第382話 地下通路の迷宮

 アイザックとロメオが見つけてくれた従機の搬入口からアーケシウスを下ろし、僕たちは地下通路へと入った。


「それにしても、かなりの規模ですわね。さながらダンジョンですわぁ」


 ヌメリンの広げた地図を覗き込みながらマリーが呟いたとおり、細長い通路はかなり入り組んでいる。魔石灯で照らされた今見える範囲だけでも、幾つもの分岐があるのだ。


「今んところ、変な音や気配はないけど、警戒するに越したことはねぇよな」

「ええ。こうした入り組んだ場所を大人数で移動する際は、少数のグループを作って一定間隔を保つのが得策でしょう」

「細長い通路で固まって動いて、前後から挟み撃ちにされたものなら、袋叩きにされてしまいますものね」


 ホムの提案にマリーが頷き、僕たちは前衛、中衛、後衛を担う小グループに分かれることにした。前衛は唯一の従機である、僕のアーケシウスと、ヴァナベルとファラだ。アーケシウスの目に使われている魔晶球の光源を利用して視界を確保できることから、僕は一番前を進むのが得策だろう。さらに、ファラの魔眼とヴァナベルの兎耳の聴力で敵の動向を探る監視役を任せられる。


 中衛はホム、ヌメリン、アルフェに任せた。機動力があるホムは、前衛や後衛が敵からの襲撃に遭った場合、すぐに駆け付けることができるし、状況対応力の高いアルフェの魔法も頼りになる。回復薬や地図などを持っているヌメリンも、中衛が適切だろう。


 後衛にはマリーとメルアを配置した。狙撃手であるマリーは、最も広い視野を持つので、後方警戒をするなら彼女が適任だろう。マリーのサポート役は付き合いが長く、また、マリーの武器宵の明星ヴェスパーの扱いを熟知しているメルアしかいない。


 こうして僕たちはヌメリンの地図のガイドを頼りに、一路大闘技場コロッセオを目指し始めた。


 緩やかに流れる水路の水音と、時折響く水の滴る音が地下通路を反響している。


 地下通路に逃げ込んだ魔物がいるかもしれないという不安が、僕たちに沈黙を強いていたのだが、それを破ったのはメルアだった。


「めっちゃ不気味~。いかにもなんか出そうな感じじゃん」

「エステアー! ……って呼びかけて返事があれば、こうはなっていませんわよね」


 メルアに合わせてマリーが敢えて大きな声を出す。彼女たちの声の反響が消えても魔物の気配が迫ってこないことから、張り詰めていた緊張感は幾分か緩んだ。


「エステアは、どこにいるのでしょうか……」


 依然警戒心を露わにしながら魔石灯の明かりが届かない暗がりに目を凝らしているホムは、エステアの声を探っていたのかもしれない。望む声はおろかエステアの気配すら感じられなかったこともあり、その声は沈んでいた。


「……リーフはわかるの?」

「およその見当はついているよ」

「なんでわかっちゃうの!?」


 アルフェの問いかけに応じた僕の言葉にメルアが反応する。普通の人には見ることの出来ないエーテルを視ることが出来る浄眼持ちの二人の驚きは、彼女たちがエステアのエーテルの痕跡を辿れていないことを表していた。


「わかるというか、それ以外に考えられないんだ。さっきの話を思い出してみて」


 さっきの話というのは、イグニスが転移門を出現させるための計画のことだ。


「……でも、邪法の魔法陣ってのはなくなっちゃったんだよね?」


 僕の話の意図を理解した上で、アルフェが不思議そうに問いかけてくる。


「全部じゃない。多分、大闘技場コロッセオの外周部分……要するに観客席の一番外側は比較的損傷が少なかったはずだ。邪法の魔法陣だって多分残ってる」

「……え? ちゅーと、なに……? どういうこと?」


 僕の説明を必死で理解しようとしながら、メルアが質問を重ねる。メルアの理解度を考えれば、正確な情報を伝えることよりも、考えられ得る可能性の話を進めた方が良いと判断し、僕は可能な限り簡略に説明することに努めた。


