第26話 激闘の末に

「き、キュクロープスを一振りで……なんてパワーなんだ……! それに髪も金色に……お、おい……あの少年は」

「喋らないで。あなたの傷は決して浅くない。しっかりと治癒魔法に心を預けて頂戴」

「あ、ああ……」


 仲間が心痛の面持ちで見守る中、エリシュが腹部に手を翳すと柔らかな光が照らされる。

 冒険者フリーファイターたちを束ねる年長者———マルクの止血を見届けた二人、青年と言える年頃のアルベートと、まだ幼さを残した少女クリスティは、安堵の呼気を伴って胸を撫で下ろした。

 

(思ったより傷が深い。今この場の治癒魔法ヒーリングだけでは完治は無理だわ)


 だが、命を落とす不安はひとまず回避。エリシュは意識を素早く死地へと傾ける。

 

「———ヤマト! あまり無茶はしないで!」

「ああ! わーってるよっ! こんなヤツ瞬殺だ、瞬殺! ……じゃないと、俺の体が持ちそうもないからな……」


 強がりを前面に押し出してはいるものの、大和の顔には既に疲労の色が見え隠れしている。

 大和の『終焉なき恋慕ラブスレイヴ』は己の命を代償とする禁忌のスキル。改めてそのリスクの高さにエリシュは息を呑んだ。


「き、君。今、ヤマトって言ったのか……?」

「ええ。彼の名前よ。変わっていて覚えやすい名前でしょ」

「あ、ああ。そうだな……」


 大和を動向を伺いつつ治癒魔法をかけ続けるエリシュは、マルクの顔に僅かばかりに浮かび上がった違和感に気づきようがない。


 そしてエリシュの視線の先———。

 大和とキュクロープスの睨み合いにも、変化が訪れた。

 戦局はおごそかに、静から動へと移ろわせる。

 先手を繰り出したのは、まず大和。惨劇シナリオを書き換えられ、起き上がったまま戸惑いを募らせるキュクロープスに駆けながらの一閃。


『グオオォオ!?』


 キィンと澄んだ金属音が迷宮ダンジョンの空間を駆け巡った。鮮やかなきらめきを伴ったその斬撃を、キュクロープスは辛くも石斧で受け流し、両者の体はすれ違う。その音色の余韻に浸る間もなく大和はターン。勢いそのままに二閃、三閃と繋げていく。


「す、すげぇ……」

「あんな動き、見たことない」


 マルクの無事を見届けたアルベートとクリスティも、今は大和の乱舞に目を奪われてしまっている。


 止むことのない大和の斬撃による狂飆きょうひょう。その連鎖はさらに速度を上げていく。

 小刻みで無駄のない足捌きと連動して繰り出される斬撃、刺突、また斬撃。金色の髪をたなびかせながらキュクロープスを追い込んでいく大和の姿は、荒れ狂った雷光と化していた。


「うおおおおおおおぉぉ!」


 大和の咆哮で、ギアがもう一段階高みへと上がる。そして、なおも加速。

 もはや目では追いきれない。エリシュたちの耳には無数の剣線と衝突音が、まるで一致していなかった。呆れるほどのスピードと、その手数。

 

 キュクロープスの単眼は、明らかに怯えをはらんでいた。

 肩をすぼませ誇れる体躯を小さくまとめ、石斧を盾に必死の防御を試みるも、次第と捌き切れなくなる斬撃に、太腿、脇腹、二の腕と、次々に緑線が刻まれ増えていく。


『グ、グアアアアアアアアアアアァァァァアアアアア!』


 徐々に体をむしばまれ続ける外魔獣モンスターから、焦燥と憤怒が混ざり合った雄叫びが放たれた。

 石斧を大く振りかぶり、防御を解除。捨て身の攻撃へと転じていく。キュクロープスの頼みの綱。破壊に特化した渾身の打ち下ろし。

 だが今の大和は、それを見逃すほど容易たやすくない。

 キュクロープスを守る石斧。その頑強な扉が開かれるのを狙っていた。

 虎視眈々と。

 ガラ空きとなった脇腹へ迷いなく放たれた、一際輝く一条の黄光。

 その風圧が戦場となっている広い空間の壁に当たり、迷宮ダンジョン全体が雷鳴に轟いた。


 キュクロープスは、遠ざかりつつある己の下半身を凝視した。

 一体何が起こったのだろうか、と。


 それが自分の決定的な敗北と悟るまで、ものの数秒。そう時間は掛からなかった。

 宙を揺蕩たゆたいながら見開かれた単眼は、生気の色を失うと事切れる。

 上半身が墜落し、下半身が倒壊すると同時にズズンと重なり合う二つの振動。綺麗に分断された肉塊はたおやかに灰へと変貌を遂げ、粉雪のように舞い散っていく。

 迷宮ダンジョン内が、静寂に包まれた。

 が、それも束の間。静けさは実に短命で、すぐに歓声で上塗りされる。


「おおおおおおお! やりやがったっ! あのキュクロープスをやりやがったぁぁぁぁ!」

「すごいすごいすごい! あのバケモノを倒すなんて!」


 アルベートが拳を上げ、クリスティの黄色い声が飛び交う中。


「———ヤマト!」


 エリシュは、誰よりも早く駆け出していた。


「……へへっ。やったぜエリシュ。有言実行だ。ちゃんと倒し……た……ぜ」


 ニヤリと口角を持ち上げた少年の、髪色が紺へと塗り戻されていく。

 続いて。

 カクリと膝が折れる。

 大和はエリシュの到着を待たずして、ゆっくりと崩れ落ちた。

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