第17話 俺の想いは決して変わらない……はずだ!

 敷地と公道を隔てる門で、エリシュが門番と一言二言言葉を交わすと、俺たちは丁重に建物へと案内された。

 もちろん顔を覆う偽装は、すでに解いている。

 建物の扉が仰々しく開かれると、いわゆる家政婦メイド的な人たちが列を成し、深いお辞儀のウェーブが作られた。その先に見えるのは、丸く太った中年男性の姿。


 エリシュの話によれば、この80階層には王族の縁者が居住している他に、滲む血も顧みず弛まぬ努力でステータスランクを上げて強者と認められた者と、情報という名の武器を手に、人と人をパイプで繋ぎ、政治的な暗躍によってのし上がった者とに二分されるらしい。


 家政婦メイドが彩る玄関道を手を揉みながら近づいてくるアヤツが階層主フロアマスターなら、間違いなく後者だろう。俺たちを見て愛想笑いを浮かべる男のその腹は、まさにスライムの如き、だ。


「これはこれは、ブレイク王子が御自身おんみずからお越し下さるとは、恐れ多いことでございます。そして身分の差をお気になさらず、この屋敷にお立ち寄りになり遊ばされることだけでも、我が一族の誇りとなりましょう」


「う……うむ」

(……余計なことは言わないほうがいいよな。これくらいの返事でいいんじゃないか?)


 そっと流し目でエリシュを見ると、彼女は小さく頷いた。

 どうやら、正解。


「私はエリシュ。ブレイク王子の側近である。さて、聖支柱ホーリースパインで思念連絡を送った通り、一両日内で病床から奇跡的に回復した若い女性がこの80階層にいるのだな?」


 ここから先はエリシュにお任せだ。

 男は「もちろんですとも」と言葉を置き、家政婦の一人に目配せをする。静々と、だけど床を滑るような速度で家政婦メイドが去ると、周りの空間になんとも微妙な空気が流れ始める。

 男は愛想笑いを絶やすことなく、俺を見ているが……。

 いやはや、なんとも気まずい。


「え、えーと。その若き女性は一体誰なん……いや、何者なのか?」


 玲奈に繋がりを辿れる情報が知りたくて、逸る気持ちを抑えきれなくて、ついアドリブってしまった。エリシュの冷たい視線が『余計なことは言わないで』と雄弁に物語ってくる。

 棘のある目つきが顔中に刺さりまくって、痛い。


「は、はい。該当する女性とは、実は私の娘なのです」

「う、嘘だ……むごぅ」


 エリシュの腕が高速で俺の口を塞いできた。


(……この女、実は俺よりAGI俊敏性高いんじゃね!?)


 それに声を遮りつつ、みんなにはバレないようにさりげなく口をつねられてるし、俺。


「……その言葉、真実であろうな?」

「はい! 嘘偽りは一片もございません! 伝えられた条件に該当するものは、この階層フロアでは本当に私の娘だけなのです!」


 必死で訴え掛ける階層主フロアマスターの姿から、嘘じゃないことが嫌になるくらい伝わってきた。


 ……それにしても、このスライムオヤジの娘だなんて。想像するのが怖い。怖すぎる。


 ———いや! どんな姿をしてようとも! 俺は玲奈を愛してる! ……きっと。

 

 葛藤を振り払い、玲奈への愛を再確認していると、パタンと扉の開く音が聞こえてきた。

 しばし間を置いて、長い廊下の向こう側から家政婦に引き連れられた少女の影が、ゆっくりと近づいてくる。

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