予知夢の当たる確率

来栖薫人

再会

 雨上がりの澄んだ空気の中を、彼が駆けて行く。雲間から差す光が、金色の髪をキラキラと輝かせていた。


「お願い!」


 私は叫んだ。


「行かないで!」


 涙を流しながら、私は叫んだ。

 それなのに、彼は振り向いてくれなかった。


 彼がペンダントを握り締める。それを天に向かって掲げながら、大きな声を上げた。

 直後。


 強烈な閃光と強烈な衝撃。

 咄嗟に私は頭をかばい、強く目を閉じて地面に伏せた。


 もの凄い爆発音が鼓膜を叩く。大量の砂礫が降り注ぐ。

 やがて爆風が収まり、奇妙な静けさが訪れた。


 私は顔を上げた。

 そこには、何もなかった。


 その日から、私は恋をすることができなくなった。




「いらっしゃいませ」

「ここ、レナさんのお店?」

「……そうです」


 とってもイヤな予感がした。


「やっと見付けた!」


 見付けてくれなくていいと思った。


「俺、冒険者やっててね……」


 自己紹介からの、私を舐め回す視線からの、何かを探すような目の動き。


「店には、秘宝とか置いてないんだね」

「うちは薬屋ですから」


 まあ、こういう分かりやすい男の方が助かる。

 何度も通ってきて、少し会話を交わすようになった頃にやっと本性を現す。そんな面倒臭い男もたくさんいるのだ。


「どんな薬をお探しですか?」

「あー、そうね。えっと……」


 買う気がないなら帰ってほしい。

 と、そんなことを考えている時の私の目は、とても冷たく見えるらしい。


「じつはね、俺、君に会いたくて来たんだよ」

「どのようなご用件でしょう」

「君のご両親って、凄い冒険者だったんだろう?」

「さあ、私にはよく分かりません」


 自分でも成長したと思う。こんな男に対しても、きちんと対応できるようになった。


「まあ、何て言うか、君のご両親の話を聞かせてもらえたらなあって、そう思ってね」

「申し訳ありません。私、両親のことはよく知りませんので」


 大抵の男はこの辺りで終わってくれる。

 しかし。


「じゃあ、君のことを聞かせてよ」


 こいつはしつこかった。


「俺さ、君と仲良くなりたいんだよ」


 私はあなたと、すぐにでもサヨナラしたい。


「俺、こう見えてランクBなんだぜ。いわゆる中堅冒険者ってやつ。割と将来を期待されてるんだよ」


 ああ、そうですか。

 私はあなたに何も期待していませんけど。


「お店終わるの何時? 今夜食事でも行かないか?」

「お断りします」

「そんな冷たいこと言わないでさあ」


 本当にしつこい。

 こういう面倒な男がしょっちゅう来るせいで、うちの店は女性客が少ないのだ。そして、こういう男にしょっちゅう絡まれている私に、女子が近付いてくることもない。この町に来てから友達ができないのは、間違いなくこいつらのせいと私は思っている。


 男が、カウンターに肘を乗せて顔を近付けてきた。

 まるで引く気のない男に、私は、いつも使っているお断りの言葉を言った。


「すみません。私、髪が金色の人とはお付き合いしないことにしていますので」


 断固とした拒否。

 それを示したはずなのに、男はなおも言う。


「そうらしいね。噂で聞いたよ。でもさぁ、そんなこと言ったら、この国の男は全員ダメってことになっちゃうじゃん」


 それならそれで仕方ないのだ。

 私は、金髪の男の人とは絶対に付き合わない。


「とりあえず、付き合ってみるっていうのもありだと思うんだよねぇ」


 この男、強引なのは自分の魅力だとでも思っているらしい。

 その図々しい態度に、私はイライラしてきた。


「申し訳ありません。仕事の邪魔になりますので、お引き取りいただけますでしょうか」


 男を睨みながら、私は冷たく言い放った。

 すると。


「てめぇ、下手に出てりゃあ調子に乗りやがって」


 突然男の口調が変わる。


「飯に行くくらいどうってことねぇだろうが!」


 恐ろしく自分勝手なことを怒鳴り始めた。

 これは結構まずいかもしれない。こんなに馬鹿で粗暴な男は相手にしたことがなかった。


「私を脅すつもりですか?」

「脅すだぁ? 俺はただ飯に誘ってるだけじゃねぇか!」


 本格的にまずい。さすがの私も焦り始めた。

 護身用のナイフは持っているけど、そんなものは通用しそうもない。攻撃魔法なんて私は使えないし、この場面で役に立つマジックアイテムもない。

 

