第13話 おぞましい出来事(メイドのアルマ視点1)

※女性が襲われるシーンが含まれております。苦手な方はご注意ください。


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 私の名前はアルマ。ローレンソン子爵様のお屋敷で働くメイドです。

 働き始め早四年。最初は辛い思いもしたけれど、フローラお嬢様付きのメイドになってからは仕事にやりがいを感じている。


 愛らしく朗らかでいつも明るいお嬢様は、私にとって……いえ、この屋敷で働く使用人たちにとって太陽みたいな存在なのです。


 そんなお嬢様の身に、あんなおいたましい事件が起きるなんて……




 それはお嬢様が十六歳になられ、とある侯爵様との見合いが決まって少し経った頃の休日。


「やあ、アルマ。丁度いいところに」

 お嬢様のお部屋に花を活けようと、庭師からもらったコスモスやバラを手に廊下を歩いていると、ブライアン様に呼び止められた。


 今日も完璧な立ち姿だ。眉目秀麗とはこの方のためにある言葉だと言っても過言ではない。


「いかがなさいましたか?」

 足を止め私は緊張を隠しお辞儀をした。


 ブライアン様は私たちのような使用人にも優しく接してくださる人格者で、けれど私はどうもこの方と二人きりで会話をするのが苦手で慣れない。


「フローラを探しているのだけど、どこにいるか知らないかい?」

 微笑みを浮かべ少し首を傾げただけのなにげない仕草。それだけで私はくらりと眩暈のようなものを感じ頭が沸騰しかける。


「あの、あの……すみません。本日はお出掛けのご予定はなかったはずですが」

 なんとか言葉を詰まらせないよう答えられたけれど、きっと私の顔は真っ赤になってしまっていることだろう。


「そうか。今日は時間を作れたから、フローラと街に出掛けようと思っていたんだけどな」

 先程から探しているのに見当たらない、とブライアン様は残念そうに表情を曇らせる。


(なんて艶っぽく溜息を吐くのかしら……)

 私は思わず見惚れていた。


 この方は存在そのものが媚薬のようだ。仕草や声、その何気ない全てに魅惑的な色気が含まれており相手をおかしくさせる。


 ブライアン様は決して使用人に手を出したりしない。そんな話聞いたこともない。けれど、メイドたちが勝手に熱を上げ狂い、中には愛人にしてもらおうと寝室に忍び込んでクビになった子もいる。何人も……。


 だからブライアン様に非はないのだけれど、女性を狂わせるという意味で私の中では危険人物の一人なのだ。


「ブライアンお兄様~!」

 甘ったるく名前を呼ぶ声がしたと思えば、やってきたミラベル様がブライアン様の左腕に絡み付く。

 ちらっと横目で牽制され私は思わず肩を竦めた。


「ミラベル、どうしたんだい?」

「実は、これからイーノック様と結婚式の打ち合わせをするのですが、ぜひ、自分たち以外の意見も聞きたいの。お兄様も同席してくださらない?」

「そういうことなら父上に声を掛けた方がいいんじゃないかな」

「お互いの両親の意見は既に取り入れおります。私はお兄様の意見も聞いておきたいの。さあ、こちらです」


 ブライアン様はあまり乗り気ではなさそうだったのだけれど、ミラベル様に強引に腕を掴まれ、離れにあるサロンへと引っ張られて行った。




 ブライアン様たちと別れた後、私は花篭を持ってフローラお嬢様のお部屋に行った。けれど、お嬢様は戻っておられなかった。

 お嬢様は外出の際は、必ず私に一声掛けてくださるので、お屋敷のどこかにはいると思うのだけれど……


 なんとなく引っ掛かりを覚えながらも、私は花篭を置き花瓶を選びに物置部屋のある一階へ向かった。


「あんっ、ダメですよ……そろそろ戻らなくちゃ、うっふふ」

 けれど物置部屋の中から艶めかしい声と衣擦れの音が聞こえてきて、私は部屋に入るのを躊躇った。


(この声は……ネラ?)


