです、そんなに慌てて」
トラブルが起きたようだった。走ってきた使用人が執事長なにか耳打ちをすると、彼は眉を寄せ困った顔をする。
「ブライアン様に薬を届けたらすぐに向かう」
「しかしっ」
なにか急用のようだ。
すぐにでも対処したいけれど、お兄様の看病も疎かにできない。そんな感じ。
「そのフルーツとお薬をお兄様に届ければいいのよね? よかったら、わたしが持っていくわ」
わたしの提案に執事長は、渋い顔をしていたけれど……
「……フローラお嬢様ならば信頼できます。お願いできますか?」
「もちろんよ!」
急用の対処を優先させるべきと判断したのか執事長は、薬とフルーツの乗ったトレイと、お兄様の部屋の鍵をわたしに託してくれた。
くれぐれも他の人を部屋にあげないように、お兄様が嫌がったらトレーだけ置いて部屋に鍵をかけるのを忘れず出ていくようにと言い残して。
執事長に言われた通り、わたしは部屋に入り他の人が入ってこないように内鍵を掛け、ベッドの方へと向かった。
お兄様は熱で頬を赤くし、少しだけ息苦しそうに眉をひそめ眠っている。
汗で前髪が額に張り付いていたから、わたしはトレーをサイドテーブルに置くと、持っていたハンカチで額の汗を拭った。その時。
「っ!!」
額に触れた瞬間カッと目を開けたお兄様が、反射的にわたしの手を払う。
「誰だっ……フローラ……?」
すぐに身体を起こし、まるで手負いの獣みたいな警戒心を見せたお兄様は、わたしの顔を確認して戸惑いの表情を浮かべた。
「驚かせてしまったみたいで、ごめんなさい」
わたしは、執事長に急用が出来たこと。なので代わりに薬を届ける係りを買って出たことを伝えた。
それを聞いたお兄様は、少し落ち着いたのか、いつもの穏やかな笑みを口元に浮かべてくれた。
「そっか、ごめんね、乱暴に手を払ったりして……」
「ううん、大丈夫。そんなこと気にしないで、ゆっくり休んで」
「ありがとう……」
食欲はあるかと聞けばあまりないと言われたけれど、解熱剤を飲むためには、少しでも胃になにか入れたほうがいい。
お兄様は、薬のために仕方なくといった様子でノロノロとサイドテーブルの方へ手を伸ばす。当たり前だけど、少し身を起こして動くだけでも辛そうだ。
「わたしが食べさせてあげる!」
「えっ」
見てられなくて小皿を取ると、わたしはフォークで一口サイズに切った白桃を、お兄様の口元まで運んだ。
「はい、あーん」
お兄様は一瞬戸惑いの表情を浮かべたけれど、抵抗することなく口を開けわたしが差し出した白桃を食べてくれた。
五つも年が離れているから、いつもは大人っぽくて落ち着いて見えるお兄様が、今日は頼りない年下の男の子のよう。
なんだか可愛くて、風邪で辛そうなお兄様には申し訳ないけれど、たまにはこういうのも悪くないとわたしはこっそり思ってしまった。
わたしが口元に持ってゆく白桃を大人しく完食したお兄様は、薬を飲むと再びベッドに横になる。
本当は、寝るまで傍で付き添っていたいけれど、お兄様は具合が悪いとき一人になりたい人だと執事長に聞いていたので、そろそろおいとましようと思う。
「じゃあ、お兄様。ゆっくりお休みして、早くよくなってね!」
「……うん、ありがとう」
わたしが枕元に置いていた椅子から立ち上がりそう言うと、お兄様が一瞬だけ心細そうな顔をした気がした。
本当にほんの一瞬だったから、気のせいかもしれないけれど……
「やっぱり、もう少しだけここにいてもいい?」
様子を窺ってみると、お兄様はゆっくりと頷いてくれた。
「じゃあ、お兄様が眠るまでここにいるわ」
「……いいの? もう戻りたかったんじゃ」
「ううん、違うの。執事長から、お兄様は具合の悪いとき一人になりたい人だって聞いていたから」
「ああ、そっか……うん」
お兄様は天井を見つめながら、ポツリポツリと言葉を続けた。
「昔ね……体調を崩したとき、怖い思いをしたことがあって……」
怖い思い? それならなおさら、一人でいるのは心細いんじゃ……
「人が弱って、抵抗できないのをいいことに……最低な女だったよ……」
お兄様はうわ言のようにそう呟いた。
なにがあったのかは分からないけれど、お兄様はそれがトラウマなのかもしれない。
「じゃあ、もうお兄様が怖い思いをしないように、わたしが守ってあげる」
今よりもっと幼い頃わたしが熱を出すと、ばあやがよくわたしをあやすように頭を撫で傍にいてくれた。
そうすると心細い気持ちが薄れていったのを覚えている。
だからわたしは、ゆっくりとお兄様の頭を撫でながら伝えた。
「今日は、わたしがブライアンのお姉さんよ」
だから遠慮しないで甘えてねって言ったら、お兄様は熱で潤んだ瞳を細め呟いた。
「ありがとう……」
その後、お兄様が眠ってから、わたしは執事長に言われていた通り鍵をかけて部屋を後にした。
数日後。すっかり元気になったお兄様は、看病してくれたお礼だよって可愛いブレスレットをプレゼントしてくれた。
とっても嬉しいけれど、家族なんだからこんな気を遣わなくてもいいのに。
今度はお姉様に取られないように、わたしはそのブレスレットを大事にこっそり身に付けたのだった。
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