 どうしよう……


 怖くなって、私が一歩下がったその時。


「その辺で止めておけ」


 男の真後ろから声がした。


「あぁ?」


 振り返った男が、ビクッと体を震わせて動きを止める。

 男の目の前に、鋭く光る刃があった。


「死ぬか帰るか、どっちでもいいから選びな」


 めちゃくちゃ目付きの悪い男が、低い声で言う。

 馬鹿で粗暴な男にも、そのヤバさは分かったらしい。ごくりと唾を飲み込んで、男が言った。


「き、今日のところは帰る!」


 そう言うと、刃を大きく避けながら、男は足早に店を出て行った。


「ふぅ……」


 緊張が解けて、私は大きく息を吐き出す。

 そして、目付きの悪い男を見た。


「あの、ありが……」

「今週分」

「……は?」

「だから、今週分の集金だ」


 お礼を言おうとした私を遮って、男が言った。

 感謝の気持ちがあっという間に消えていく。腹が立った私は、男に向かって大きな声を上げた。


「何で毎週ショバ代を払わなくちゃいけないのよ!」

「今みたいな時のためだ」

「ぐぬぬ」


 反論できずに私は黙った。

 そんなに高い金額じゃないとは言え、ショバ代を毎週払うというのは何だか納得がいかない。

 だけど、たしかに今回は助かった。

 私は、しぶしぶ金庫の中からお金を出して、それを男に差し出した。


「はい、どうぞ!」


 男が無言でそれを受け取る。


「今度変な奴が来たら、思い切り叫べ。近くにいたら、助けに来てやる」

「それはどうも!」


 不機嫌な私を一瞥して、男はさっさと店を出て行った。


「もー、腹立つ!」


 助けてもらったにも関わらず、私は、その背中にエアパンチを食らわした。

 ちょうど入れ違いに、大家のおじさんが入って来る。


「今日もいい天気だねぇ」


 弛んだお腹をタプタプさせながら、大家さんが言った。


「レナちゃん、今月の家賃を……」


 むぅぅ


「な、なに!? おじさん、何か変なこと言っちゃった?」


 狼狽える大家さんを睨みながら、私は金庫の中からお金を出して、それを乱暴に差し出した。


「はい、どうぞ!」


 大家さんには悪いことをしたと、後で反省した。



 大陸中央から少し西にあるこの国は、ここのところ大きな戦争もなく、平和な日が続いている。

 金色の髪と金色の瞳。それがこの国の人の特徴だ。当然、私の髪も瞳も金色だ。

 昔から魔法が盛んだったこの国では、一般市民でも魔法の道場や学校に通うのが普通で、魔法の習熟度や魔力の大きさが一種のステータスにもなっている。

 だが、生活魔法ならともかく、防御魔法や攻撃魔法となると、日常で使うことなどまずない。それを使いたければ、軍隊に入るか冒険者になるしかなかった。

 平和なこの国で、軍人の新規募集は少ない。結果、この国には冒険者になる人間がやたらと多かった。

 その中に、私の両親も含まれていた。


 父の職業は、この国では少数派の剣士。その実力は、達人レベルと言われるランクA。父は、国内でも有数の凄腕の持ち主だった。

 母の職業は魔術師。そのランクは、父と同じくA。母も名の知れた冒険者だったのだ。

 普通の冒険者が数人でパーティーを組むことが多い中、両親は二人だけで活動していた。たった二人で、両親はいくつものダンジョンを制覇していた。


 ダンジョンにいるボスを倒すと、”秘宝”と呼ばれるアイテムが手に入る。それは武器だったり防具だったり、戦闘を補助してくれるものだったりと、形状も効果も様々だ。しかし、それがどんなものであろうとも、人の手では決して作り出すことのできない強力なアイテムであることに変わりはなかった。

