第34話 休息

 生い茂る迷路ダンジョンの深い森を抜け、俺たちは40階層、居住階層ハウスフロアに辿り着いた。


 50階層から要した時間は丸三日。10階層分の攻略時間で、もっとも短い。

 すべてにおいて効率のよいマルクの先導に加えて、チームとしての突貫力が時間短縮の大きな要因だ。


 俺とエリシュだけなら尻込みをしてしまうような外魔獣モンスターの群れにも、怯むことなく立ち向かえる。背中を預けて戦える。

 個人の特性を最大限に活用し、単純に一人×五倍の計算式では計り知れない相乗効果を生み出してくれる。


 改めてチームがもたらす素晴らしさを、再認識するとともに。

 俺はマルクたちの協力に、心から謝意が湧き上がった。


 柄じゃないのは分かってる。だけど「ありがとう」なんて陳腐なセリフだけで片付けられるほど、安い気持ちじゃないことだけは確かだ。

 レアアイテム一つじゃ、俺の気持ちが納得しない。

 玲奈を見つけた後———この国で暮らすかどうかなんて、考えてもいないけれど。

 しっかりと、恩を返そう。今度はアイツらの力になってやりたい。


 居住エリアの中心に向かって歩を進めながら、俺は心に確固たる誓いを立てた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 廃墟と見紛う建物が軒を連ね、そこかしこで子供たちが幼い掛け声を吐き出しながら戦闘の訓練に明け暮れていた。遠くからは戦闘の咆哮が、聞こえてくる。

 日常の喧騒と断末魔が、大気の中で煩雑に混じり合っていた。


 これが下層の実情だ。


 人々が安寧を求めてやまない居住階層ハウスフロアでも、下層に降りれば降りた分だけ住居の質も低下して、戦地となる範囲も広くなる。

 事実、高い建物がほぼ皆無の40階層では、ざっと見渡してみても実に半分近くの面積が戦地と化していた。

 下層と居住階層ハウスフロアを繋ぐ階段からは、分間隔で外魔獣モンスターが登ってくる。それを複数人で撃滅に向かう。討伐ランクAの外魔獣モンスターには数十人単位で取り囲み牽制、または時間をかけて討伐。その隙をついて何体かの外魔獣モンスターが、上層階への階段を登っていく。

 幾重にも張り巡らされた柵で戦地と居住区を隔てているとはいえ、気が休まる場所ではない。


 とは言え、先を急ぐ俺たちに選択肢などは存在しない。まずはドロップアイテムを換金し食料やアイテムの補給。それに武具の手入れメンテナンス

 幸いなことに防具の損傷はほとんどない。代わりにそれぞれの得物が少々刃こぼれし、本来の切れ味を失っていた。この40階層で売られている武器は、貧相な上に値段がべらぼうに高い。ならば手に馴染んだ得物を蘇らせたほうが断然にましだ。

 俺たちは割高な手間賃を払い、全員の武器を研いでもらった。さすが武器の摩耗が激しい下層の研ぎ師だけあって、賃金に見合ったよい仕事をしてくれた。


 鈍色の輝きを復元させた武器を手に、雑貨街から少し歩き、宿屋を探す。

 当然ながら、体の手入れメンテナンスも必要だ。治癒魔法ヒーリングで傷は癒せても、蓄積された疲労を取り払わなければ、動けなくなる。いざという場面で。

 この居住階層ハウスフロアで宿を借りられる場所はそう多くなかった。どの宿屋を選ぼうと、大差はない。どれもが荒屋あばらやに等しい。

 迷路ダンジョン内では交互に見張りを立てながら、剥き出しの岩肌を枕にして、順番に仮眠をとっていく。

 それに比べれば恵まれている。カビ臭く弾力もほとんどないベッドだとしても、安心して寝られることが何よりありがたい。

 

外魔獣モンスターの活動が比較的少ない明朝、下層へ降りよう。今夜はゆっくり休んでくれ」


 重量甲冑フルアーマーの留め具を外しゴトリと床に大きな音を落とすと、マルクは早々に床へと入る。


「いやー、ようやくゆっくり寝れるぜー」

「ねー。でもなんかこうやってみんなで寝るのも悪くないわよね。……私、エリシュさんの隣で寝る!」


 懐かれることに慣れていないのか、腕を捕まれ戸惑いの表情を見せるエリシュも、クリスティの爛漫な笑顔にほだされて、次第に優しくほころんでいく。


 ……ったく、ピクニックじゃねーっての。


 憎まれ口に近い言葉を飲み込んで、俺も軽量甲冑ライトアーマーを一つずつ体から取り外していく。

 体の拘束が解かれると、開放感が眠気を誘い出す。


 エリシュたちも防具を外し楽な格好になると、先ほどまでの賑やかさが、嘘のように消えていた。


 重さを増していく瞼に、従順に、争わず、暫しの休息へ。


 俺たちはわりかしあっさりと、睡魔が空けた奈落へと落ちていった。

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