第391話 決死の攻撃
ホムがイグニスの攻撃に対して、防戦一方になっている。巨大に膨らんだ鋭い鉤爪を振り回し、ホムを追い詰めているイグニスは邪悪な嘲笑を響かせながら、ひっきりなしに攻撃を続けている。
イグニスとホムの攻防を目で追いながら、機会を伺う間にも、気持ちだけが急いていく。
全力の
「アルフェ、ホムは……」
「まだ大丈夫。でも、あとどれだけ保つか……」
アルフェが念話で僕にだけ聞こえるように声を届けてくれる。声のトーンから察するに、アルフェの浄眼には、ホムのエーテルが枯渇しかけているように映っていると見ていい。僕たちがイグニスの隙を突き、攻撃を仕掛ける機会は、一度しかない。
「さあ、さあ、さあ! 逃げろ、逃げろ、逃げ惑え!」
イグニスが咆吼と共に宙に向かって放射状に炎を吐き出す。ホムは瞬時に
「そっちに行くだろうと思ってたぜぇええええっ!!」
イグニスが鉤爪を振り翳し、地下空間の壁ごとホムの行く手を阻む。
「はぁあああっ!」
降り注ぐ岩盤の欠片をホムは
「ハッ! 蚊にも及ばんぞ!!」
イグニスが大口を開いて炎を撒き散らし、ホムを追い詰める。ホムは僕たちを避けた反対側の床に降り立ち、
「リーフ……」
「わかってる」
アルフェの言葉に短く返す。イグニスとホムの動きがほんの僅か、止まっている。二人の位置関係がはっきりと把握出来る。
ホムは肩で息を吐きながら、イグニスの巨躯を見上げている。疲労の色が色濃く見えるが、まだ諦めてはいない。
「そろそろ恐怖の実は熟したか?」
巨躯を踊らせ、跳躍したイグニスが、壁面に張り付き、邪悪な笑みを浮かべて問いかける。両脚の炎が青白く燃えさかり、燃えた岩石がバラバラと血涙の池に落ちる
「リーフ、あの炎は――」
「逃げる術もない、絶望を見せてやろう!」
アルフェの声を聞くまでもない。恐るべき変化が起きている。
青白い炎の勢いを借りてイグニスの身体が膨らむ。虚像とはいえ、邪法の炎は本物だ。もう逃げる場所はどこにもない。
「逃げろ、ホムーーーーー!!!」
僕の叫びよりも僅かにイグニスの突進の方が早かった。攻撃を避けきれなかったホムがイグニスの巨躯に弾かれ、壁面に叩き付けられる。
衝撃で壁面が大きく陥没し、その中心にまるで磔にされたようにホムが留まっている。
「とどめだ!」
「させない!」
僕は咄嗟に脚部のバーニアを起動させ、アーケシウスをホムの元へと走らせる。
イグニスの青白い炎が忌まわしいほど激しく燃えて、ホムに襲いかかろうとしている。じっくりと獲物の恐怖を煽りながら狩ることを愉しむ声が聞こえる。
アーケシウスの
もっと加速しなければ、ホムを護れない。
「アルフェ!」
「うん!」
僕の考えを読み取ったアルフェが、アーケシウスの上から飛び降り、機体の背後に回る。
イグニスの速度に追いつくためには、風魔法による二重加速を行使する必要がある。それはアルフェにしか出来ない。
「アルフェ、僕ごと全力で撃って!」
僕の呼びかけとほとんど同時に、アルフェは応えてくれた。頼もしい詠唱が凛と響く。
「風よ。幾重にも重ね束ね、破鎚となれ。エアロ・ブラスト!」
アルフェの風魔法によって生成された空気の塊が、アーケシウスの背中を押す。
圧縮された空気によって弾丸の如く発射されたアーケシウスは急加速して、ホムに向かって突進するイグニスを捕らえた。
「なにっ!?」
脇から突然現れた僕のアーケシウスにイグニスが驚愕の声が上がる。でも、もう遅い。
僕はイグニスの側面からドリルを繰り出し、その胴部の左半分を抉る。でも、これで終わりじゃない。
「
アルフェの
「ぎゃああああああっ!」
イグニスが苦悶の声を上げ、骨の山に落ちる。白い粉塵が舞い、苦しみ悶えるイグニスの声だけが怨嗟のように辺りに響いている。
「……やったか……?」
僕の攻撃は、イフリートの顔面を完全に削り取っている。もし僕の予測が当たっているのならば――
「くそがぁああああああっ!!! 見えねぇぇええええっ!」
イグニスの憤りが、僕の予測が正しかったことを証明している。
邪法の炎で本体を覆っている以上、本体に情報を送るための視覚情報を集めるための外部に露出している部品が必要になる。その役割を果たしていた顔を崩壊させた今、イグニスは視覚情報を失った。
「ホム、アルフェのところへ! 態勢を立て直――」
「マスター!!」
僕の命令を、ホムが鬼気迫る表情で遮る。
間髪入れずに、青白い炎が僕の回りを取り囲んで呑み込んだ。
「舐めた真似しやがってえぇええええっ! てめぇから始末してやる!」
目を開けられない、息も出来ないほどの灼熱で、目の前が真っ赤に染まる。アーケシウスの装甲が弾けて吹き飛ぶ音、身体を焼く灼熱が、女神のエーテルを以てしても僕に味わったこともないような苦痛を与えてくる。
それらがぷつりと途切れ、遅れてやってきた浮遊感で、僕はアーケシウスが大破したことを悟った。
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