「乱暴な言い方をするのであれば、生け贄を使って魔法陣の破損を補えば、デモンズアイを召喚した際に使った転移門をもう一度開くことが出来るってことだよ」

「……リーフが、アムレートの魔法陣をエーテルで補ったように……?」


 問い返したアルフェの理解は実に的を射ている。


「そう。理論上は可能だ」


 魔族にとってそれだけの価値がある贄が必要な理由も、これで明らかになった。けれど、その最悪の予想だけは避けたくて、僕は途中で言葉を切った。


「そうなると、イグニスを使役者として考えた場合、使役出来そうな魔物が生き残れるこの場所にエステアを誘い込んだというのは、罠に他なりませんわね」


 地下通路を進むアーケシウスの集音器が、マリーの呟きを拾う。


「そうだろうね。建国祭の前にスライムの姿も確認しているし」


 この地下通路には野生の魔物が住み着いているのは、エステアと確認済みだ。


「あのデモンズアイをイグニスが使役してたってんなら、スライムぐらいよゆーで操れちゃうよねぇ」

「罠を張っていると思って行動した方が賢明ってわけだ」


 メルアの話にファラは同意を示し、そこで不意に脚を止めた。


「……なんかあったか、ヌメ?」


 大人数で移動していたので気がつかなかったが、どうやら最初に歩を止めたのはヌメリンのようだ。


「生徒会室にあった地図を見てるんだけどぉ~。地図にない道がいっぱいあるな~って」

「にゃはっ! 確かに方位磁石コンパスがなけりゃ、今頃とっくに迷ってそうだな」


 他の誰よりも地下通路の様子を見通せているファラが、ヌメリンと肩を並べて地図を覗き込む。


「地下だと方向がわからなくなりますから、懸命な判断ですわ。で、目指すべき大闘技場コロッセオは見失っていませんこと?」


 カツカツと靴音を立てながら前衛部隊に近づいてきたのはマリーだ。マリーの代わりにホムが後衛部隊に下がり、ヌメリンの地図で大闘技場コロッセオまでの経路の確認に取りかかった。


「……とりあえず、広くて行き止まりのように見える場所は緊急時の避難所のようなものですわ。そこは無視して、地図にない通路もスルーして構いませんわね」


 軍人でもあるマリーは、地下通路に関する知識をある程度は持っているのだろう。重視すべき点を的確に指示している。


「えっとぉ~。じゃあ、今いるところの左にある分かれ道が繁華街方面の分岐路だとして、そっちには行かずに右に曲がって、左に曲がって……で、右の道があるけど、そっちは行き止まりになるから、この大っきなスペースを目指せばいいってこと~?」

「にゃはっ! そうなるな」


 ヌメリンとファラ、ヴァナベルが地図と地下通路を見比べながら分析をはじめる。


「まあ、わかんねぇ道があったら、オレがひとっ走りするぜ」


 ヴァナベルらしい一言を耳にしながら、地図と実際の地下通路の分析は彼女たちに任せることにし、僕は改めて今居る場所をアーケシウスの目を使って照らしながら様子を窺った。


 ヌメリンの話の通り、今居る場所の左手には繁華街行きの分岐路が伸びている。壁に何らかの印が見えるのは、恐らくマリーが言っていた避難所を示しているものなのだろう。


「真っ直ぐ行けりゃ早ぇのに、マジでダンジョンだよなぁ。ややこしいったらありゃしねぇ」

「人の生活圏に張り巡らせてあるんですから、当然そうなりますわ」


 地下通路がカナルフォード学園都市全域に張り巡らされているのなら、詳細な地図を残すことは却って危険な場合もある。


 地下通路に入る前に地図を見せてもらったが、地上の区画に合わせて下水の流れを管理しているというのは表向きの説明であり、実際は人魔大戦時から残る遺構のようなものなのだ。当然全貌が露わになれば不都合な点が多すぎるため、地図には記されていない通路も無数に存在するのだろう。迷路のように入り組ませることで、外敵に対して時間稼ぎが出来るのだから。


「ヌメリン、地図を見せてもらってもいいかな?」

「どぞ~」


 話が一段落したようなのでアーケシウスの上から声をかけると、ヌメリンがこちらに地図を投げ寄越してくれた。


 改めて目の前の景色と照合すると、地下通路が想像以上に入り組んでいることがよくわかる。学校から真っすぐに大闘技場コロッセオを目指せるわけではないのは理解していたが、複数の分岐路を挟んでかなり大回りで移動する必要があるな。


 しかも地図を見る限り、大闘技場コロッセオ周辺には出入口は見当たらない。


 やはり大闘技場コロッセオ内部から入れるように設計されているようだが、魔族との戦いで至る場所が倒壊していることを考えるとその入り口は瓦礫に埋もれている可能性が高いな。そう思うとアイザックとロメオの機転のお陰で、アーケシウスで移動出来たことが幸運に思われる。アルフェたちの魔力の消耗を強いることなく、僕が道を切り拓く役割を担うことが出来るのだから。

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