 その秘宝をギルドに持ち込むことで、ダンジョン制覇の証明がされる。貴重なアイテムを次々と持ち込んでいく両親を、冒険者たちは尊敬と羨望の眼差しで見ていたのだ。


 国中にその名を知られた冒険者。

 夫婦二人きりの最強パーティー。


 だが、じつは二人には秘密があった。

 正確には、母に秘密があった。母は、とても特別な力を持っていたのだ。

 それは……。


「よし、奴はいねぇな」


 突然、店の入り口で声がした。

 ぼぉっとしていた私は、その声に驚いて顔を上げる。


「もう面倒なことはなしだ。単刀直入に言わせてもらう」


 私は目を見開いた。

 そこには、さっき出て行ったはずの男がいた。


「お前の両親が残した秘宝を、全部俺に貸せ。それを使って、俺は上級ダンジョンに行く。そこから帰ってきたら、秘宝は全部返してやる。稼いだ金のうち、いくらかはお前にもくれてやる。それなら文句ねぇだろう?」


 あまりにメチャクチャな話に、私は声も出ない。


「俺はな、一日も早く金が欲しいんだよ。返済期限はもうすぐ来ちまう。それを過ぎても金が返せなけりゃあ、俺は何をされるか分からねぇ」


 どうして男がこんなに強引なのか、その理由は分かった。

 だけど、それと私とは関係ないはずだ。


「そ、それはあなたの都合でしょう? 私には……」

「いいからさっさと秘宝を出しやがれ!」


 目を血走らせながら男が怒鳴った。

 

 まずいまずいまずい!

 この男、完全に頭に血が上っている。

 腕力では敵わない。話し合いもできそうもない。

 咄嗟に私は、店の外に向かって叫んだ。


「助けて、アーロン!」


 しかし、その声に反応する人はいなかった。


 もう、役立たず!


 心の中で悪態をつきながら、このピンチを切り抜ける方法を考える。

 だが、考えている余裕はなかった。男が私の胸ぐらを掴んできた。


「死ぬか、それとも言う通りにするか、どっちでもいいから選びな」


 低い声で男が言った。

 その時。


「ファイヤーボルト!」


 鋭い声と同時に、炎の塊が飛んできた。

 それが、無防備な男の背中を直撃する。


「ぐあっ!」


 悲鳴を上げて男が崩れ落ちた。

 背中が焼け焦げている。苦痛に顔を歪める男の首に、冷たい刃が押し当てられた。


「あなたの態度は、非常によろしくないですね」


 刃と同じくらい冷たい声が男を見下ろす。


「あなたのような男、僕は嫌いです。だから、ここで死んでください」


 刃が男の首から離れ、そして大きく振り上げられた。


「ちょ、ちょっと!」


 思わず私は声を上げた。


「いくら何でも、殺すことはないでしょう?」


 全力で目の前を睨む。

 すると。


「君がそう言うのなら、殺すのは止めておきましょう」


 意外とあっさり殺気が消えた。


「命拾いをしたようですね。とっとと消えなさい。そして、二度とこの店には来ないことです」


 男の頭を、ブーツの先がゴツンと蹴る。

 男が怒りの視線を向けた。その頬を、刃の先が撫でていく。


「目障りだ。消えろ」


 鋭い痛みと恐怖で、男の目が広がった。

 慌てて男が動き出す。

 痛みを堪えて立ち上がると、男はそのままヨロヨロと店から出て行った。


 痛々しい背中を見送って、私は視線を目の前に向ける。


 金色の髪に金色の瞳。

 白い肌と爽やかな顔立ち。

 剣を納め、微笑みながら、驚くほどの美形男子が私を見つめていた。


「あ、あの、ありがとうございました」


 どきまぎしながら、私は頭を下げる。

 顔を上げると、やっぱり美形男子は私を見つめていた。しかも、さっきより距離が近い。


「あの、何か……」


 きれいな顔に接近されて、脈拍が上がっていく。

 狼狽える私に向かって、美形男子が言った。


「やっと見付けた」


 とってもよく聞くそのセリフ。

 だが、その後に続く言葉は、初めて聞くものだった。


「レナ。僕のこと覚えているかい? 子供の頃、いじめられていた君を、何度か助けたことがあるんだけど」


 私の目が大きく広がる。


「僕はフレディ。僕は、ずっと君を探していたんだ」


 きれいな顔が鮮やかに笑った。

 私の心臓が、トクンと小さな音を立てた。

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