第319話 衣装のお披露目

 アトリエに戻ってきたメルアに衣装と歌詞の完成を告げてそれぞれの寮に戻り、僕は短い睡眠をとってから翌朝の授業に臨んだ。


 昨晩の錬金術を使った感情を反映する衣装の成功と、アルフェと作った歌詞への高揚感で眠気は全くなく、むしろ意欲的に授業に取り組むことができた。もっとも、今日の午前中の授業はタヌタヌ先生による座学だったこともあり、僕としてはかなり得意な分野だったということもある。


 なぜ得意かといえば、前世での経験上、決して忘れることがない知識を問われたからだ。


 三学期に入ってすぐに行われた学力テスト――その予習に当たる部分の設問にあった魔族についての授業が、諸外国での事件や被害を例に挙げて行われた。


 アルカディア帝国で過ごす分には、ほぼ魔族の脅威というものを感じることがないので、こうして授業で取り上げない限り、魔族について考える機会というものもほとんどないのだろう。軍事科の訓練の中には、帝国軍の治安維持活動を想定したものもあるので、ホムやファラ、ヴァナベルやヌメリンは、時折相槌を挟みながら、熱心にタヌタヌ先生の話に耳を傾けている。


 もしかすると将来自分たちが戦うかもしれない相手について知ることは、彼女たちにとってかなり重要なことなのだ。人魔大戦の悲惨さを知る僕としては、そんな日が来ないことを願うばかりだけれど。


 だが、魔界が未だこの世界に存在している以上は、そして諸外国で魔族が起こす事件が少なからず起きているからには、叶わない願いなのかもしれないが。


「では、次は魔族の習性についてだが、我々が知る一般的な生物は、自分より弱い者を標的とし、あるいは糧とするのは君たちも知っているだろう。だが、魔族はより強いものを好む傾向がある。人間を糧として好んで捕食するのは、我々が持つエーテルが彼らの力の源たる邪力を高めるのが理由だ」


 タヌタヌ先生の話が、より詳細な部分へと移っていく。魔族が人間を――特にエーテルの高い人間を選んで捕食するという習性は、人魔大戦の頃から変わらない。


 魔族の撃退のために軍を率いる必要があるのだが、彼らとしては餌が集団でやってきているような認識なのだ。身体的能力では人間と魔族にはかなり大きな隔たりがあるので、無理もない。だから身体強化魔法フィジカルブーストや、前世の僕グラスが女神に依頼されて作った青銅の蛇ネフシュタンのような神刀が必要だったのだ。


 それにしても、ほとんど徹夜で過ごすのは久しぶりだな。前世では寝食を忘れて錬金術に打ち込むのが生活の全てだったが、似たようなことをしていても、全く違った達成感がある。


 僕としては、女神の使いである神人カムトの依頼を受けて人類の役に立つという漠然とした関わりよりも、自分のまわりを取り巻く人たちの役に立つことにやり甲斐を感じるようだ。それは多分、今の僕がたくさんの愛情を受けて育った証なんだろうな。


 もしも今、そうした脅威にさらされたとして、僕は何を作るだろうな。夢物語かもしれないが、いずれは錬金術と人類の叡智を集結させ、魔界そのものを封印することが出来ると良いのだけれど。



   * * *



 放課後、生徒会室へと向かうと、また模様替えが行われていた。


「わっ! お洋服屋さんみたい!」

「なんだ? 結局店ごと持ってきたのか!?」


 無邪気な声を上げて喜んだのはアルフェで、驚きの声を上げたのはヴァナベルだ。生徒会室のソファとテーブルが部屋の片隅に追いやられた代わりに、六体のトルソーが完成したばかりの衣装を纏って並んでいる。


