第330話 疑惑の絨毯
エステアとアルフェと共に向かった貴族食堂の周りには既に複数の蒸気車両が停められ、会場を設営する多くの作業員が詰めかけているのが遠くからでも窺えた。
貴族食堂の備品は使わない方針なのか、外に出されたテーブルや椅子が貴族食堂の傍らに整然と積み重ねられている。その代わりに高価そうな調度品などが次々と運び込まれており、ホムが気に掛けていた絨毯もまさに食堂内に運び込まれたところだった。
間近で見ると黒く短い毛足の絨毯であることがわかったが、別段変わった様子はない。アルフェの方を向くと、アルフェは無言で首を横に振った。
やはりエーテルに反応する魔法陣の類いではないようだ。そうだとわかったとしても、ホムがなにを気にしたのかは確かめておきたいので、エステアと目を合わせ、絨毯を束ねる紐を解いている作業員たちに近づいた。
「なんだなんだ? 見学か? 見世物じゃねぇよ」
この陽気のせいか、額に滲んだ汗を拭いながら日に焼けた作業員の一人が怪訝そうに僕たちを追い払おうとする。だが、エステアは礼儀正しくお辞儀をし、作業をしている彼らの目線に合わせてその場に屈んだ。
「申し訳ないのだけれど、この絨毯を広げるところを見せてもらってもいいかしら?」
「構わないけど、なんでだ?」
エステアの礼儀正しさで態度を軟化させた作業員が、絨毯を一部広げながら問い返す。
「安全管理の一貫で。私は生徒会長を務めるエステア・シドラと申します」
「……ああ、生徒会か。イグニス様から事情は聞いてますよ。お時間が許すなら、どうぞ心行くまで見学なさってください。先にこの絨毯を広げてしまいますので」
僕たちが何者かを理解した作業員たちは、先ほどまでとは口調を改め、こちらの求めに応じてくれた。
手際良く絨毯を広げていく様子を見ても、やはり普通の絨毯にしか見えない。恐らくだが、魔法陣とホムが感じたのは、一面黒の絨毯に描かれた模様が原因のようだ。良く見なければわからないが、暗褐色の模様が入っている。
「……どうかしら、リーフ?」
「魔法陣に見間違えそうな模様ではあるけれど、簡易術式ではないね。アルフェはどうだい?」
僕の問いかけにアルフェはその場に屈むと、絨毯の端にそっと触れた。そこには円が幾重にも重なったような模様が入っているのが、光の加減で他よりも少しだけはっきりと見える。
「……ワタシも違うと思う。こうやってエーテルを流しても、何も起こらないし、それに、リーフがそばにいるのにこれだけの規模の魔法陣が反応しないってことはないと思う」
「例えば……なんだけど、条件付きということはないかしら?」
エステアはホムがどこに違和感を覚えたのかが気になっているらしく、あらゆる可能性を探っているようだ。その可能性は僕も考えたが、あまり論理的ではなさそうだ。
「それはあるかも知れないけれど、でも、仮に魔法をここで行使して何を起こすつもりなのかな? 少なくとも来賓に危害を加えるなんてことは、デュラン家にとって不利益にしかならないわけだし、心配しなくてもいいと思うよ」
なんのために来賓を呼んでパーティーを行うのかといえば、イグニスのカナルフォード学園での実績を外部の人間に認めさせるためだろう。だとすれば、危険があると認められない限り生徒会の干渉は不可能だ。
「カーテンで窓が塞がれるというのも気になるのよね」
「それは外部の刺激を遮断して、特別感を演出したいんだろうね。でも、出入り口のドアは開け放しておくという計画だったと思うから、閉じ込めるなんて真似はしないだろう。それこそ建国祭に訪れた来賓の反感を買うだろうし」
僕としてはなるべく悪い方向に想像を働かせてみたのだが、現状で魔法陣と思しきものが作用しないのだから、これに関しては杞憂に済みそうだというのが正直な感想だ。
「……それもそうね」
エステアは顎に手を当てて暫く考え込んでいたが、やがて納得したように息を吐き、作業員らに微笑みかけた。
「……ありがとう。作業の邪魔をしてごめんなさい。共に良い建国祭となるよう、努めていきましょう」
「ああ、イグニス様にもそうお伝えする。俺たちも仕事が終わったら、あちこち寄らせてもらうぜ」
疑いが晴れて作業員たちも安堵した様子だ。
「是非楽しんでください。ありがとう」
ホムがわざわざ言い出したことに引っかかるものはあるのだが、エステアも僕もそれを呑み込み、何事もなかったのだと貴族食堂を後にした。
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