第5話 十四歳の恋煩い
「ダンさん、こんにちは」
「フローラ嬢、こんにちは」
学園の中等部に通うわたしには放課後に楽しみがある。
いつも学園の中庭や花園を手入れしてくれている庭師のダンさんとのひと時だ。
「綺麗な髪飾りですね」
「あ、ありがとう」
普段のわたしたちの会話と言えば、一方的に話し掛けるわたしと相槌を打つだけの彼という構図なのだけれど、今日はお兄様に買ってもらった髪飾りを褒められ、予想外の出来事に嬉しくってもじもじしてしまう。
「あなたの綺麗なプラチナブロンドの髪に良く映える」
「っ!!」
わたしは彼の一言で天にも昇る気持ちになった。
いつもお外で庭の手入れをしているから日焼けした褐色の肌にたくましい二の腕、職人肌で硬派な大人の男性。歳は今年で二十六歳と聞きだした。
わたしとは一回り年齢が離れているけれど……恋に歳の差は関係ないもの。
わたしは大人な彼が大好き。授業も上の空になって放課後を待ち焦がれるほどに。
「お兄様が買ってくださったの」
「そうですか。仲がよいのですね」
寡黙な彼が微笑んでくれて、胸の奥がきゅんっと締めつけられた。
「ダンさんには御兄弟はいるの?」
少しでも彼の事が知りたくて、放課後のわたしはいつも必死で話題を探している。
「ええ、姉と弟が」
「まあ、わたしにもお姉様がいるのよ」
「そうですか」
「二つ年上でね。今は学園の高等部に通っているの」
「そうですか」
彼は基本的にわたしのお話に「そうですか」と相槌を打つだけでおしゃべりではないのだけれど、花の手入れをしながらいつもこうしてわたしの相手をしてくれる。
でもあまりしつこく話し掛けたらお仕事の邪魔になってしまうだろうから、いつも十五分ほど話し掛けて立ち去るようにしていた。
「お迎えの馬車がくる時間だから、もう行くわね」
「そうですか」
「あの……また、明日ね」
「はい。また明日」
彼はそう言うといつもまっすぐにわたしの目を見て頷いてくれる。
その返事を聞くと、明日も会いに来ていいということだと安心して、わたしは足取りも軽く家路につくのだった。
「ふんふんふ~ん」
自宅に戻ったわたしはご機嫌なままソファーに座り手鏡を持って鏡に映る髪飾りを見つめていた。
我ながらだらしない表情だと思ったけれど、放課後の事を思い出すと口元が緩むのを止められない。
「楽しそうだね、フローラ」
「あ、お兄様!」
学園を卒業されたお兄様は現在お父様のお仕事の手伝いで、毎日帰りも遅く忙しそうにしていた。こんな時間にお家にいるのは珍しい。
「どうしたんだい? 鏡を見て、ニコニコして」
そう言うお兄様もどこか嬉しそうな顔をしてる気がする。きっと久々に早くお仕事を切り上げられて嬉しいのね。
「えへへ、実はね今日、この髪飾りを褒めてもらったの。わたしの髪色に良く映えるって」
「そうか、友達に褒めてもらってよかったね」
「お友達じゃないわ。好きな彼に褒めてもらえたの」
「……」
お兄様はなぜか一瞬言葉を詰まらせた。
「お兄様?」
「そうだったのか。フローラの好きな男の子はいったいどんな子なんだい?」
けれど、次の瞬間にはすぐに元の柔和な笑みを浮かべていたから……一瞬の違和感は気のせいだったのかもしれない。
「え~、なんだか恥ずかしい」
なんてちょっぴりもったいつけてみたけれど、本当はわたしもお兄様に聞いてほしい。
だって学園のお友達にダンさんって素敵よねって話をすると微妙な顔をされるの。爵位もない使用人でしょっとか、ちょっと歳が離れていないっとか、あの人いつも仏頂面で怖いわとか……。でもお兄様なら、分かってくれる気がした。
「彼は学園で庭師のお仕事をしている職人さんなのよ」
「それは……」
けれどお兄様は意表を突かれたような戸惑いの表情を浮かべた。その反応にわたしはお兄様なら分かってくれるという自信を無くし悲しい顔をしてしまった。
「ああ、ごめんね。てっきり同級生の男の子が相手かと思っていたから驚いてしまって。庭師ということは結構年上なんじゃないかな?」
「そうなの! ダンさんはお兄様よりも年上の大人の男性なの」
「そう。フローラは年上の男性が好きなの?」
「う~ん……」
友人にもよく聞かれるけれど、正直返答に困る。
ダンさんだから素敵だと思うけれど、他の身近にいる年上の男性を恋愛対象として見た事はないから。
「違うわ……たぶん、ダンさんだけ特別なの」
「へー、その人のどんなところに惹かれたの?」
お兄様は最初こそ戸惑っていた様子だったけれど、ダンさんの身分をバカにすることもなく、そんな男はやめなさいと頭ごなしに言ったりもしなかった。
それが嬉しくて、わたしは彼の大好きなところをいっぱい語った。
仕事熱心なところ、大きな手で小さな花を優しく愛でる姿、寡黙だけれど穏やかな人で一緒にいると癒されること。
お兄様はニコニコと楽しそうにわたしの話を聞いてくれる。
「そうか、フローラは本当にその人が大好きなんだね」
「ええ、そうなの。中等部を卒業する時に告白しようと思っているの」
「……そうなんだ」
「それまでに、ダンさんに釣り合う大人の女性になりたいな」
わたしは照れながら満面の笑みを浮かべた。
身分違いだと両親に反対されてもお兄様が味方でいてくれるなら心強い。
お兄様ならきっと、私の恋を応援してくれるよね。
そう思い俄然やる気になったわたしだったのだけれど、それから一ヶ月もしないでダンさんが学園の庭師を辞めるという話を聞かされた。
「ど、どうして?」
いつものように放課後、彼に会いに行ったら「今週いっぱいでお別れです」と本人に告げられたのだ。
わたしは驚き動揺して震えた声で理由を訊ねた。
「……他に腕の良い職人を見つけたそうで」
それってクビということ?
聞けば学園の庭師はダンさんの師匠をトップにその一派が手入れをしていたのだけれど、そのお師匠様は数か月前から身体を壊し休養中。それでも弟子の皆で協力し合って仕事をしていたそうなのだけれど。
お師匠様は腕の立つ庭師なので学園長に選ばれた人。けれど現場に立てない以上弟子たちだけでは力不足と判断されたようだ。
そうして来週からは、新たな庭師の一派がやってくると……。
「そ、そんな……じゃあ、来週からはもうダンさんに会えないの?」
「……そうですね」
「そんなのイヤ」
「フローラ嬢……いつもこんな自分に明るく声を掛けてくださりありがとうございました」
「ダンさん……」
「貴女の話を聞く放課後は、自分にとって楽しみな時間でした」
今にも泣きだしそうなわたしを見て、ダンさんは少し困ったような目をしながらもそう言って微笑んでくれたのだった。
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