「ベル~。良く見て、これアルフェちゃんのデザインだから~」

「うわっ、マジだ!!」


 ヌメリンに促され、まじまじと衣装に寄ったヴァナベルが仰け反らんばかりの勢いで驚きを見せる。


「はははっ! お前でも気づかないことがあるんだな」

「正直、俺もこんな短時間で完成させてくるとは思わなかったけどな」

ワタクシもですわぁ~! 最新型の縫製魔導器ミシンをここまで使いこなしてくれるとは、とんでもない想像力ですわぁ~!!」


 リゼルとグーテンブルク坊やの声にマリーの声が重なる。傍らに控えるジョスランとジョストの姿が、完成した衣装を生徒会室に運んだのが誰かを明らかにしている。


 恐らく衣装が完成したことを昨晩のうちにメルアに伝えてあったので、寮に戻ったメルアがルームメイトのエステアに伝えたのだろう。マリーがそれを聞きつけて、あるいはその場に居たとして、すぐにでもお披露目会を開きたいと言い出したのだろうということは想像に難くない。


「本当に素晴らしい衣装をありがとう。アルフェ、リーフ」

「ワタシの方こそ、わがままを聞いてくれてありがとう。でも、完成は完成なんだけど、ちゃんと成功しているか確かめなきゃいけなくて……」

「と、言うわけで、これの出番だね♪」


 アルフェが全てを言い終わる前に、メルアが引き継いで透明マントを翻す。


「着替えですわね! リーフの錬金術の成果を早く見せつけてくださいまし!」

「にゃははっ! あたしの分まで丁寧にありがとな。下の方だと見えないかもだけど、なんかパフォーマンスで見せられるように考えてみるか」


 ファラが自分の衣装を引き取りながら、顔を綻ばせる。その腕の中に収まっただけで、腰巻きの部分がファラの感情を読み取ったらしく、羽ばたくようにゆったりと揺れた。隠しきれない喜びが表現出来ているのだとすれば、なんとも興味深い動きだ。布地がどう動くかについては錬金術で制御していないので、基本的に身に着けた人の感情に合わせることになっているのだが、早速個性を発見出来て僕も顔を綻ばせた。


「ありがとうございます、アルフェ様、マスター」


 ホムが大切そうに衣装を抱えて深々と頭を垂れる。ホムの衣装は、元々のホムが着ている服と同じく、背面にリボンと長い裾を設けたデザインだ。それがぴょこんと跳ねるように――例えるならば、ヴァナベルの兎耳が嬉しいときに見せるような動きで動いていて、僕とアルフェは笑顔で顔を見合わせた。


「きっと、凄くホムちゃんに似合うね」

「ああ、きっとね」


 もう衣装を着るまでもなく、結果は見えている。衣装の本当の完成を早くも目の当たりに出来るとあり、安堵と達成感に胸がいっぱいになる。


「……ん? なあ、リーフ。なんか衣装がキラキラしてねぇか?」

「え……?」


 ヴァナベルに言われて残された僕とアルフェの衣装を見ると、金色の光が衣装の表面に浮き上がって煌めいている。本来の布地にはないその煌めきが、衣装を美しく彩って輝かせるその光景に僕ははっとして息を呑んだ。


「すごく綺麗……」

「これ、ししょーのエーテルだよね!?」


 アルフェの恍惚とした呟きに、メルアの驚きの声が重なる。


「うん! こんな綺麗なエーテル、リーフ以外にいないもん。今、リーフ、すっごく嬉しいんだね」


 アルフェが弾けるような笑顔で僕に伝えてくる。喜んでるのは、君も同じだよ、アルフェ――そう言おうとしたが、上手く声にならなかった。


 嬉しくて、ワクワクしてドキドキして……感動して胸がいっぱいになる。みんなの笑顔を目の当たりにして幸せだと感じている。ああ、まるで自覚がなかったといえば嘘になるけれど、僕はいつの間にかこんなにも感情豊かに成長していたんだな。


「……凄いわ、リーフ。この衣装、キラキラしてるの!」

「わたくしのもです!」

「にゃははっ! なんかあたしのも凄い光が舞ってる!」 


 着替え終わったエステアとホム、ファラの衣装にも彼女たちの感情と僕の喜びの影響がありありと表れている。


「みんな嬉しそう。リーフが嬉しくて、ワタシ、すっごく幸せ」


 アルフェが頬を薔薇色に染めて、本当に幸せそうな笑顔を見せてくれる。なんと返していいかわからなかったけれど、目頭が熱くなってそもそも言葉を発するのが難しかった。嬉しくて幸せで泣きそうだ。自分が錬金術で生み出したものに、こんなにも心を動かされるなんて思ってもみなかった。これまで僕を突き動かしていた好奇心や探究心とは違う、幸せという感情の波がどっと押し寄せて、光となって具現している。