 ネラは褐色の肌に金髪の美女で、去年この屋敷にやって来たメイドだ。

 派手好きの遊び好き。仕事熱心な性格とは言えずよく他の子に仕事を押し付けてはサボっているのだけれど、誰も彼女に強くは言えない。

 なぜなら……


「いいじゃないかネラ、もう少し。ほら」

「やんっ、こんな所で……ビッグス様ったらぁ」


 彼女は今、我が屋敷の当主ビッグス様の一番のお気に入りの愛人だから。

(こんな場所で……奥様に知られでもしたら)

 考えただけでも恐ろしいと身震いをしながらふと気づく。

 ネラは今日、ミラベル様とイーノック様の話し合いの際、給仕をする係りじゃなかったかしら。


 やれやれと思いながらも急ぎの仕事がなかった私は、花瓶選びを後にして仕方なくネラの代わりに離れのサロンへ向かう事にしたのだった。




 しかしそこで惨事は起きていたのです。


「ぐはっ!?」

 地面に転がるイーノック様が許しを請い呻く中、容赦なく無言で踏みつけ蹴り続けるブライアン様の姿に私は息を飲み立ち竦んでしまいました。


(いったい何が?)


「お兄様! わたくしのためにそんなに怒らないでっ」

 ミラベル様が叫びブライアン様の背中にしがみ付いているけれど、ブライアン様にはまるで聞こえていないようだった。


 使用人にさえ暴力をふるっているところなど見た事がないのに。いつも冷静で穏やかなブライアン様がこんなに取り乱すなんてただ事ではない。


 自分も止めに入らなくてはと私が一歩サロンに踏み入れた時だった。


「やめて、お兄様っ」

「っ……」


 フローラお嬢様の声が聞こえた。目が据わっていたブライアン様もそこでハッとしたように動きを止める。


「フローラ」

 ブライアン様は地面に転がるイーノック様には興味を無くしたようで、背中に抱きつくミラベル様も押しのけサロンの長椅子へと手を伸ばした。そこには、ぐったりとしたフローラお嬢様の姿が。


 顔面蒼白になりながらも、私はお嬢様が倒れている長椅子まで駆けつけた。


(ああ、なんていう事……なんて、ひどいっ)


 そうしてようやくブライアン様が取り乱すほどお怒りになっていた理由を理解する。

 朦朧としている様子のお嬢様は、衣服を乱されあられもない姿をしていた。


「フローラ! しっかりするんだ!」

「うぅ……からだが、あつい……」

 お嬢様の様子がおかしい。

 吐息交じりに呟くうわ言は妙に艶めかしくて、ブライアン様が頬に触れただけで身体をピクリとさせ控えめに喘ぐ姿はなんだか官能的だった。


 それでもブライアン様は触れるたびピクピクと震えるお嬢様へ優しく声掛けをしながら冷静に対処し脈を計っている。


「…………」

 次にブライアン様は視界に入れるのもおぞましいと言いたげな表情で、床で同じく意識を無くしているイーノック様の脈も計りはじめた。


 その間に私はせめてもと思い自分のエプロンを外し、お嬢様の身体にそっとかける。


「お兄さまぁっ」

 ミラベル様は沈黙のままなにかを思案しているご様子のブライアン様の胸へ飛び込むと泣き出した。

「ああ、まさかフローラとイーノック様がこんな関係だったなんてっ」

 もうこの婚約は破談だわと嘆きの声を上げている。


「この騒ぎはいったい」

 そこへビッグス様との逢瀬を終えてきたのかネラが現れた。

 フローラ様とイーノック様が間違えを起こしたのだとミラベル様が大きな声で訴えると、ネラはなんとフローラ様に「少し二人きりにしてほしい」と頼まれ命令を聞くしかなかった、と言い出した。


「ああ、すみません、ミラベルお嬢様。まさか、フローラお嬢様が他人の婚約者を誘惑するだなんて」

「ネラはなにも悪くないわ。まさかフローラがこんなことをしでかすなんて」


「…………」

(そんなわけっ、フローラ様がそんなことをするわけがないわ!!)


 私は怒りで身体が震えた。けれどこの屋敷のお嬢様と当主様の愛人に噛み付くことも出来ず、震えていただけ。

 私はなんと情けない女なのでしょう。自分の意気地の無さと無力さに涙が滲んだ。


「……話は後だ。ネラはとりあえずミラベルを部屋へ連れて行って」

 二人の話にのることなく、ブライアン様はミラベル様を自分から引き剥がすとネラへ押し付けそう指示をだした。


 ミラベル様は「お兄様、傍にいて」とごねて騒いでいたけれど、ブライアン様は無言のままフローラお嬢様を抱き上げ部屋へ運んだ。

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