「うふふっ。まだ本番でもありませんのに、素晴らしいですわぁ!」


 マリーが興奮した様子で叫ぶなか、皆の衣装もそれぞれの感情を受けて揺れて弾む。その揺らめきは、それぞれ個性的で美しくて、僕たちの目を惹きつける。


「ねえ、リーフ、歌おうよ! ワタシたちも着替えて、みんなで合わせたい!」

「まだ曲は出来たばかりで練習はこれからよ、アルフェ」

「それでもいいの。今のみんなの音を響かせたい。ワタシ、幸せで嬉しくて、このまま弾けちゃいそうだもん!」


 アルフェが興奮した様子で跳ねるのを笑顔で見つめていたマリーが、拍手を始める。


「そう言うと思って、楽器もスタンバイ済みですわよぉ~!」


 声高にそう叫んだマリーが合図すると、ジョスランとジョストが楽器を隠していた透明化マントをさっと取り払った。


「はははっ! さすがマリー先輩!」


 リゼルが快活に笑い、僕とアルフェとメルアに着替えるようにと促す。アルフェは大きく頷くと、僕の手を取ってメルアの作ってくれた簡易更衣室へと誘った。


「じゃあ、私たちはメロディラインが弾けるように合わせておくわね」


 エステアの宣言にホムとファラが頷き、早速自分たちの楽器を手に取る。着替え始めた僕たちの耳に、まだ荒削りながらも出来たばかりのメロディが響いてくる。


 アルフェはそれに鼻歌を合わせ、ゆっくりと衣装に袖を通していく。アルフェの喜びを受けて衣装は柔らかに膨らむように揺れ、まるでアルフェと一緒に踊っているように僕の目に映る。


「ねえ、リーフ。この曲、どんな名前にしたらいいかな?」


 アルフェがうっとりと目を細めて僕にそっと訊ねて来る。


「あ、うちも気になってた。やっぱ歌詞を作った人たちが決めるのが一番だよね」


 着替え終わったメルアが、浄眼を煌めかせて僕たちを見つめている。ラブソングにどんなタイトルを付けるのか興味津々な様子だ。


「……そうだね……」


 ラブソングといえば、やはり恋人たちの歌を想像するだろうけれど、僕はただ恋人たちのためだけの歌にはしたくなかった。友情を育み、恋人と心を分かち合い、そうして家族になっていく命の流れがアルフェの歌詞からは想像できる。僕たちの歩いてきたこれまでの人生と、これからの人生を暗示する幸せな曲だ。そしてそれはきっと、命に繋がっている。


「『アニマ』はどうだろう?」

「……アニマって、どういう意味?」


 僕の提案にアルフェが静かに訊ねる。メルアもすぐには思いつかなかったようで、僕の答えを待っている。


「『アニマ』は、錬金術で『命』を意味する言葉だよ。この曲は僕とアルフェがこの世界に生まれて出逢って、これからも一緒に生きて行く……。その喜びを歌う歌だ。でも、僕たちだけのものじゃない。みんなの人生にもそういう出会いはきっとある。だから、人生を描く命の歌という願いを込めて」

「……素敵です、マスター」


 いつの間にか演奏が途切れていて、ホムの声が透明化マントの向こう側から聞こえた。ああ、僕としたことが、想いを込めるあまりいつになく熱っぽく語ってしまったようだ。その証拠に僕の衣装の裾が小さい頃のアルフェが嬉しい時にぱたぱたと足を動かしていたように、軽やかに動いている。


「ワタシも、とっても素敵だと思う。ワタシたちの新曲は『アニマ』! 命の喜びを歌う、ワタシたちのラブソングだね!」


 アルフェの衣装が一段と煌めき、金色の光を纏っている。それが僕の喜びのエーテルによるものなのか、アルフェの感情によるのかはわからなかったけど、多分きっと両方なんだろうな。


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